探偵と猫と少女と疑惑 6-7
その時はその時だ。幾ら視線が判別できないと云っても、負けている点がそれのみならば、決定打には至らないだろう。経験の差だってある。光はこちらの背から差しているから、相手にとっては逆光だ。見づらいだろう。
それに、いざという時にはユキがいる。姿が見えなくなったことに気付いてから十分程度。そろそろ合流しようとしている筈だ。ユキが来れば。
――来れば。
来れば、どうなるというのか。
代わりに戦わせるというのか、ナイフを持った相手と。
何故だ。強いからか。傷がついてもすぐに治るからか。
それとも。それとも、人間じゃないと心のどこかで思っているからか。
「……くそっ」
要は、また一歩、後ろへ下がる。下がりながら、口の中にこみ上げてきた苦いものを飲み下す。
――何を考えてんだ、俺は。ユキが来る前にカタを付ける。そう決めただろ。
腰を落とした低い姿勢のままで、男は刃を光にきらめかせながら寄ってくる。
バンダナの口であろう辺りが、ふうふうと忙しなく張っては萎んでいる。
逃がしたら何が起こるかを考えれば、退くことはできない。今やるしかないのだ、独りで。
要は覚悟を決めて、男を真正面に捉えるように向き直る。距離は五メートルほど。要のすぐ後ろは街灯もあれば店もある普通の道である。小石でもあったのか、靴底がじゃり、と音を立てた。
相も変わらず、男の感情は読めない。その手に握られた刃の反射する光に眩まされないように、と要は目を細める。
「一応言っとくぜ、俺は強いぞ」
虚勢半分自負半分のその言葉に、しかし男は答えない。ただすっと腰を落とした。
やる気だ。
対して、要も同じように腰を落とす。
二人の間に静寂が満ちる。まるで写真であるかのように、双方瞬きすらしない。
月が雲に隠れ、その雲が風で動かされて、再び月の光が出る。
先に仕掛けたのは、男の方だった。
「あ、あああああ‼」
叫び声と共に、男がナイフを振り上げて突っ込んできた。
要はそれを躱すと同時にその顔めがけて拳を突き出すが、男は後ろに跳び下がって一撃を避けた。荒事の素人にしか見えない相手ではあるが、なかなか冷静に頭を働かせているようだ。
全く、面倒な相手だ。正面から攻めるのは刺されるのを覚悟しなければならない。死角に回り込もうにも、道幅が狭いためままならない。かといって退くのは。
駄目だ。考えていても埒が明かない。注意すべきは刃のみ。拳だろうが蹴りだろうが、当たった所で即死する訳じゃない。そう気を取り直して、要は再び距離を詰める。
距離を詰めて覚悟を決めて、一撃二撃、蹴りを放つ。
――その次の瞬間だった、要にとっての誤算が二つ生じたのは。




