探偵と猫と少女と疑惑 6-5
相手は刃物を持っているかもしれない、だったら――と。その先を考えようとした要の脳裏に浮かんできたのは、数日前ファミレスで、その後に事務所で見た光景だった。
撃たれても大丈夫で、胸に埋め込まれた「生きる金属」さえあれば、傷もすぐに治る。そう、撃たれても痛くもないのなら、刺されても苦しくもないのなら。ならば。
「……チッ」
舌打ちをひとつ。下らない考えに熱を傾けている暇は無い。
ともかく、だ。
ともかく、どんな事情があろうとも、ユキを危険にさらすことはしない。そう要は決めていた。
路地を挟む建物のその角に身を寄せ、首を伸ばす様にして奥を覗き込む。見えるのは一面に広がる闇ばかりだ。まるで実体があるかのようなそれは、先を見たいと望む要の視線を遮っている。どんなに凝らしても、その向こうは見えない。
ならばせめて音だけでもと、壁に顔を寄せて耳を澄ますが、無音。すぐ傍らを通る道路には車通りが無いものの、それでも何も聞こえてこなかった。
しかし、だからといって何か良い対策があるわけでもない。他に方法はないのだから。
「……」
要は耳を澄ます。どんなに小さな音でも聞き逃さないように、眼を閉じて、壁に耳を寄せる。どれほどの時間が経っただろう。数分程度の筈だが、要には一時間にも思えた。
ほんの微かに、物音がした。否、したような気がした。目で真偽を確認できないのだから、確信の持ちようがないのだ。
再び路地を覗き込む。が、やはりそこには闇があるばかりで、何も見えはしない。
訊き間違えか、と諦めかけたその時だった。
かたり。今度は確実に、音がした。絶対に聞き間違いではない。すぐそこ、闇の中に誰かがいるのだ。
「……」
意を決する。頬へと流れ落ちて来た一筋の汗を拭ってから、要は壁から離れ、奥へと進む。どれだけ進んでも闇は薄まらない。その向こう側は見えてこない。




