探偵と屋根と少女と出逢い2-3
そうして、港を出て、歩道を歩くこと十数分。
足の裏に嫌な痛みが出始めた頃になってようやく、要は立ち止まった。目的地に着いたのだ。
要が足を止めたのは、二階建てのビルの前だ。両隣が二階も三階も高いせいで埋もれたように見える。
一階の軒先には〈夏目軒〉と書かれた看板が出ている。要もしばしば利用しているのだが、安くて量が多くて、そして値段の割には美味い物を出すということで知る人ぞ知る定食屋だ。昼時ともなれば二十数人しか入れない小さな店内は人と料理の熱気で一杯になる。また、この夏目軒はこのビルのオーナー夫妻が経営している店でもあるため、そういった意味でもお世話になっている訳だ。
そして、その夏目軒の入り口の扉のすぐ隣にあるのが上の階へと続く階段を登った先にあるのが〈幅木探偵事務所〉。要の事務所だ。
帰ってくるのは大体半日振り、拉致された時以来だ。半日ではそうそう変わりようもないから、きっと部屋の中の状況は変わっていないだろう。埃だらけで、散らかり放題で。
そして、依頼がない。
現在の要を取り巻く金銭問題の中で最も優先されるべきなのは『家賃』だが、これは問題ない。例の案件での前払い金で十分に払い終えた。
だが、そのせいで前金の残りは幾らもなくなってしまった。依頼自体はきちんとこなしたのだから報酬を受け取る権利はあるのだろうが、自分をあんな目にあわせた人たちと再び顔を合わせる度胸は、要にはなかった。
家賃のみが問題ではない。生きていく以上、食費やら生活費にあてる金は必要だ。けれども、それが手に入る予定は、今のところ無い。
最悪、下の夏目軒で働かせてもらうという手もあることにはある。実際、以前のこうした場合には何度もそうして乗り切った。けれども要は、今回はその手段を使う気はなかった。
――何か新しい依頼でも来てねえかな。
出来るだけ簡単で、出来るだけ報酬が良い物。依頼主が美人なら言うことナシだ。
そんな邪な考えを胸に、要は階段を上る。昼にも関わらず薄暗いのは、途中に窓が無いからだろう。電灯もあることにはあるのだが、スイッチを入れた筈なのに作動しない。どうやら電球自体が切れてしまっているようだ。
少し見えづらくて、足元が若干不安になる。要は念のために手すりを掴んで、一段一段確かめながら上がっていく。
ちょうど真ん中辺りまで来たところで、背後から声をかけられた。
「こぉるぅあああああ!」
巻き舌で、ドスが利いていて、出来ることなら無視して進みたくなる様な声だ。けれど、要にそれは出来ない。明らかに要を対象とした呼びかけである上、その主を知っているからだ。
びくっと体を震わせた要は足を止めると、ゆっくりと振り返る。