探偵と猫と少女と疑惑-2
それから数十分ほど後。
幅木探偵事務所内に、藤沢秋の姿はない。既に帰った。いるのは、ソファーに座ってこれまでの事件ファイルを読んでいるユキと、その向かいで背もたれにもたれかかって天井を見上げている要。
一目で分かるほど、要のその姿には疲労が色濃くにじんでいる。
無理もないだろう。
藤沢は帰るまで、その『ギンちゃん』とやらの話をずっと語っていた。ずっとずっと、楽しそうに。
それを、要は只一人で聞いていたのだ。適度に相槌を打ちつつ、時折質問なども織り交ぜて。
全ては、依頼人に気持ち良く金を出させるため。少しでも多く金を出させるため。あわよくばリピーターにして、これからも金を出させるため。結局は、金銭を念頭に置いた職業意識によるものである。
とはいえ、今回はいささかそれを気にしすぎた感はある。
一応依頼に関して必要な情報は、メモも含め全て手に入ったものの、それよりもただ年寄りの自慢話につき合わされた徒労感の方が遙かに強かった。
やまびこのように脳内で繰り返される藤沢の声に、要は思わず舌打ちをした。
と、その時。
パタンという音がした。ユキがファイルを閉じたのだ。
ユキはそのまま、ファイルから要へと目を向けて、問うた。
「あの方は、猫をお産みになったのですか?」
「……なんだそれ?」
要は天井からユキに視線を移した。質問の意味が、まったく分からなかった。ふざけているのかと思ったくらいだ。けれど、その表情は至って真面目だった。
探るような要の視線に、ユキは写真を指さしながら答える。
「その猫を指して、あの方は『息子』と言う言葉を使っていました」
「……そうだったか?」
次から次へと言葉を浴びせられたせいで、細かいところまでは覚えていない。相槌を打つので精いっぱいだったのだ。
けれど、あの可愛がり様を見ていれば使っていてもおかしくはないとは思う。まさに『猫かわいがり』というやつだ。
「違うのですか?」
「……」
要は疲れて切っていた、訂正の語を口にするのものも面倒に感じるほどに。
が、仕方ない。ここで訂正しておかなければ、いつかどこかで変な事を言い出すかもしれない。
「ちげえよ。息子ってのは、あれだ、比喩ってやつだ」
「はあ……」
あまり説明にピンと来ていないようだ。ユキははきょとんとした顔をしている。
もっと分かりやすく、シンプルに言うべきか。
「要するに、そんだけ可愛がっていたって事だ」
――そう説明する要の脳裏に、ある光景がよぎった。
猫について話している藤沢の笑顔だ。
「……」
正直どうでもいい思い出などを語られるのには辟易した。いちいち名前で呼ばせるのにも少しイラついた。けれど、それだけ可愛がっていたのならば。
小さく舌打ちをひとつ。
「……いくぞ、ユキ」
要は立ち上がると、クローゼットから帽子とジャケットを手に取った。
「もう行くのですか?」
「ああ。早く見つけるに越したことは無いだろ」
言いながら、ジャケットを羽織る。帽子を被る。
「早くお子さんが見つかれば、藤沢様はお喜びになるでしょうね」
「……良いから、そのメモ忘れずに持って来いよ」
最後にそう言うと要は、ユキを待たずに、事務所の外に出た。




