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探偵と猫と少女と疑惑1-4

――おっと。

この事務所に来る人種の見分け方で最も簡単なものは、事務所にどう入ってくるかだと要は思っている。

断りも無くずんずんと入ってくるのであれば、友人か敵対者だ。

では、きちんと断りを入れるのは誰か。

それは、依頼者。

「……チッ」

舌打ちをひとつ。そして、要はユキとしばし視線を交わした後、言った。

「……一時休戦だ」

ユキは答えた。

「戦っていた覚えはありませんが」

どうやら最初から眼中にはなかったようだ。

いささかむっとしたものの、要は直ぐに思い直す。今はこんなことをしている場じゃない。

素早く姿見で己の姿を確認する。非礼に当たるような汚れも着くずれもない。

準備が万端であることを確認し終えた要は咳払いを小さく一つすると、扉まで歩き、

「どうぞお入りください」

言いながら、扉を押し開けた。

「どうぞ」

そう言ってユキがテーブルの上に置いたコーヒーを、依頼人は一口飲んで、あら美味しい、と言って笑った。

対面に座っている要は、その姿をじっと観察する。

老婆だ。白髪に皺の多い顔、恐らく六十は超えているだろう。左手の白く細長い薬指には、小さな宝石の付いた指輪。傍ら、ソファーの上には黒くてつやつやした見た目の鞄。何のかも、本物かどうかも分からないが、恐らくは革だろう。

経済状態は悪くないようだ、と要は踏んだ。身なりや他の様子などから、それは伺える。身に着けている物は、シンプルではあるがそれなりに値の張るブランドの物である。それに、ひび割れひとつもない指は、この老婆が水仕事などをする必要のない立場であることを示している。

このように、外見から分かることはいくつもある。

が、しかし。

外見からのみでは分からないこともまた――当然ではあるが――いくつも存在する。

その中でも最も重要なのは、目的だ。

裕福な依頼人に来てもらう事は、商売でこの事務所を営業している要にとっては、もちろん喜ばしいことである。

ただ、いくら金を積まれたって受けたくない依頼というのも、また存在する。

要は以前ヤクザに拉致された時のいざこざを。あれもまた、要の金へ執着心が引き起こしたトラブルだった。ほんの数日前の話だ。

だから、その時から要は誓ったのだ。

己の身が危険になるような依頼は――ギリギリまで粘って、出来るだけ料金を釣り上げた上で考えよう、と。

そう、結局この男、まったく懲りてないのだ。

「……さて、そろそろよろしいですか?」

そう言って要は、営業用の笑みと共に、老婆へ視線を向けた。

老婆はあらごめんなさい、余りに美味しいコーヒーだからつい、と言いながら、持っていたカップをテーブルの上に置いて、要を見た。

「それでは、ええと……済みません、お名前から宜しいですか?」

「ああ、そういえば言っていなかったわね。もう私ったら」

 何が可笑しいのか。口元を隠しながら笑った後、老婆は再び視線を要へと戻し、あらごめんなさい、と言って、

「わたくし、藤沢秋と申します。よろしくお願いしますね、探偵さん」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。私は幅木要と申します。当事務所の所長をやっています」

そう自己紹介して、老婆――藤沢に笑みを向け、要はさっそく依頼の話に入ろうとした。

けれど、そうはいかなかった。

藤沢が、何故か訝しげな表情をしていたからだ。それだけではない。要ではなく、どこか別の所を見ていた。


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