幕間-2
ここが探偵事務所であると分かって来る人種は、大きく分けて二つ。『依頼によって迷惑をかけられた者』か、それとも『依頼人』かだ。要は前者だと踏んだ。
だから、椅子から立ち上がり、扉まで歩いて言って
「はい、どなたで」
開けたものの、その向こうに立っていた人物の顔を見て、息を呑んだ。
目もくらむ程に美しい女性が、そこに立っていた。
雨に濡れた艶やかな黒髪に、細い柳腰。黒く光り輝いている胸元の物は、宝石だろうか。スリムであるにもかかわらずグラマラスなその体つきは、濡れて張り付いた服が保証している。
息を吹きかけたら崩れてしまいそうに儚いその雰囲気に、要は見とれて立ち尽くす。
我に返ったのは、眉を潜めた女性に声をかけられたからだ。
「……あの?」
流石に顔を見られてぼうっとするのは非礼だったか。それにしても、どんな表情になってもこの女性は美しい。要は見とれたその失点を取り繕おうと急いで言葉を吐きかけ、すぐに思い出して低く魅力的であると思われる声を出し
「あ、いや――ええ、ここが幅木探偵事務所ですよ。何かご相談ですか?」
その言葉に女性は、ああよかったと、ほっと胸をなで下ろして、
「私の名前は小山梓と言います」
「梓さん……ですね?」
良い名前だ、と要は言おうとしたが、女性――梓はそれを遮って。
「大事なものを捜していただきたいの」
「……大事なもの?」
「大切な物なの、でも思い出せないの。ぜひお願いします。情報や必要経費などはこの袋に入っています」
そういって、梓は要の胸に封筒を押し付けた。
おっと、と要は取り落としそうになったそれを受け取る。確かに、梓の言っている物がすべて入っていても不思議ではないほどに、その封筒は分厚かった。
けれど、情報とお金があれば何でも受ける訳ではない。
「はぁ……ですが」
いささかムッとしながら、封筒から視線を上げた要は――自分の目を疑った。
ついさっきまでいた筈の梓が、影も形もなかった。
「あれ?」
辺りを見回す。が、やはり居ない。
ならば、夢だったのか。
本気でそう考えかけた要は、慌てて思い直す。いやそんな訳は無い。ファイルもちゃんと残っている。
だが、ならばどうやって。
「……」
体の奥から湧き出してくる震えを堪えながら、要は、封筒から、ホッチキスで綴じられた書類を取り出した。




