探偵と屋根と少女と出逢い-4
巻き起こった熱風が全身を襲う。風圧に圧されて、要は椅子ごと転んだ。
「熱っ、あっつ!」
転んだ拍子に床から服へと炎が燃え移った。焦った要は、上半身を起こしながらそれを叩いて消して。
「……ん?」
そこで、手の緊縛がなくなっていたことに気づいた。後ろを見ると、手のあった位置に、燃え尽きつつある縄の残骸。
――どうやら俺は幸運の女神さまに愛されてるみてえだな。
要はにやりと笑った。急いで足元の緊縛も外す。
しかし、気分が高揚したのもつかの間。二本の脚で立てるようになった時には、すでに炎に取り囲まれていた。
扉まで行こうにも、その間には火炎の壁が存在している。その前に被った水のおかげで幾分か和らいで入るようだが、それでもガソリンを被った状態では突っ切りたくはない。
とはいえ、このままもたもたしていたら死ぬことは確実だ。
どうする、どうすればいい。考えながら、要は必死に周囲を見回した。
すると、背後の壁にわずかに亀裂が入っているのを見つけた。手をかざすと、わずかに冷たい風。覗くと、大海原。それほど厚くも無いようだ。
ここしかない、と要は悟った。ここを壊すしか、外に出る方法はない。理解した瞬間から、行動を始めていた。全力で殴る、全力で蹴る。だが、壊れる気配はない。
どうしようもないのか――いや、何かある筈だ。
再び周囲を見回す、今度は何か壁を壊せそうな物を探して。もはや半分ほどが炎の中に飲み込まれている室内を見渡す。
けれども見つかったのは先程まで縛り付けられていた椅子だけだった。煤にまみれて黒ずんでいる。
こんな物でも無いよりはマシだと、渾身の力を込めて要はそれで壁を殴りはじめる。
一度、二度、三度。繰り返すうちに亀裂が広がり始めた。
二十を数える頃には、亀裂は穴となっていた。大の大人でも身を丸めれば何とか通れるほどの穴。
本来であれば、もう少し大きくした方が良かっただろう。しかし、要には既に時間が無かった。背後の火勢がどんどん増していたからだ。
考えてる余裕などなく、要は反射的にそこから外へと跳んでいた。
風が頬を撫で、ゆっくりと海面が近づいてきて、そして着水。
視界が一瞬で茶色く濁る。海水が目に滲みた。ぽこりぽこりと浮かんでいく泡を目で追っている内に、その内呼吸が苦しくなってきた。
要は慌てて海面へと浮かび上がると、そこで大きく一息ついた。
手足を揺らして沈まないように気を付けながら、辺りを見回す。
頭の上にはさんさんと輝く太陽があった。背後を見ると漁船が多く泊まっていて、そのs船群の向こうに、もうもうと黒煙の立ち上がっているプレハブの小屋があった。
どうやらここは、港らしい。あの小屋も、きっと本来はその関係で使われていたのだ。それが何らかの出来事で黒服達の手に渡って、そこから用途が変更されたのだろう。
拉致監禁という、用途へと。
「……」
ぶるると、背筋に寒気が走った。どうやら水に浸かり過ぎていたらしい。このままここにいたら警察が来るだろう。そうしたら、面倒なことになる。
とっとと水から上がろうと、要は思った。