探偵と屋根と少女と出逢い6-4
そんな彼の内心での葛藤など、少女は知る由もない。続けて、
「そして第三の理由に対してですが……」
そういうと、少女はソファーから立ち上がった。要に背を向けて、向かう先は。
――台所、か?
一体何をするつもりなのか、眉を潜めて見守る要の目の前で、少女はある物を手に取った。
黒い柄。やや角の丸まった直角三角形といった具合の、銀色に光る刃。そう包丁だ。
包丁を手に取った少女は、それを逆手に持ち替えた。つまり、刃を自らの方に向けたのだ。この時点で、要は少女が何をしようとしているのかを悟った。
「おい、待て……待て!」
要は叫ぶ。それのみではなく、組みついてその動きを止めようと、立ち上がり駆けだす。
けれど、間に合わなかった。包丁を逆手に持った少女は、柄を握っている両手を頭の上に上げ、勢いよく振り下ろした。
銀色に光るその軌跡は両こぶしを導くように走る。その終着点は、腹部。ぐっというぐぐもった音とともに、銀色が少女の腹に埋まるのを要は見た。
少女は、その腹に包丁を突き立てたのだ。腹と刃との隙間から、赤い液体が流れ出る。
「バッ……カ野郎が!」
駆け寄り、膝を床につく。刃渡り約二十センチほどの文化包丁のその刃の全てが、少女の体に収まっていた。要は必死に考える、一体どうすればいい。
包丁を抜くべきか。いや、そうしたら出血が酷くなる可能性がある。救急車か、それとも消毒液などで簡単な応急処置をしてからの方がいいか。
どうする、どうすればいい。様々な思考が一瞬のうちにその脳裏を駆け巡って――しかし、結局無駄になった。
立ちすくみ考えていた要の目の前。
腹部から包丁の柄を突き出したまま、そこから血を流しながら、少女が立ち上がったのだ。
「……お前」
これ以上ないという程に、要は目を見開いた。言葉が出なかった。以前も同じ光景を目にした。が、それでも慣れるものではない。
少女は自分の腹を見ると、おもむろにその柄を掴み、引き抜き始めた。
ずぶずぶと湿った音を立てて、赤く濡れた刃が姿を表す。振りではない、確実に刺さっていた。にもかかわらず、引き抜いたその動作に痛みや苦しみといったものは感じられなかった。
真顔で先端まで引き抜き終えると、少女はその包丁を流しに入れ、唖然とした表情の要に向けて言った。
「以前も言いましたが、私はサイボーグです。脳以外の体はすべて、人間のそれとは違います」
「……」
言葉は出ない。要に出来る事は、ただ目を見開くことだけ。ほぼ無反応である。
けれど、少女は構うことなく、続けて、
「そして、私の核は此処に」
そう言いながら手を伸ばした先は、己の服の襟元。少女は両手でそれを掴むと、くつろげだした。
慌てたのは要である。呆然としている場合ではない。何を考えているのか良く理解できないが、このまま放っておいていいとは到底思えない。
混乱している間にも、少女の手は止まっていない。喉が、続いて浮き出ている鎖骨が露わになる。
だから。
おい馬鹿と、要は慌てて止めようとして、
「何を考えて――」
その途中で、言葉を呑んだ。
己の見ている物が、信じられなかった。
「……それ」
震える指で指し示す先は、少女の胸元。要が見た物は鎖骨と胸の丁度中間の辺りにあった。
滑らかな、陶器のような喉。浮き出た、繊細な彫刻のような鎖骨。
その下にあったのは、黒いごつごつとした表面を持つ、見ようによっては宝石にも見える物体。
けれど、それが宝石などでは決してないことは誰でも一目で分かるだろう。何故なら、その黒い物体は、少女の肉体に半ば埋まっているからだ。




