探偵と屋根と少女と出逢い6-1
陽光から差し込んだ陽に、カップから立ち上る湯気が照らされる。
三月頭。春というにはいささか早い時期ではあるが、大気は暖かさを増しつつある。
〈夏目軒〉の二階、〈幅木探偵事務所〉である。屋根のひと部分だけ、色の若い板が張られている。二日前に開けられた穴をそれで塞いであるのだ。
そして、事務所の中央にはテーブルと、それを挟むようにしてソファーが二つ置かれていて。
今、そこには要と少女が、向い合って座っている。
要は、服装こそ綺麗なものの、口周りには髭が、目の下には隈があって、それが溜まっている疲れを感じさせる。あんまりよろしい見目ではない。
とはいえ、無理もない。要はこの日の朝、ここに帰って来たばかりなのだから。
――少女が三人目の覆面を吹き飛ばしてから十数分後に、警察が来た。犯人は三人だけだ垂らしく、拳銃の恐怖から逃れた従業員が通報したのだった。
ここまでは何も問題は無い。重要なのは、この次だ。やって来た警察官たちは、店内に入ってそこに広がる光景を目にした。即ち、壁の下で気絶している覆面と、血をその顔に滲ませている覆面と、頭を天井に突っ込ませている覆面という、理解しがたい光景である。
警察官は誰かに事情を問おうとした。従業員は厨房にいたためホールで起きた事は見ていない。少女はその俎上にすら上がらなかった。そうなれば、残るはひとりである。
そういう訳で、要は二日間に渡って警察署で尋問を受けたのだ。
ずっと警察署にいるという精神的苦痛を除けば、その二日間に特に問題は無かった。問う側も、あそこで一体何が起こったのか予想も出来ていなかったらしく、質問自体に困惑がにじみ出ていた為、誤魔化すのは難しいことではなかった。唯一要が心配していたのは、少女を撃った覆面男に対する行動の是非だったが、多少注意を受けたものの、これも『正当防衛』の範囲内ということで事なきを得た。
こうして事件に関する事情聴取を終えた要は、今日二日ぶりにこの場所に帰ってきたのだった。
帰ってきてまず会ったのは、夏目家の人々だった。有紗は学校でいなかったが、その父である秀夫と母である桃子が家の前で出迎えてくれたのだ。二人は口々に要の無事を喜んだ。要は二人に礼と、天井を壊した謝罪を再びして、後で会う約束をしてその場を離れた。
〈夏目軒〉の隣の、埃っぽい階段を上がり、事務所の扉の前に立ち。
二日ぶりに帰ってきた我が家に胸躍らせながら中に入ったら、
「おはようございます、要様」
少女がソファーに座って、カップに淹れたコーヒーを飲んでいたのだ。




