探偵と屋根と少女と出逢い-3
「……だから、なんだよ」
震えないように気を付けながら、ゆっくりと声を絞り出す。
「俺を、どうしようってんだ」
ある程度の苦痛は覚悟していた。良くて何発か殴られる。悪ければ半死半生の災難。そんな風に想像していた。
――けれど、現実はその遙か上を行った。
要の問いにそうだねぇと考え込んだ男は、少し考えた後、答えた。
「……とりあえず、燃えといて貰おうか」
言葉と同時に扉の開く音がした。外から光が差し込む。黒服の内の何人かが外に出たのだ。
一体、何をしに行ったのか。要が出す前に、答えは向こうからやって来た。
もう一度、扉の開く音がした。そして、さながらモーゼの奇跡の如く、扉から要までの黒服の人込みが真っ二つに割れた。
つまり、要の位置から男越しに扉が見えるようになった訳で。
「……」
要のその目に映ったのは、さっき出て行った当人達であろう黒服の姿だった。
ただし、その姿は周囲のそれとは違っていた。赤いポリタンクを両手に下げていたのだ。
中身が何なのか、男の言葉を考えれば明白だ。
「おい、やれ」
男が椅子から立ち上がった。ほぼ同時に、ポリタンクを下げた男たちが近づいてきた。
ようやく要は、その“頭”と呼ばれている男の怒りの程を悟った。
「っテメエ! ちょっと待ちやがれ!」
さっきまでの冷静な仮面は何処へ投げ捨てたやら。動けない身ではあるが、喚き、身じろぎ、要は必死に逃れようとする。
が、その手足を椅子に縛り付けている縄は固く、身じろぎくらいでは解けそうにない。噛もうとするが、届かない。無理やり千切ろうとするが、出来る筈もない。
そうこうしている間に、黒服達はすぐ近くまで来ていた。ポリタンクの蓋を開けると、その中身を一本ずつ丁寧に要へと注がれる。
中身の液体からは、つんと鼻を突く刺激臭がした。ガソリンだ。
「ぶはっ……おいテメエらっ……ぶへっ!」
抗議をしようと開けた口にもガソリンが流れ込む。
それでも要は声を出し続けたが、その努力も空しくガソリンは注がれ続けた。但し最後の一本以外は。最後の一本は要ではなく、その周囲に円を描くようにして撒かれた
ポリタンクの中身を全て注ぎ終えると、一人、また一人と黒服達は部屋から出て行った。要は抗議の言葉を喚き続けているが、誰ひとりとして気に掛ける者はいない。
そして、遂に黒服も最後のひとりとなる。
「……」
最後の黒服は、開けっ放しの扉から外にでるとそこで立ち止まり、振り返った。何時の間に着火したのか、その手に火の付いたマッチ棒が握って。
めらめらと揺れる炎は頼りなく、すぐに消えてしまうだろうと思えるほどに儚げだ。
けれども、それで良いのだ。何十分も燃え続けるほどに強い火勢である必要は無い。
必要なのは、きっかけなのだから。
「おい、ちょっ、待っ――」
要の制止も空しく、マッチは黒服の手を離れた。
投げられたマッチはくるくると中空に赤い軌跡を描きつつ、回転しながらゆっくりと床に落ち、室内に炎の花弁が勢いよく開いた。