探偵と屋根と少女と出逢い4-5
何も言い返せない要を見た葵はまた笑って、それから立ち上がり、そのまま部屋から出て行く。
戻って来るまでに一分も経たなかった。
再び入ってきた葵は、その手には何やら分厚いファイルを持っていた。
恐らく届け出の類が入っているのだろう、と要は考えた。
ソファに座り、それをぱらぱらと捲りながら、葵は訊いた。
「じゃあその子の名前を聞かせてもらえますか?」
要は答えた。
「分かりません」
「……え?」
ファイルから顔を上げた葵は、怪訝な表情をしていた。
それはそうだ、と要も思う。けれど、事実なのだからどうしようもないのだ。
「教えてくれないんですよ、こいつ」
これも事実を言ったまでだ。
けれども葵はその言葉を信じられなかったようで、
「……」
疑いを込めた眼差しで要を一瞥すると、少女の方へ向き直り、訊ねた
「お姉さんに名前、教えてくれるかな?」
「ありません」
即答だった。
「……」
少女から要へと視線を動かすと、葵はにっこりと笑い、パタンとファイルを閉じて告げた。
「どうやら無理みたいですね」
「そんな無責任な!」
思わず要は大声で叫んでいた。
あまりに大きすぎて、部屋の外まで聞こえていたようだ。扉の向こうで作業をしている刑事達の何人かが視線を向けてきたのが、部屋の窓から見えた。。
要は誤魔化すように咳払いをひとつ。
そしてさっきよりも小さく、しかし懇願するような声音で葵に訊ねた。




