探偵と屋根と少女と出逢い-2
――幅木要。職業は“探偵”である。
とはいえ、そう言っているのは当の本人だけで、その実態は“何でも屋”と言った方が正しいのだが。
猫の世話から行方不明者の捜索まで、要は何でもやる。
そんな彼につい先日舞い込んだ依頼が、『夫の浮気を確かめてほしい。もし行っていたら証拠となる写真を』という物だった。
依頼は何でも受ける主義の要であったが、当初は尻込みした。
何故ならその依頼人が、要の住む〈桐山市〉における有力ヤクザのひとつ、〈新山会〉の会長の妻だったからだ。
つまり、依頼を受けた場合、ヤクザの親分の浮気現場を写真に収めて取ってくる羽目になる訳だ。
受けたら最後、どんな目が出ても良い結果にならないのは明白であった。
しかし、要は受けた。十分に考えて、悩んだうえで、受けた。家賃に困っていたのだ。事務所を追い出されてしまうまで秒読みであったのだ。だから、そんな時に舞い込んだ子の依頼はどうしても逃せなかった。それに、報酬を聞いたところ前金の時点で既に家賃分はあり、依頼成功の報酬は、家賃を払ったその残りを合わせれば一か月は遊んで暮らせるほどだという。
こういう訳で、入る当てのない安全な依頼よりも、確実に金が貰える危険な依頼の方に、要の心は傾いたのだった。
それに、依頼自体が難しい行為ではないということもあった。要はただ依頼者から「夫が出かけた」という連絡を受けたあと、車で旦那を追跡し、誰にも分からない安全な場所からカメラで写真を撮ればいいだけなのだ。
だから失敗する要素なんかどこにもない――と、当時の要は信じ込んでいた。その結果がこの様だ。
計画通り写真を何枚か撮って、写っている物を確かめて、成功を実感して、カメラを抱えたまま事務所へと戻って――
――そこからの記憶はない。起きたらこうなっていたのだ。
待ち伏せされたか、と要は思った。恐らく情報が漏れていたのだ。そうでなければこうまで迅速な対応が行われた理由が分からない。撮られたその日の内に拉致とは、幾らなんでも速すぎる。
訥々と男は喋る。
「考えて見りゃあ兄さんも可哀想な立場だよ。
姐さんの依頼のせいでこんな目に会ってるんだからね」
でもさ、と言葉を切ると、男は刃を一旦しまい、再び出し。
「失敗したらこうなるってのは、分かってたんだろ? 分かってたのに、受けたんだろ? それなら仕方ないよななぁ、兄さんよ」
「……っ」
今度はその刃で要の頬を撫で始めた。
ぴたりぴたりと、まるで髭を剃っているかのようだ。男が少し強く押し込めば髭どころか皮膚や肉すらも削げる事だろう。
視線を外しても、冷たい刃の動きは肌で判ってしまう。規則性を乱すちょっとした動きに、恐怖心が掻き立たせられた。
しかし、それでも要は身じろぎひとつしない。澄ました顔で、醒めた目で、男をじっと睨みつけていた。
恐怖を感じていない訳ではない。危険を思っていない訳でもない。
ただそれ以上に、怯えた顔を男たちに見せたくない気持ちの方が強かった。