探偵と屋根と少女と出逢い3-3
「いや、気に障ったとまでは言わねえがよ……」
要は髪をかきむしる。どうにも相手のペースがつかめない。
すっかり怒る気は失せてしまっている癖に、自分がやろうとしたことへの罪悪感は残っている。暴力を振るおうとしたときの感情の記憶が、頭から離れない。だからあまり強く出れないのだ。
それに、この少女にはどこか浮世離れしたところがあって、それにペースを崩されている感もある。
だいたい、まだ名前すら――
そこまで考えた所で、要は自分の間抜けさを呪った。
大事なことを忘れていたことに気づいたのだ。
そう、名前だ。まだ名前も何も訊いていなかった。
何をするにしたって名前は必要だ。もちろん、修理代を請求する時にも、だ。
「おい、お嬢さんよ。お前、名前はなんて言うんだ?」
質問に対する答えは、即座に返ってきた。
「無い」
「ああそうか、無いって……無い⁉」
頷きかけて、要は慌てて聞き返した。聞き間違えかと思ったのだ。けれども少女は、何か問題あるかとでも言いたげに要の方を見つめていた。
どうやら、聞き間違えでも何でもないらしい。
なんだそれは、名前が無いなんてことが有るのか。
要には信じられなかった。今まで会ったどんな人間にも――凶悪な犯罪者にだって――名前や呼び名はあった。当然だ。他の人間と顔を合わせて生活する以上は、あだ名程度のものでも必要になる。それが無いと、呼ぶ人が困るだろう。
それともまさか、この少女には、今までその名を呼ぼうとする他人がいなかったとでもいうのだろうか。
いや、まさか。そんなはずはない、と要は己の考えを否定する。
そんなことがあって堪るか。きっと嘘を吐いているに違いない。
そうだ、そうに決まっている。
そっちがその手で来るなら、こっちは――
「おい、お前」
その化けの皮を剥がしてやる。
意地悪く笑いながら要は、少女に宣言した
「これから警察署に行くぞ、着いてこい」




