探偵と屋根と少女と出逢い2-6
こうなると、このお節介焼きな少女はてこでも引こうとしない筈だ。このままでは非常に面倒な事態になりかねない。
それこそ痛くもない足を縫われる羽目になるかも――いや、流石にそこまではあり得ないだろう。が、居留守を使った時のような目に遭うことは十分にあり得る。
逃れる術はあるだろうか、考える。出た答えは、ひとつだけだった。
「答えなさいよ」
有紗は一歩、歩を進める。それに応じて、要は一歩下がる。
「それとも、もしかして……」
また一歩。有紗は進み、要は下がる。
そして、
「……答えられないほど、痛いの?」
三度、要は下がった。その足は、すでに階段を上り切っていた。
――今だ。
好機とばかりに踵を返すと、要は事務所目指して走り出した。
戸を急いで開け、閉め、鍵を掛ける。その鍵の音に一拍遅れるようにして、何かが扉に当たった。有紗だ。
「ちょ、ちょっと何で逃げるのよ!」
焦りをにじませた声音で喚いた。対して、要も負けず劣らずの大きさで言いかえす。
「うるせえ! これ以上何でもないことで時間を取られてたまるかってんだよ!」
「な、何でもないって……じゃあその血は何なのよ!」
何と言い返そうか、と要は一瞬考える。
なるべく信憑性のある嘘がいい。
確かに、アンタならあり得る。そう思わせるような物を。
頭脳をフル回転させる。要した時間は五秒もなかっただろう、思いついた中で一番信憑性のあった嘘を、要は口にする。
「これは鼻血だよ、昨日飲み屋で酔っぱらってこけたんだ」
これは以前実際にあった事だから、信憑性は十分にある。最終的には血で汚れた服を有紗に見つかって叱られたのだった。
「……またなの?」
やや間をおいて、そんな言葉と一緒に大きなため息が聞こえた。
信じてもらえたことに喜ぶべきか、それとも信じられてしまったことを嘆くべきか。
どうやら有紗も覚えていたようで。
「洗ってあげるから、後で持って来なさいよ!」
扉の向こうからそんな言葉が飛んできて、そして気配は遠ざかって行った。
階段を下りる足音は徐々に小さくなり、やがて階下の雑踏のそれに紛れて分からなくなった。
そこまで確認したところで、ようやく気を緩める
よし、これでゆっくりできる。やっと自分の時間がやって来たんだ。
要は振り返り、事務所の室内に目を向けた。
縦横高さ、いずれも約五メートル程。ただでさえ、決して広いとは言い難いその室内は、更に色んな物で埋め尽くされている。
部屋の四方の内、扉のある北側と窓のある南側を除いた残り二つの壁は雑誌やら資料と書かれたファイルやらのぎっしりと詰まっている本棚によって隠されている。
中央にはテーブルと、それを挟むようにして継ぎ剥ぎだらけのソファーが二組。片方によれよれのタオルケットが乗っているのは、ベッドの代わりとしても使用しているからだ。
部屋の南。窓を背にするように置かれているのは貰い物の事務机だが、骨董屋で売っていてもおかしくないほどの年代物の雰囲気を纏っているせいで、部屋に溶け込めていない。要自身、ここに座ると落ち着かないので、依頼人の前で格好をつける時以外は使用していない。
そして、それらのいずれよりも室内に入った者の目を引くのは、床に散らばる紙束だ