第一話「異世界ツアー」
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この小説投稿サイトを利用した事がある人なら見慣れた文字だろう。
その下の空所。つまり文章を書くところにはまだ文字はなく、iビームカーソルだけが申し訳なさそうに点滅していた。
僕が小説を書こうと思ったのは数ヵ月前。あるweb小説を読んだのが切っ掛けだった。
その小説はファンタジー物に分類されるのかな。
あまりそこら辺は意識していなかった。活字が詰めっ詰めで読む気が少し失せたが、それでも読んでみると“次へ”を押すのが止められなかった。
面白くて可愛い相棒との冒険は本当に愉しそうで、愉しさは読んでいる僕にも伝染した。
そして今日、僕も手続きを終えやっと書こうと思ったんだけど……。
「何書いていいか分からないね……」
パソコン用デスクの上で画面を開くノートパソコン。
右手にはソーサーの上に置かれたマグカップから湯気が流れ出ている。
準備というかなんというか。形から入る僕は、形だけはちゃんと作るのにそこからが何もないのは悪い所だ。
…………
アイデアの浮かばない自分の頭に辟易して、溜め息をそっとはく。
タイピングの為の右手はマグカップに伸びて、茶色く濁ったコーヒーを冷ましながらディスプレイを再び睨み付ける。
コーヒーをすすって落ち着いてみても、文章は綴られない。
「他の作者さんはどうしてるんだろうなー。やっぱプロットって奴を書かなきゃいけないのかな。でもその前に風景の描写とか苦手なんだよなぁ。ふむ、もっと感受性豊かな子に育ちたかった……」
プロットというのは“話の骨組み”みたいなものだと聞いたことが有るのだが――昨今調べものにはググって先生が便利すぎる――最初は何も調べずに書いてみようと意気込んでいる “観文”には関係のない話だ。
そんな観文がディスプレイを注目したのは数分後の事だった。
なにやら興味深い広告があり、すぐにカーソルを動かしクリックする。そのページが開かれ、大きな文字で――
「異世界村へご招待?」
と、書かれていた。
異世界村は新しくできた施設で、今なら抽選でオープン前に体験できるらしい。
そういえば、ファンタジーって異世界の話が多いよな。そう思った観文はにもなく参加をクリックした。
「さ、てと。今日はまだ読者でいますかー」
こうして後伸ばしにするのは自分だけではあるまい。と、脳内天使が悪魔に屈した瞬間だった。
数週後。
見事に当選した観文は、母にバス停まで送ってもらっていた。
このバスで行くのかと見上げてみたり、同い年ぐらいの可愛い女の子はいないかなと探してみたり。
人数を確認してみると総勢11名。
大型バスに乗せるには少し物足りない来はしたが、まあ観文にはどうでもよかった。
他の10人も細かい事はあまり気にしないようだった。
「はいはい、おはようございます。えー異世界村ツアーにご参加頂きありがとうございます。皆様には、これから、えーこのバスに乗って頂き、異世界に行って貰います。が、その前に注意点はまぁ申し込み時にご確認頂いていると思いますが、念のためにこの書類に判子またはサイン等で構いませんのでよろしくお願いします。後パンフ配りますねー」
な、長いよ。
変なハッピを着た男性が長々しく説明し、順番に書類にサインした。
貰ったパンフレットはバスの中で読んでと注意され、僕達11人は押されるようにバスに乗車した。
バスの中は広く、二つセットの座席がずらっと並び、天井には少し古いモニターが二つ三つ配置され見た感じ立派なバスだった。
こういうとき、何処に乗るか考えもので、小心者の僕はまず一番後ろの席は選ばない。何故ならば人気だからだ。まぁ一人で座るのに一番後ろは無いだろう。
適当に前から四番目の左側の席の窓側に腰掛けた。
「隣いい?」
その声を聞いて期待して振り向けば、爽やかそうな青年が立っていた。
本当は良くないんだが、小心者の僕は断れないのでせめてもの返しに。
「どうぞ」
と、爽やかな声色で言った。
それを聞いて、青年は荷物を上の棚に押し込んで隣に座った。
「君はどうしてこのツアーに?」
居眠りを決め込む前に、隣の青年がツアーに参加した理由を聞いてきた。
小説を書く参考に……なんて言ったら、「小説家なんだ!?」的な会話に持っていかれそうな気がしたので、「唯の暇潰しさ」と爽やか成分を含んだ返しは継続中。
「そっちは?」
「本当は妹が申し込んだんだけど熱が出ちゃってさ、代わりに」
成る程、と頷く。はっきりいってもう会話を止めたいっ。なんで俺の隣には女の子じゃなくてお前が座ってんだよっ。女の子一人も居なかったけど。
「俺は日比野吉晴、よろしく」
「僕は藤本観文」
よろしく、と言おうとした時、先程色々と説明してくれた男性がマイクを使い話し出した。
「えーそれでは皆さん、そろそろ異世界に着きますので準備をしてください」
もう着くと言っていたがまだ出発して数分しか経っていない。勿論窓の外を見ても、田畑と数件の家が建っているだけだ。
それに対しての抗議の声が上がるが、それを制止て男は言った。
「ようこそ、異世界へ」
瞬間の出来事だった。
目の前の視界はグニャリと捻れ、暗くなり、意識も薄くなっていった。
最後に聞いたのは「言ったでしょう。異世界に行って貰いますって」という男の声だった。