支援の杖と手帳
この世では支援魔法、という概念が薄い。
敵の行動を阻害する魔法も、仲間の力を底上げする魔法もちゃんとある。
でもみんな、ああそんなのあったね、みたいな程度でしか知らない。
支援といえば回復だろうと広く認知されている。
これに私は憤りを覚えている。
先人達が作り上げた魔法をそんなものとは何事か。
少しでも生き残るために足掻き生み出したものに対して何事かと。
けれど、こんな認識なのだ。
だから使う人はほぼいない。
失われる魔法というべきなのか。
もし、もし私以外の支援魔法専門の使い手にあったら、私はそいつの手をとり大変だったよくがんばったねと抱きしめてやりたい。
その理由は、私がしてほしいからだ。
認識されていない支援は、限りなく不遇だ。
「おつかれさまー!」
酒場を貸しきっていきおいよく酒の杯をぶつけあう仲間たちを見て、私はそっと安堵の息をつく。
これは一仕事終わった後のいつもの宴会だ。
今日の討伐も死人はでなかった。よかった。
ひっそりと酒に口をつける私をよそに、本日活躍した戦士やら魔法使いの名前やらが飛び交い賞賛される。
もちろん回復を担当した者も声高らかで、世話になったであろう前衛戦士がひときわ喝采を送るのが聞こえた。
依頼金はたんまりともらえる。しかし取り分が均等に配分されることはなく、いつも私の取り分は少ない。
正直、衣食住を保障されていなかったら即座に縁を切っている。ここにこだわっている理由はもう一つ大きいのがあるが、致し方ない現実を見つめるしかない。
どこのパーティ、いや組合もこんなものなんだ。
諦めろ私。この道を選んだ時に諦めたことだろう。
「いやあ、しかし今日はいつに増して調子が良かったな!」
がははと笑う最前線の戦士へ向けて叫びたい。
その調子を良くさせているのは私だ!私の活躍だ!おまえの筋肉じゃない!!
敵の動きが明らかに鈍ったのが見えなかったのかこの節穴ポンコツ頭!!
しかし長らく虐げられた環境にいるせいか、言葉は出ない。ぐっと堪える。ついでに涙もこらえる。
「次は新しい帽子を買おうと思うの。あの新作オシャレじゃない?」
新しい杖が買えるのはいつだろう。今のはもう三年前のもので、ガタがきて酷い。皮鎧も靴も……。
嗚呼ひもじい。
羨ましい話は聞き流すに限る。
ちびちび料理をつまんでいると、隣に誰かが座った。
「カーナ、おつかれさま」
「アイリーン……」
唯一の親友がきてくれたことに、私の心がじんわりと温かくなる。
それくらいでって言うな飢えているんだ。
「アイリーンおつかれさま。大活躍、見てたよ」
彼女は凄腕の魔法使いだ。組合の外からも認められる強さで、国から雇いたいと声がかかったとかなんとか。
そして私に声をかけるくらい優しい。
この超人は私の親友。今のところ人生で一番の自慢。
「いいのよそんなの」
小首をかしげる私に、アイリーンは顔を近づけて声を潜める。
「カーナががんばってることアタシ知ってるわ。だから落ち込まないで」
この言葉で私はすくわれた。
私がここにいる理由だ。彼女がいるから私はここにいる。
でなけりゃ全て投げ出して田舎に帰ってる。
「後で部屋にきてほしいの。報酬をちょっと横流し、これくらい許されるでしょ?」
ウオアアアアアアアア。
アイリーンが男だったら迷い無く土下座して嫁にしてもらってたよなんていい子なんだ……っ。
「ありがとうアイリーン、アイリーン私っ。……ほんとうにありがとう。その気持ち、すごく嬉しい」
本音を言うとお金もすごく嬉しい。杖を新調しないと支援に支障が出始めているんだ。
そして自分の立場とか能力とかを思い出して涙が。
みじめだけど生きててよかったー!
「いいのよ。助けられてるんだもん」
口元がゆるんで、へらへらと笑ってしまう。
アイリーンにケラケラと笑われたけれど、私はしばらくそのままだった。
平穏はその二ヵ月後に破られた。
アイリーンがここを出ることに決まったんだ。
何故!?
すぐに私は聞いた。いや、問いただしに部屋に走っていた。
「アイリーン、ここを出ていくのは本当!?」
心のどこかで間違いでありますようにって願いもあったけれど、彼女の答えは変わらなかった。
彼女がここからいなくなる。
頭が真っ白になった。唇が震えた。とめなければ、と思って開いた口は歯がかみ合わなくて、私はひどく震えながらことだった。
泣きわめくのをちっぽけなプライドがせき止めていて、視界のすみが白くなったり黒くなったりしている。
息だけをする私に、彼女は祈るような声色で話しかけてきてくれた。
「カーナ、お願いがあるの」
私の息が止まった。
「一緒に来てほしいの」
あっ、と。息を吸った。
何故アイリーンだけが出て行くと思ったのだろう。
「行く!」
私もここを出て行くことにした。
アイリーンが出て行くのには一ヶ月もめたというのに、私は即日許可が出た。
唯一止めるだろう人物が反対しないんだから、当然といえば当然。
私たちは仲良く手をつないで街を出た。
隣町で新しく組む仲間を探した。
アイリーンを欲しがる所はいくつもあって、私たちはそのうちの一つに体験みたいな形でついていった。
オマケでついてきた私にあまりいい顔はせず、はじめての戦闘後に静かに前線に出ろと言われた。
後衛として、中衛としてカウントされなかったんだなぁと一抹の寂しさを覚えながら私は頷くしかない。
ここで私は、命のやりとりをする本業が構える前線に素人から毛が生えた一人が入ると、逆に邪魔に鳴ることを学んだ。
指示に何一つ逆らわなかったのにこっぴどく怒られて、さすがに私もアイリーンも感情が顔に出た。
でも逆に、前の所は私を最前線におかなかったから一応は認知してもらえていたのかな、なんて希望的観測をした。
街に帰ると、アイリーンは私の手をひいてそこを抜けた。
「あそこサイッテー!」
「ごめん私が、ちゃんとできなかったから……」
「違う! リーダー見た? あいつアタシのお尻さわったのよ!」
怒髪天を衝く勢いで怒り狂うアイリーンに、私は助けられた。
彼女をなだめながら、明日もがんばろうと思う。
七つ目に組んでみたパーティーは、随分毛色が違っていた。
くわしくいうとリーダーが違った。見た目は一番小さく、一番貧弱そうな、具体的に言うと司書でもしてそうな人だった。
なのに慕われていて、私たちは違和感を感じながらも出かけて、すぐに体験した。
「二人が出来ることと出来ないことを知りたい」
これが長い話で、目的地につくまで二時間ほどしゃべりっぱなしにさせられた。アイリーンもウンザリしているのが顔に出ていたので、私はよけいにがんばってしゃべった。その分質問で返されてえらいことになった。
私はこの人を、魔法使いだと思っていたけれど、違った。
戦闘に入るなり、彼は魔法使いのさらに後ろに陣取って背筋を伸ばして声を張り上げていたんだ。
「赤い戦士に支援魔法を!」
頭を叩かれたような衝撃にかたまっていると、さっさとしろと怒鳴られてあわててさっさとした。
支援魔法を要求されるなんて始めての体験で、ありったけの魔法を最前線の赤い戦士さんにかける。
戦士がふるった剣が魔物を真っ二つにするのが遠くに見えて、どこかから高い口笛の音がした。
「アイリーン、向かって左の二匹を魔法で牽制! 右は戦士で抑えろ!!」
ドキドキした。
支援をかけて、ちょこちょこと敵の動きを妨害していると、指示の声がとんでくる。
「カーナ! アイリーンに支援を!」
言われたことがない言葉に、嬉々として杖を魔法を唱える。
この魔法は何回アイリーンにかけただろう。でも、つよくつよく想いと魔法を乗せて。
アイリーンの表情が輝きながら巨大な魔法を生み出す。
「たたみ掛けろ!」
戦闘は怪我人も出ずに終わり、各自武器の手入れや移動に行動をうつす。
えもいれぬ満足感に呆然としていると、がしゃがしゃと鎧の音が私に近寄ってきた。
赤い戦士さんだった。
「よぉねーちゃんの支援魔法凄いな!次のも頼むぜ!」
ぽかん、と口があいた。
よくわからない間抜けな声が出て、私は泣いた。
それこそ酷い泣きっぷりでアイリーンは恐慌状態に陥りリーダーは慌て赤い戦士さんは死にそうな顔であわてていた。
申し訳ないことをしたとおもう。
私は嬉しかったんだ。
頼られたのが、役に立てたのが、認めてもらえたのが。難しいようで、簡単なようなそれを、私はずっと欲しがっていたんだ。
とても嬉しくて泣いたんだ。
だから後で、仲間さん方に殴られてボコボコになった赤い戦士さんに土下座で謝罪した。
なんと許してもらえるという。
彼はすごい。
逆に、とても私の支援魔法を褒めてくれた。
恥ずかしくてまた泣いてしまった。
するとリーダーのゲンコツが飛んできた。
彼はおばかさんだ。
私たちはそのパーティーに入れてくれるように頼み込み、そして歓迎された。
リーダーいわく、支援魔法を知るものは少なく、少なさ故に王都などで活動していないらしい。
田舎ではほとんどいないので知識が広がらず、扱いが酷いのだという。
こういうのを井の中の蛙というらしい。よくわからないが、私とアイリーンは田舎者だということだけ理解した。ゆるさん。
今までを少し話すと、同情と少しのお金をもらえた。杖代だと言い、利子つけて返せだそうだ。しっかりしている。
「ありがとうございます」
それでも素直に嬉しかった。
私の親友が嬉しそうに笑っているのも、とても嬉しかった。
「アイリーン、私がんばる!」
「もちろんよ!」
支援好きの彼女のはなし