第5話 人材(美海視点)
テスト結果は、思った以上に両極端に分かれてしまっていた。
1つは、映し出される映像に圧倒され、足取りが覚束なくなる人。
もう1つは、所詮作り物の映像と、何の気なしに渡りきってしまう人。
私は、ため息をついた。 これでは、フェイズ6は諦めなければいけないかも知れないと思ったからだった。
身体の全てをデータで再現し、架空の世界を作り出すフェイズ6を使うなら、データが作り出す世界に入り込まなければならないが、かと言って圧倒され、驚いて貰ってもテストにはならない。
今使っている、一般販売用に性能を制限したモデルでは不足かも知れないけれど、映像や音声から臨場感を体感しつつ、それに呑まれ過ぎないセンスを見せてほしいところだった。
実際には落ちる事なんてないビニールテープの橋だからと、気にしないで渡るのでは、カンニングをしているのと同じで、何の価値もないのよね…。
【2】
…その時だった。
伊織「ちっ!」
祐希「きゃーー」
2人の舌打ちと悲鳴が、部屋に響いた。
考え事をしていたので、よく分からなかったけれど、どうやら受験した人のうちの2人が、バランスを崩したらしかった。 1人の小柄な男の子はなんとか体勢を立て直していたが、もう1人の長身の女のコは、床に変な風に倒れていた。
遥「美海っ、見たかっ!!」
続いて急に呼びかけられ、私は驚いた。
…急に呼びかけられたからじゃない。
副所長の遥との間に、少なくとも私は、世間並の所長と副所長、という考えをもった事がなかった。 研究所の所員達と上司と部下という線引きをしないのと同じで、私は彼女を友達だとしか思った事がない。
けれど、朝の挨拶がそうだったように、当の遥は研究所に入ってしばらくの間、私のことを単に『所長』としか呼んでくれなかった。
それが彼女のやり方なのだと理解はしていたけれど、ある時私は、つい寂しさから八つ当たりをしてしまった。 それから遥は、私を『美海所長』と呼び、2人きりの時にだけに限って、素の顔を見せてくれるようになった…。
そんなガードの堅い遥が、こんなたくさんの人がいる所で、私を『美海』って呼び捨てにしたうえに、声を上ずらせているなんて…。
驚かないで、って言う方が無理じゃないかな?
遥「…美海… 所長。 あの2人、どう見た?」
遥の口調は、まだ少しおかしなままだった。 やっぱり興奮している?
ちなみに、彼らがああなった原因は分かっている。 このテストでは、ある程度見込みのある人間にはさらなる試練?
『頭上から巨大な岩が落ちてくる』
というイベントを発生させるように、所員に頼んであったのよね。
彼らはそのレベルまで見事到達したばかりか、現実には存在しない岩を必死に避けたり、逆に潰されてしまったりしたのだろう。
遥「どうなんだ?」
美海「…そ、そう言われても、あれだけじゃあね…」
私は、そんな遥に
『実はよく見ていなかった』
なんて告げるのが気が引けて、慎重なふりをして誤魔化した。
遥「そうかもな。 分かった。 所長のこれからの予定は確か…」
美海「うん。 外に出る事になっちゃってる」
研究が注目されるようになると、研究だけしている訳にもいかなくなる。 私としては微妙なんだけれど、そうも言ってはいられない。
遥「ではあの2人は、私が直に面接しておきたいが…」
美海「お願いするね」
予定では応募者が多いので、面接は担当の所員に任せる事になっていた。 だけど、こんな遥を見たら、希望を叶えない訳にはいかない。
遥「勝手を言ってすまないな」
遥は詫びたが、むしろ私は自分が外に行く予定になっている事が悔しかった。
だって、遥が目をつけるくらいの人材なら、もっとじっくり見てみたいじゃない?