プロローグ3(牧原 美海視点)
週が明けて、月曜日。
私は、いつものように研究所へと出勤した。
研究と言っても、華々しくなって来たのはつい最近の事。 日陰を歩き続けて、一時は何もかも失いかけた私が…。
所員A「おはようございます」
所員B「…おはようございます、所長」
所員C「あ、牧原所長。 おはようございます」
もう出勤していた所員達が、口々に私を見つけて挨拶の声をかけてくる。
美海「おはよう」
私も挨拶を返すと、自らの部屋… 所長室の鍵を開けた。
まあ、所長と言っても大して偉い訳ではなくて、部屋も豪華でもなんでもない、普通の部屋なんだけれど。
…その理由はやはり、私の研究がかなりマイナーだったせい。
それでも、5年前の凄腕パートナーの加入以来、用途すら漠然としていた研究に、少しずつ関心を持ってもらえるようになり、今ではゲーム業界、映画業界の人となら、会う事も珍しくなくなった。
???「…おはようございます、美海所長。 さっそくですが…」
そんな事を考えていたら、凄腕のご当人がやって来た。
美海「おはよう、遥。 いつもの事だけど、堅いよ?」
遥「…美海が軽すぎるんだ」
私がそう言うと、彼女の口調が変わった。 いつも思うけれど、器用なものだ。
遥「いい加減、所長らしくできないのか? 取材の時とか、正副逆転くらいならともかく、私が所長で、美海が新入所員に見られてはだな…」
美海「別に構わないんじゃない? それがうちなんだし」
私がそう言って微笑みかけると、彼女もいかにも副所長といいたげなクールな表情を崩し、源 遥個人の笑顔を見せてくれた。
美海「ところで、遥。 応募者の集まり具合はどうなの?」
気になっていた事を訊いてみた。 うまく応募者が集まれば、今日はその採用試験に当たる、適性検査をする予定になっている。
遥「どうも何も、応募者殺到で電話回線はパンク、研究スタッフまで電話応対しなきゃならなかったって、所員全員を敵に回していたぞ」
美海「あははは…」
遥「…と言うか、うちが高給でスタッフ募集なんて、世も末だな」
遥の言葉には、小さなトゲがあるようにも思えた。
だけど、無理もない。 元から研究所のスタッフだった訳ではない彼女は、5年前に、当時所属していた会社から、私が無理を言って引き抜いた。
引き抜き… ヘッドハンティングと言えば聞こえはいいが
『ただの泣き落としだった』
と、今でも言われる事がある。
それもそのはず、当時の研究所は、研究費にすら困窮しており、遥に満足な給料など払えなかった。 彼女はあまり話したがらないが、年収は半分近くに下がっていたのではあるまいか?
美海「それもこれも遥のお陰よ」
私は率直に、自分の気持ちを彼女に告げた…。