第21話 解放(祐希視点)
祐希「イヤっ!!」
はねのける。 でも、違う?
伊織「そか。 この世界に来てから、たまにお前がおかしくなると思ってたが、そういう訳だったのか」
祐希「い…伊織?」
…そういう訳って?
伊織「無許可で悪いが、祐希の記憶、見させてもらった。 正確に言えば見せられたんだが」
祐希「…な… んで…」
涙がこぼれた。
伊織「脳を機器伝えにリンクしてるから、あんまり強く考えすぎると、相手にも伝わるってな。 ファイルの38ページ、注釈のさらにカッコ書きだが」
祐希「最低」
…違う。 伊織は悪くない。
でも、こんな言葉しか言えない…。
伊織「まあ、そうなるだろうな。 だが…」
あたしの方を見つめる。 見ないで…。
伊織「お疲れさん」
予想してた言葉と違った。 今まで幾度となくかけられた言葉とは。
祐希「そかな? あたし、疲れてたのかな?」
何故か、不思議と肩の力が抜けていく。
伊織「お前の恐怖、辛さ、痛み。
正直言って、俺には何1つ解ってやる事ができない。 だから慰めも共感も、一切なしだ」
伊織の声。 今はあたしの声だから、まるで自分自身に慰められている気がした。
祐希「その方がいい…」
あたしは軽く目を閉じた。 再び目を開けた時、そこにあった穏やかな笑顔。
手をついて、半身だけ起こしす。
伊織「無理はするなよ?」
祐希「もう大丈夫」
あたしは、たぶん伊織の考えるだろう事とは違った意味で、その言葉を使った…。
【2】
祐希「ふぅ…」
上半身は起こせたけれど、まだ感覚は完全じゃない。 目の前は霧がかかったかのようだ。
祐希「どのくらい気を失ってたの?」
あたしは訊いた。 まったく見当もつかなくて、何日も寝てたような気さえする。
伊織「数分じゃないか? こうしてる間を入れても、カップラーメンはできてるかどうか…?」
祐希「たったそれだけ? って言うか、伊織ってラーメン好きなんだっけ?」
笑い合う。 関係ない話題。 それが無性に嬉しいのは何故だろう?
伊織「いや? 何となく言ってみただけだ」
祐希「そっか」
次第に、霧が晴れてくるのを感じた。
目に映る水色の… 何?
祐希「そう言えば、ここはどこだっけ?」
伊織「架空の世界なのは、忘れてないよな?
けど、もし仮にこれが感動的な場面だとしたら、一番ふさわしくない場所なんだよな…。
覚えてないか? 2人してしこたま飲んで… まあ、なんだ」
伊織が言いにくそうな顔をする。 その途端…。
祐希「あっ」
蘇る。 お腹に嫌な感じ。 せっかく忘れてたのに…。
祐希「思い出した。 どうしよう」
それと同時に、あたしが倒れた意味も理解した。 普段、極力避けていた男というモノを、あまりにも身近に感じすぎたからに違いない。
そして今、あたしの身体は、自分の最も嫌っていた生物のソレなのだ。
伊織「ところで祐希? お前って、男が怖いのか?」
頷いた。
頷いてからあたしは、男のはずの伊織と、普通に接していた事実に気がついて苦笑い。
伊織「やっぱりな。 じゃ、力になれるとは思わないけど、1つ面白い事を思いついた。 立てるか?」
伊織が肩を貸してくれる。 ふらつくと思ったけれど、足の感覚は戻っていた。
伊織「その様子なら平気そうだな。 用事も一緒に済ませられるし、一石二鳥だろう」
いつもの調子で、伊織はあたしを誘った。 あたしは訳も分からないまま、その後について行ったのだけれど…。
【3】
伊織「ほら、こっちだ」
そんな伊織が誘ったのは、こともあろうに男子用の小便器の前。
祐希「えっ?」
戸惑うあたし。
伊織「ほら。 両足開けよ」
祐希「やだよ。 コレ、男の人がするトコでしょ? 恥ずかしいよ」
顔が赤くなる。 伊織はあたしに、ここで用を足せと言うの?
尿意がある事… それも切迫している事は否定しないけれど…。
伊織「発想の転換だ。 『男だから』できる事なんて、たかだかこの程度なんだよ。
包丁で殺人事件が起きたからって、包丁が悪いか? 放火があったら、ライターが怖くなるか?」
祐希「ならないね」
伊織「祐希のもそうだ。 悪い男は確かにいただろうけど、たまたまそいつが男だっただけだ。 男という生き物怖いワケじゃないさ。 だから…」
祐希「だから、こんなコトしようって? ワケわかんないよ」
伊織のあまりのバカらしさに、小さくだけど、心から微笑めた気がする。
そして、温かい伊織の手。
祐希「しょうがないな。 やり方知らないから…。 教えて?」
伊織「ああ」
不思議な気持ちだった。 死ぬほど恥ずかしいのに、なぜか抵抗する気にならない。
伊織「開けるぞ?」
祐希「うん」
違和感。 でも…。
祐希「あ」
自分の身体にあるはずない物。 あたしを長年苦しめた幻。
祐希「意外と小さいんだ?」
伊織「おまっ!
まあ、そうかもな? こんなモノに怯えるのが、バカらしくなったか?」
頷く。 苦笑いの伊織。
祐希「うぅ」
切迫感が強くなった。
祐希(起きたら、漏らしてたとかないよね…)
少し… いや、かなり心配。 でも堪えれそうになかった。
伊織「左手、貸せよ。 …いいぞ?」
祐希「どうにでもなっちゃえ!」
頭は、ちょっとだけくらくらした。 ふと、感じないはずの所に風を感じた瞬間…。
祐希「あ… ぁ ぁ…」
あたしはその日、生まれて初めて、立ったままおしっこをした…。