第9話 素顔(遥視点)
遥「吊るした、干したって…。 美海。 お前は私を、一体何だと思っているんだ?」
半ば予想はついていたが、私は『一応』美海に問い返してみることにした。
美海「えと… 親友。
で、営業部長。 アドバイザーに鬼教師♪」
遥(…副所長はないんだな…)
まったく予想通りの答えに、私は心の中でツッコミを入れた。
そしてつい、ため息をつく。 だがそれが命取りだった。
美海「あ! もしかして、恋人って言って欲しかった?!」
遥「バ、バカっ!!」
その後の予想だにしない展開に、私は不覚にも狼狽してしまう。
美海「だ、だって遥って、アレでしょ? でも私は残念だけど…」
遥「私がいつ美海にそんな事を頼んだ? 要求した? 告白し… いや、なんだ」
勢いに任せて言葉を吐きすぎた。 雰囲気が非常に気まずい。
遥「と、とにかく、その2人次第では、フェイズ6のテストもできるようになる。 だから美海は、当面フェイズ4までの技術で、ゲームと映画の実用化に取り組んでくれ…」
私は、『汗でメイクがガタガタに崩れたに違いない』と思い、朝から気が重くなった…。
【2】
私は、まだ少し顔に汗のベタつきを感じながら、御手洗いに入った。
(くっ…)
そして私は、鏡を見て気分がさらに重くなった。 全体として崩れた訳ではないが、おでこと鼻の頭が、ベースごとしっかり浮いていたのだ。
それでも気を取り直して、手早くメイクを直していく。
祐希「あ、おはようございます」
メイクが直った頃、偶然トイレに入って来た被験者に声をかけられた。
遥「ああ、君は面接の…。 おはよう。 ずいぶんと早いな」
祐希「…そう… ですね。 やっぱりいろいろ準備もあるかと思って」
言葉に覇気がないのが気になった。 面接の時には感じられなかった事だ。
遥「それで、補講はどうだった? まさか、居眠り居士のせいで、徹夜明けじゃないだろうな?」
冗談めかして言った。
実は、被験者の傾向は頭の中に入っている。 あえて居眠りを叩き起こさず、彼女に補講をさせたのも、それが理由だった。
真面目そうで、何事も深く考えるタイプに分類される彼女と、理論をすっ飛ばして正解を導き出すタイプの居眠り居士を組ませれば、何かしらの刺激があると思ったからだ。
祐希「その事なんですけれど…」
だが、彼女が口にしたのは、いろいろな意味で私の予想を越えてしまっていた…。
【3】
天才。
事のあらましを語った後に、彼女がぽつりと言った言葉がそれだった。
彼女は、それを信じられない面持ちで告げたが、私は彼女ほど抵抗は感じなかった。 世の中には、天才としか言えない者は確かにいる。
俗には、頭のいい人間が天才だと思われているが、私は違うと思っていた。 私の持論では、常人の思いつかない発想を持つのが天才なのだ。
この研究所で言うなら、人間の脳とコンピューターを繋ごうなんて、破天荒なことを考えた美海のような人間だ。 その理論を直感的に理解した居眠り居士も、もしかしたら似たようなタイプなのかも知れない。
祐希「…あたし、どうすればいいんでしょうか?」
そして、その後の彼女の口からは、弱気な言葉が漏れていた。
祐希「あたしが数時間かけて理解… いえ、まだ全部理解できていない事を、あいつはたった数分で…。
それに比べてあたしは…」
どうやら、横で寝ていただけの人間に劣っていた事で、自信を喪失してしまったらしい。
圧倒的な力の差を感じると、人間は萎縮してしまう。 萎縮した人間は、元来の自分を発揮できない。
ヘビに睨まれたカエルというヤツだ。
私の歳になってしまうと、それがタイプの違いに過ぎない事が見えて来るのだが…。
まあ、それも若さのうちかな?。
遥(…しかし、可愛いな)
もともと容姿は好みのタイプだし、若いなりの色香もある気がする。 そんな彼女を見ていると、私は悪いクセが出そうになっている自分に気がついた。
遥(彼女をこのままにしておく訳にもいかないし、これは彼女のためなんだ。 ちょっとくらいいいだろう)
私は、ふだん美海から強く禁じられていた悪戯を『彼女を立ち直らせるため』と言い訳して、少しだけ解禁することにした。
遥「…ところで君は、お手洗いには用を足しに来たのか?」
祐希「はい???」
目を丸くしている。 どうやら、私の言葉の意味が解らなかったようだ。 まあ、当たり前だけれど。
遥「いや、私は別に気にしないが、男性が女子トイレで用を足すのは、マナーとしてどうかと思ってな。 それに男性ならば、立ってした方が手軽じゃないか?」
祐希「…………。」
祐希「あた… が…」
祐希「…男…」
祐希「…中身まで…」
祐希「…男だ…ら、立ちシ…」
祐希「…つまり、あたしに?!」
祐希「そそそそんな… 嫌ぁ…」
遥「何ていうのは、冗談に決まっているじゃないか。 いくら長身でも、君のような可愛い子を見間違えるはずはない」
もちろん、言い終わるまで待たずにに言葉を遮る。
だが彼女は、思いっきりパニックになっていた。 ちょっと顔が青ざめて、汗まで流している。
その焦り様は可愛い事この上ないが、やり口がキツすぎたのかも知れない。
遥「冗談を真に受けやすいタイプか。 性格判断には出ていなかった傾向だ」
私はわざとらしく言いながら、彼女の胸を人差し指で軽く小突いていた。 えげつないからかい方をした挙げ句、セクハラまでしているが
『女同士なんだし許されるはずだ』
などと、わざと軽く考えてみる。
祐希「そ、そそうですよね? びっくりしました…。
副所長さん。 冗談がキツすぎますよ。 あたしがガサツなのは認めますし、名前もどっちにも取れますけど、トイレでその冗談はキツいです…」
遥「やっぱりそうか? しかし、深刻に物事を考えすぎていたみたいだったからな?
思いきりあり得ない事を言ったら、気分が変わるかと思ったんだが…。 悪い、やり過ぎた」
私は詫びた。
ここまでやるつもりはなかったし、それは彼女の慌てっぷりを予想できなかった、私の読みの浅さへの反省でもあったから…。




