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──資料に目を通せと言ったのに。
1人、部屋に残された椿は、愛也が蹴って行った扉を恨めしそうに見つめながら心の中でそう吐いた。
結局愛也は必要な資料を持って行かなかったどころか、視線すら向けていない。あんなんで行く意味はあるのだろうかと疑わずにはいられない。
椿は、今の賭けの勝利分1ポイントを、机から取り出した紙に書き足した。
351戦149勝27引き分け。椿はペンを置き大きく息を吐くと、今までの結果を記した紙の文字を指でなぞる。数えてみると、負けている方が多そうに見えて、実は愛也の方が多く勝っている。勝負の大半はジャンケンやコインだから、ほとんどは運なのだが。
次はどんな賭けをしようか。
椿はメガネを外してソファーに身体を預けもたれる。愛也がいないときはサボるのが基本だ。見上げる天井は高い。
思わず椿は溜息に似た息を吐いた。
広い広い、部屋。愛也のグラスが、窓から射し込む陽を反射して目が痛いほどに光っている。部屋は暑くも寒くもない、例えるなら5月上旬の陽気で、気を抜くとそのまま居眠りしてしまいそうだ。
瞬きをする度になかなか開いてくれない瞼は、まるで鉛のように重い。薄目で覗く窓から見える緑と青のコントラストは気持ち良いほどに鮮やかだ。
椿が窓に目を向けていると、不意に突風が窓ガラスを鳴らして部屋に舞い込んだ。吹き抜けようとする風は山積みの資料をさらって、その内の数枚が扉の下のわずかな隙間からするりと出て行った。
わずか数秒のその一連のことを眺めていた椿は、散らばった書類を拾わなければいけないのは自分ではないかと思い滅入った。
嫌なことほどすぐにやる気にはなれない。なるほどと、1人先程の愛也の心情を理解した。
「…………」
長い瞬きをする。
『生意気言ってんじゃねぇよ』
そう言った愛也の顔が脳裏によみがえる。
──笑って言う余裕があるならあんなに考え込まなくてもよかったじゃないですか。
意地悪そうに口角を上げて言った愛也の顔は、少しだけ幼く見えた。
椿は静かな部屋で、それ以上の静寂が欲しくて耳を澄ます。聴こえてくるのは、水の流れる爽やかな音と、
──あーあー、やっぱり怒鳴り声。いつかあの人ハゲるわ。
愛也の、いつもの怒鳴り声。
椿はメガネを掛け直し、ソファーを立った。手には残された資料から厳選した数枚を持って。
――あぁ、まったく。
結局は私がやらなきゃいけないんだから。
本当に、困った上司に捕まったものね。
扉を開けて、
部屋を出て、向かうのは、
それでもやっぱりあの人の下。