最悪の二人
目の前にいるのは英雄だ。
青紫の肌。
血に染まった黒いマント。
その背後には、怨霊がまとわりついている。
紫の瞳が、罪人を見下ろしていた。
「若いのに残念ねぇ。
墓地を荒らしちゃ、ダメでしょう?」
どこで間違えたのか。
俺はへたり込んだまま地面を握り締めた。
「私の仕事は基本、
暴れる死者を弔う事だけど………。」
彼女は辺りを見渡す。
ここが何処かは俺が一番分かっていた。
「聖職者の集団墓地。
それも神話の時代からの墓地に入られたら、懲らしめないとでしょう?」
本能で分かる。
彼女には絶対に勝てない。
だが、俺は間違っていない。
やり方が悪かっただけだ。
俺は正しい。
「同じ神を信じてるはずなのに対立するって、
人間って愚かだわ~。」
追手は全員殺した。
だが、最後に現れたのが――
こいつだ。
こいつだけ何とかすれば……!
「…………ここに何が眠っているか分かるか。」
長考の後、俺は血の味しかしない口を開いた。
「私が何年、世界のために尽くしてきたか知ってる?
それぐらい知っているわよ。」
いかにも退屈そうに、彼女は答えた。
「…………そうか。」
服に仕込んでいたナイフを取り出す。
狙うのは脳天だ。
刃が数十センチだけ進んだ。
そこで止まる。
俺は首を絞められていた。
だが、絞め殺すためではない。
彼女は首を掴んだまま、
近くの墓石を一瞥し──
──叩きつけた。
墓石が崩れ、血が頭から噴き出る。
疎らに降る雨で血が薄まった。
まだだ。
処刑は終わっていない。
動かせない身体を、彼女は蹴り飛ばす。
俺は高度三メートルの放物線を描き、墓地を踏み砕いていく。
「殺せ。骸賢者」
殺されてたまるか!
追手から盗んだ聖水を傷口からぶっかける。
かけられた金縛りの呪いを解いて走り抜けていく。
それを追って、
半幽霊、半骸骨の亡者が空を駆ける。
考えろ。
呪いが始まったのは触れられた時だ!
骸賢者は一番の脅威ではない。
彼女に触れられることが最悪だ。
聖水はあと一本。
だが、それはあと一回は大丈夫という意味ではない。
金縛りを解く前に殺されるかもしれない。
それか、攻撃時に瓶が割れないとも確証できない。
「■■………。」
魔法は理解できるはずなのに、聞き取れない。
重なったような声が神経を逆撫でしてくる。
だが、確実なことは。
詠唱を終わらせれば一撃で死に得るということだ。
英雄との戦いは一か八かの連続。
安定する一手など弱者は何も持ち得ない。
そう言い聞かせて、ナイフを投げた。
現時点では唯一の武器。
だが、骸賢者は血の滴るナイフを素手で掴んだ。
「■■■■」
詠唱は止まらない。
まだ気が付いていない。
「………!」
紫の瞳がナイフを見て動きを止める。
英雄は気が付いたらしい。
俺は追手の亡骸から新たなナイフをひったくる。
そして、宙の亡者を素通りした。
彼女は拳を握り、俺を迎える体勢を整えた。
その時、ようやく。
骸賢者も気が付いた。
投擲する前に、俺の血を擦り付けた。
聖水と混ざりあった血に、直接触れていた。
「………!」
もう少し早く気が付けば魔法で迎撃も出来ただろう。
雨と血は、濡れた刃先を誤魔化してくれていた。
血と泥で満ちた墓地を駆ける。
骸賢者を聖水一本で祓えるわけが無い。
直ぐに回復される。
彼女はまだ退屈そうな顔をしていた。
当然だ。
英雄と呼ばれる所以は、鎮めた霊の多さだ。
手札の一枚をビビらせたから何になる。
急げ──。
ナイフを再び、脳天に向かわせる。
それは止められる。
想定内だ。
金縛りとは呪いが肉体に作用するものだ。
であれば、物理的に固定する働きはない。
左足に、痛みが走る。
既に振りぬいていたからだ。
彼女の足に、ガラスが突き刺さる。
ズボンに小瓶を挟んでいたからだ。
聖水は効果を発揮し、俺の身体の制御を取り戻させた。
「痛ッ!」
真紫の肌は、シュゥゥと音を立てている。
霊に囲まれた彼女がなぜ平気か。
彼女はグールだ。
後天的に、死者として現世に残った呪い。
女神の力は、死者を現世から解き放つ。
彼女は硬直し、俺は動いた。
ナイフを止める存在はない。
ズブリと、深く突き刺さった。
「…………死ぬと思った?」
彼女の拳が腹にめり込む。
これも当然だ。
額から、紫の血液とナイフが取り除かれる。
「骸賢者さっさと戻れ。」
彼女は死者。
臓器なんて概念も、
急所という概念も、
無い。
「ますます惜しいわねぇ。
貴方なかなか良い男よ。保証してあげるわ。」
構図は変わらない。
紫の瞳は罪人を見下している。
「…………殺すのか?」
「私にとっても残念だけどね。」
だが、一つだけ違う。
俺は強さの価値を証明した。
「何で殺すんだ?」
「……………貴方が世界を滅ぼそうとしたから……かしら。」
「ダメか?」
その目は俺を見ているのではない。
俺に釘付けになっている。
「”墓守の英雄”ミラスロヴァ。
逆に何で世界を滅ぼさない。
退屈そうな顔をしながら世界に尽くして何になる。」
「………私を口説いてるの?」
首を縦に振る。
俺は間違っていない。
「気に食わない物は壊せばいい。
アンタは強い。
アンタはこの世界は気に入っているか?」
退屈だった。
面倒だった。
それだけでも十分だ。
英雄は、その場でしゃがみ込む。
俺に目を合わせた。
「話くらいは聞いてあげる♡
どうやって滅ぼすの?」
数分前までは空想だった話を目に浮かべる。
「世界を滅茶苦茶にして、
魔界に喧嘩売って、
感づいたやつを皆殺しにして──」
俺は久しぶりに嗤った。
「神を蘇らせる。」
「あらあら♪」
女も嗤った。
「それは確かに世界が壊れるわね。」
血と泥にまみれながら
俺らは顔を見合わせた。
「「最高だ」」




