ブルーノ─ハチの秘密の宿─
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
お待たせいたしました。
ひとときのほほんとよろしくお願いします。
不定期になりますが、のんびりお付き合い
いただければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)
「ブルーニョ……ここ、おはな、いっぱい。ハチさん、よろこぶ」
坊ちゃまは、まだ三月の冷たさが残る風に吹かれながら、広大な庭園のアーチのそばで立ち止まりました。
ここには初夏になれば、目も眩むような色とりどりのバラが咲き誇り、今はマグノリア(木蓮)やスノードロップ、そして春を告げる花々が芽吹き始めています。
こっくり……。
「ここ、ねんね」
坊ちゃまは抱えていた竹筒の束を、雨風をしのげる石造りの東屋の柱の陰に置こうとされました。
三歳児には、その一束でもかなりの重労働です。特に、坊ちゃまの大きな頭は、下を向くと重心を前へと引っ張ってしまいます。
「坊ちゃま、危ないですよ。私が支えます」
私が背中に手を添えると、坊ちゃまは「ありがちょ」と小さく呟き、一生懸命に膝を曲げようとされました。
ですが……、やはりまあるいお腹がつっかえて、思うように腰が落ちません。
お腹の丸みと頭の重さに翻弄されるようにして、坊ちゃまの体が「おっとっと」と揺れました。
「あ……」
私は無理に止めずそっと脇を支えて、柔らかい芝生の上にお尻から着地できるよう誘導しました。
ストン……♪
……と、小さな音を立てて坊ちゃまは座り込みます。
「あ、あで……?」
目をぱちくりさせる坊ちゃま。
ですがすぐさま目の前に広がる花々の香りに、ふにゃりと口元を緩められました。
「……おちょらが、まわって、おはなの……におい、しゅる」
ひっくり返った拍子に鼻を抜けた、春の甘い香りと湿った土の匂い。
坊ちゃまはそのまま、芝生に手をついて「ホニャ~ン」と笑われました。
(閣下には内緒の……、この小さなお宿。バラが咲く頃、本当にハチが来てくれたなら、坊ちゃまはどんなに喜ばれるだろうか)
私は半信半疑ながらも、坊ちゃまの横で竹筒を固定し、目立たないように整えました。
泥遊びも、ハチの宿も、すべてはこの健やかな笑顔のため……。
「さあ、レオン坊ちゃま。お手てが少し汚れましたね。あの『たぼんとう』で、あわあわにして遊びましょうか」
私が手を差し出すと、坊ちゃまは「あわあわ……!」と瞳を輝かせ、私の指をぎゅっと握り返されました。
「……ブルーノ。お前、その背中に隠しているのは何だ?」
菜園の隅バラのアーチの影で、こっそり竹筒を固定していた私を呼び止めたのは、厨房を預かる料理長のマルコでした。
私はピクリと眉を動かし、いつもの無表情(鉄面皮)を崩さずに答えました。
「……ただの、薪の燃えカスだ」
「薪の燃えカスをわざわざバラの根元に、丁寧に紐で括り付ける馬鹿がどこにいる」
マルコの眼光が鋭く光ります。
私は沈黙しました。
嘘が下手な自覚はありましたが、これほどまでに即座に論破されるとは……。
「ブルーニョ、ちがう。これ……ハチさんの、おやど……だじょ」
足元で泥だらけになっていた坊ちゃまが、助け舟を出すように見上げて仰いました。
ですが、一生懸命に説明しようとすればするほど、坊ちゃまの滑舌は甘くなっていきます。
「ハチさん、ねんね、しゅる……ここ、おはな、いっぱい。……ご、ごはん、たべ、て……ほにゃ、ほにゃ、ちゅる!」
「……は?」
マルコが眉間にシワを寄せました。
「ハチが宿に泊まって、ホニャホニャするだと? 坊ちゃま、何を仰っているんだ?」
坊ちゃまは焦ったように、短い手をバタバタと動かされました。
「ちが、ちがう……! ハチさん……ちゅ、ちゅ、ちゅの、あな……おや、おや……」
言葉が追いつかず、最後には「うう~!」と頬を膨らませて私を見上げられました。
私は相変わらずの無表情を貫きながら、マルコをじっと見つめ返しました。
(……マルコ、これはレオン坊ちゃまの叡智なのだ。信じがたいだろうが、もしこれが本当なら、この庭のバラはかつてないほど見事に咲き誇るだろう)
私は声に出さず、視線だけで訴えました。
マルコは呆れたように鼻を鳴らし、竹筒と泥だらけの坊ちゃまと、私の鉄面皮を交互に眺めました。
(……チッ、出任せか、それとも坊ちゃまの夢か。だがもし本当なら、設置を外してハチを追い払うのは、庭師の仕事だな)
マルコもまた、視線で返してきました。
二人の熟練の使用人が、無言のまま火花を散らすような視線を交わします。
そして最後に、マルコが深くため息をつきました。
「……まあいい。薪の燃えカスにしては、妙な形をしていたが……見なかったことにしよう」
マルコが背を向けて去ろうとした時、レオン坊ちゃまが嬉しそうにその背中に声をかけました。
「マルコ、ありがちょ! ……ハチさん、くる、の!」
マルコは足を止めず、ひらひらと片手を振って厨房へと戻っていきました。
彼もまた「共犯者」になった瞬間でした。
「ブルーニョ、マルコ、わかった……?」
「ええ、坊ちゃま。マルコも、ハチさんが来るのを楽しみにしているようですよ」
私はそっと、坊ちゃまの泥だらけの頭を撫でました。
この秘密が……、バラの花とともに美しく開花することを願って……。
「さあ、レオン坊ちゃま。マルコに見つかってしまいましたから、急いで『たぼんとう』で手を洗ってしまいましょう。おやつに響きますからね」
「……さて、レオン坊ちゃま。マルコに見つかってしまいましたから、急いで『たぼんとう』で手を洗ってしまいましょう。泥がついたままでは、おやつに響きますからね」
私が声をかけると、レオン坊ちゃまは「あわあわ……! こっくり、しゅるじょ!」と、短い足を弾ませて水場へ向かわれました。
ニコが用意した桶の中に、摘みたてのサボンソウの葉を数枚浮かべます。
坊ちゃまはその小さな泥だらけのお手てを水に浸すと、真剣な面持ちで葉っぱを揉み始められました。
「たぼんとう、くしゅくしゅ……。あわ、でる……」
一生懸命に動かす指の間から、白くて細かな泡が「ぷくぷく」と湧き出してきます。
それを見た坊ちゃまの瞳が、驚きと喜びに、ぱあぁと明るくなりました。
「ブルーニョ、みて、しろい、てぶくろ。……ホニャ~ン、にゃの」
真っ白な泡に包まれたご自身の手を、不思議そうに、そして慈しむように眺めておいでです。
その表情は、先ほどマルコに必死に説明していた時とは打って変わって、春の陽だまりのように穏やかで、ふにゃりと柔らかな笑みがこぼれていました。
(……ああ、やはりこのお顔こそが、我々の守るべき宝物だ)
私は無表情を保ちつつも、胸の奥で静かに頷きました。
ふと横を見ると、先ほどまで訝しげにしていたマルコも、厨房に戻る足を止め、柱の陰からその様子をじっと見つめていました。
坊ちゃまは、泡のついた手をマルコの方へ向けて、誇らしげに掲げられました。
「マルコ、みて……きでいきでい。ハチさん、くる、おてて……」
マルコは相変わらず眉間にシワを寄せたまま、
「……ちっ、泡が出る草か。変なことばかり教えやがって」と私を睨みましたが、その口元はわずかに緩んでいました。
(……マルコ、お前ももう、この笑顔の虜とりこだな)
視線だけでそう告げると、マルコは「ふんっ」と鼻を鳴らして、今度こそ厨房へと消えていきました。
「ニコの、おてても……あわあわ、しゅる?」
「はい、坊ちゃま! ありがとうございます!」
坊ちゃまは、ニコの大きな手に泡を「ぺたん」と分けてあげて、また満足そうに笑われました。
水で泡を洗い流すと、そこには元の、白くて柔らかなレオン坊ちゃまのお手てが戻っています。
「……きれい、なった。ハチ、よろこぶ……」
「ええ、きっと、この綺麗な庭と、坊ちゃまのお宿を気に入ってくれますよ」
私が手を差し出すと、坊ちゃまは私の大きな指をぎゅっと握り返し、トコトコと邸やしきの方へ歩き始められました。
ヴィクトール閣下には内緒の、秘密のお宿と魔法の草か……。
バラが咲く頃、私たちの「秘密」がどんな風に実を結ぶのか……。
今はただ、それが楽しみでなりませんでした。
「レオン坊ちゃま、おやつの時間ですよ」
私が声をかけると、菜園でハチのお宿を整えていた坊ちゃまは、「おやつ……! こっくり、しゅる」と、短い足を弾ませてテラスのテーブルへ向かわれました。
今日の日替わり菓子は、料理長マルコが焼き上げた「カッチリ・クッキー」です。
この国では粉の水分を限界まで飛ばし、歯ごたえを出すのが職人の腕の見せ所!
保存もきく、正真正銘の「正解」のお菓子なのですが……。
「……ブルーニョ、これ、パチャパチャ……だじょ」
レオン坊ちゃまが、小さな口を一生懸命に動かしながら、困ったように眉を下げられました。
案の定三歳の小さな喉には、この乾燥した生地は少々厳しかったようです。
「……マルコ。今日もまた、一段と潔い焼き上がりだな」
私が厨房の方へ視線を向けると、柱の陰から様子を伺っていたマルコが、ふんふんと鼻を鳴らして現れました。
「当たり前だ。しっかり焼き切ってこそ、粉の旨味が凝縮されるんだよ。坊ちゃま、それが本物の『お菓子』ってもんだ」
マルコは自信満々です。ですが坊ちゃまは手元のクッキーをじっと見つめ、それから何かを思い出したように、ふにゃりと口元を緩められました。
「マルコ……おみじゅ、たりない……なら、おみじゅ、あげるの」
「はぁ? お菓子に水をかけるのかい?」
マルコが目を丸くする中、レオン坊ちゃまは、隣に置かれた温かいミルクのカップをそっと引き寄せました。
そして、手にしたクッキーの端を、ミルクの白い海へチョンチョンと優しく浸されたのです。
「……あ。やわやわ、なった♪」
ミルクをたっぷり吸って、少しだけ色が濃くなったクッキー。
それを口に運んだ瞬間、坊ちゃまの瞳がぱあぁと明るくなりました。
「……おいちい。……マルコ、ブルーニョ、みて」
さっきまでのパサパサ感が嘘のように、口の中でしっとりと解けていく魔法……。
坊ちゃまは満足げに目を細め、幸せそうに頬を緩められました。
「……ほう、浸して食うのか」
マルコは呆れたように呟きましたが、坊ちゃまのその「ホニャ~ン」とした笑顔を見て、毒気を抜かれたように肩の力を抜きました。
(……なるほど。完成された『正解』を、自分の知恵と工夫で変えてしまうとは……)
私は無表情を保ちつつも、坊ちゃまのその柔軟な発想に、密かに感銘を受けておりました。
それからというもの、坊ちゃまは一枚ずつ丁寧にミルクに浸しては、ゆっくりと味わい、最後にはカップに残ったミルクを「ぷはぁ」と飲み干されました。
「……きでいきでい、ちた。ありがちょ」
口の周りに白いミルクの髭をつけたまま、坊ちゃまは私たちを見上げて、またふにゃふにゃと笑われました。
「さあ、レオン坊ちゃま。お口の髭を拭いたら、また菜園に戻りましょうか。ハチさんたちが、お宿の完成を待っていますよ」
こっくり!
「 ハチさんも、おやつ……たべる?」
坊ちゃまの純粋な疑問に、私は「さて、どうでしょうね」と微笑みながら、その小さな手を引いて、春の光が溢れる庭へと戻っていくのでした。
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