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小さな賢者は隠しごと 〜三歳のレオンは、のほほんと照らす〜  作者: マシュマロ羊


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8/19

ブルーノ─穏やかな日々─

拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。

お待たせいたしました。

ひとときのほほんとよろしくお願いします。

不定期になりますが、のんびりお付き合い

いただければ幸いです( * ॑꒳ ॑*)

 





「ブルーニョ……、おてんたく、きでいきでい……なゆの」


 膝をついて土を弄っていた私は、背後から届いた柔らかな声に、思わず目尻を下げました。

 振り返れば、そこには侯爵家の次男、レオン坊ちゃまが立っておいでです。

 世間では「泥遊びは発育に悪い」などとやかましいようですが、ヴィクトール閣下はそんな声など一蹴されます。


「レオンがやりたいことをして、健やかに笑っているのが一番だ」


 我ら使用人も同じ思いです。

 三歳の坊ちゃまが、小さな手で土に触れ、何かに夢中になる。

 そのお姿こそが、この屋敷の平和そのものなのですから……。


「これ、たぼんとう。きでいきでい……しゅる」


 坊ちゃまは、小さな手のひらをぱっと広げて、ハーブエリアの隅を指し示されました。


 お洗濯がきれいになる魔法の草、サボンソウ。


 もともとは坊ちゃまからの相談でした。

服の汚れをきれいにしてくれるものはないかと……。


(このサボンソウで、かつては殺しの証拠を洗い流したものだが、それが今や、レオン様の汚れを落とす。……道具も使いようだ。悪くない)


坊ちゃまが「やりたい」と仰るのなら、私は全力でお手伝いするまでです。

 二人で内緒の苗を植え終えると、坊ちゃまは満足げに、泥だらけの手を後ろに組みました。

 そして、私への礼を尽くそうと、静かに居住まいを正されます。


「ブルーニョ、ありがちょ」


 ……ちゅたっ♪


 控えめなかけ声とともに、坊ちゃまは膝を折ろうとされました。

 おそらくアルベルト様がなさるような、見事な礼を真似ようとされたのでしょう。

 この当時は練習されてました。

 けれど三歳児特有のまあるいお腹が、太ももに「ぷにっ」とつっかえ、それ以上の降下を拒みます。


(……ああ、やはりお腹が……)


「……んんん」


 声を殺して見守る私の前で、坊ちゃまは静かに息を止め、お腹の丸みに抗おうと奮闘されます。ですが、一生懸命に姿勢を低くしようとした結果、重心が後ろへと逃げていきました。


「あ、あで……?」


 ポッコリとしたお腹に押し返されるようにして、重心がふわりと後ろへ……。

 坊ちゃまはそのまま、柔らかな毛玉が転がるように、ゴロンと後ろへひっくり返ってしまいました。


「坊ちゃま!」


 駆け寄ると坊ちゃまはお尻をついたまま、目をぱちくりさせておいででした。

 泣きもせず、泥のついた靴をぴょこぴょこと揺らしながら、不思議そうに一言……。


「……おちょら、まわって、みんと、におい……しゅるの」


 そのあまりの無防備な愛らしさに、私は思わず口元を袖で隠しました。

 世間がどう言おうと関係ありません。

 こののほほんとしたお姿を、お父様も、お兄様もお姉様も、皆が愛しておいでなのです。


「さあ……、お立ちください、坊ちゃま。お洋服の汚れも、この『たぼんとう』で、一緒にきれいにいたしましょう。坊ちゃまがやりたいことを、誰も邪魔などいたしませんよ」






 午後の柔らかな日差しが降り注ぐ菜園……。

 土の匂いと、隣で小さなスコップを振り回す坊ちゃまの「しゅごい!おっきい!」というはしゃぎ声を聞きながら、ふと自分の「かつての日常」を思い出しました。


 視界にあるのは、常に「血の色」と「鉄の匂い」……。


 暗闇に潜み呼吸を殺し、標的の心臓を貫くまでの秒数を数える日々……。


 かつて自分にとって、人間は二種類しかなく、「消すべき標的」か「利用すべき駒」か……。


「感情など、任務の邪魔でしかない」


 そう自分に言い聞かせ、鏡の中の自分の瞳がどんどん死んでいくのを、冷めた心地で眺めている。

仲間すら作らず、誰とも言葉を交わさず、夜の街を影のように渡り歩いたあの頃、確かに「人」ではない「凶器」でした。


「フフフ……貴方にはわかるのね」穏やかな中に覚悟を決めた女性、レオンの母エレーナ……。

怪我で隠密をやめる際、王妃の紹介で引き合わされました。


「瞳がとても優しい色をしているのね。貴方なら安心だわ」


 そう言って……、手に託されたのは温かくて、ひどく脆い生まれて2ヶ月ほどの赤子(レオン)……。


「死」しか生み出せなかった自分の腕に、初めて「生」が重なった瞬間でした。


「……ぶーの? ねんね?」


 ハッと我に返ると、お坊っちゃまが泥だらけの指で私の膝を叩いておりました。


「……いや。何でもありませんよ。さぁ、お坊っちゃま。そちらの苗は……優しく、撫でるように。そう、上手です」


 かつて人を殺めるために研ぎ澄ませた指先で、今は幼子の小さな手を包み込み、土の温もりを教える。

冷酷だった過去の自分は、もうどこにもいない。


「……幸せだと言えば、笑うだろうなぁ……」


 自分でも気づかぬほど穏やかで不器用な微笑みを浮かべて、坊ちゃまとの平穏な「任務」に戻るのでした。






「にこ、じょがいも……ここに、ねんね、しゅる」


 坊ちゃまは土に掘られた浅い溝を、小さな指でそっと指し示されました。

 今日はじゃがいもの植え付けの日。

 見習いのニコが隣に跪き、坊ちゃまの手の届くところに種芋を並べています。


「はい、レオン坊ちゃま。ここに置きますね」


 こっくり……。


「め、うえ、やさしく、しゅるの」


 坊ちゃまは、小さな手で種芋をひとつ持ち上げ、土の溝へそっと置かれました。

 泥がつくのも構わず、指先で芋の向きを丁寧に整えるお姿は、見ていて飽きることがありません。

 私はそのすぐ後ろで、坊ちゃまの作業を邪魔しないよう、ゆっくりと追肥を施していきます。


「ごはんですよ」と私が呟くと、坊ちゃまは振り返って、ふにゃりと口元を緩められました。


「ブルーニョ、ごはん……たっぷでちゅね」


 その飾らない笑顔に、私もニコも、思わず顔を見合わせて目尻を下げてしまいました。

 ひと通りの植え付けを終え、坊ちゃまは土のついた膝を払って立ち上がられました。


「にこ、ブルーニョ、ありがちょ」


 そう仰って、こちらを見上げてふにゃふにゃと笑う坊ちゃま……。


 そのあまりの愛らしさに、私たちの心まで春の陽だまりのように温かくなります。

 ですが次の一歩を踏み出そうとした時、三歳児ならではのまあるいお腹の重みに、ふわりと重心が後ろへ持っていかれました。


「あ、あで……?」


 抗う間もなく、そのままストンとお尻から土の上に座り込んでしまいます。

 ニコが慌てて手を伸ばしましたが、坊ちゃまは泣くこともなく、座り込んだまま目をぱちくりとさせておいででした。


「……つちのにおい……しゅる」


 座り込んだ拍子に鼻をくすぐった、耕したばかりの土の匂い。

 坊ちゃまはそれを楽しむように、のんびりと呟かれました。


 お尻が泥だらけになっても、坊ちゃまの表情はどこまでも穏やかで、幸せそうです。

 世間の常識など関係ありません。

 こうして土に触れ、失敗して転び、土の匂いを覚える。

 この一瞬一瞬が、レオン坊ちゃまの心を豊かに育てているのだと、その無垢な笑顔を見て確信いたしました。


「……さて、坊ちゃま。お着替えの前に、その泥だらけのお手てを洗ってみましょうか」


 私が手を差し出すと、坊ちゃまは「あわあわ……!」と少しだけ声を弾ませ、私の指をぎゅっと握り返されました。

 水場へ向かい、先日植えたばかりの「たぼんとう」の葉を数枚、桶の水に浸します。


「たぼんとう、くしゅくしゅ……しゅるにょ」


 坊ちゃまが小さな指先で葉を揉み始めると、やがて指の間から白い泡がぷくっと顔を出しました。


「あ……あわあわ、でた♪」


 坊ちゃまの瞳が、驚きで丸くなります。

 さらに手を動かすと、泡はどんどん増えていき、坊ちゃまの小さな両手をふんわりと包み込んでしまいました。


「ブルーニョ、みて……しろい、てぶくろ♪」


 泡のついた手をそっと持ち上げ、私に見せてくださる坊ちゃま。

 その口元が自然に緩み、ふにゃりと柔らかな笑みがこぼれました。

 何か特別なことを言おうとするわけでもなく、ただ「楽しいな」という気持ちがそのままお顔に滲み出ているような、混じりけのない笑顔です。


「にこの、おてても……きでいきでい」


 坊ちゃまは、泡のついた手をニコの泥だらけの甲に「ぺたん」と重ねられました。


「わあ、ありがとうございます、レオン坊ちゃま!」


 ニコが照れたように笑うと、坊ちゃまも満足そうに、またふにゃふにゃと笑い返されます。

 水で泡を洗い流すと、そこには元の白くて柔らかな坊ちゃまのお手てが戻っていました。

 坊ちゃまはご自分の手をじっと見つめ、最後に私の顔を見て、一言……。


「……たぼんとう、しゅごい」


 その一言と、飾らない笑顔。

 それだけで、今日一日の疲れも、世間の喧騒も、すべてがどうでもよくなるほど、私たちの心はほんのりと温められたのでした。








 坊ちゃまが楽しそうに蝶を追いかける姿を、私は少し離れた場所から、剪定バサミを動かし見守りました。眼差しの奥では「もしも」の瞬間を、かつての冷徹な思考回路でシミュレートしながら……。


 他国からの偵察、あるいは欲深き貴族たち……。

 彼らにとって、この小さな(レオン)は「希望」ではなく「標的」に過ぎない。

 隠密として数々の城を落とし、喉元を掻き切ってきた自分にはわかる。


「城壁に絶対はない。人の心がある限り、必ず穴は開く」


 その時、レオン様を守る『最後の砦』は、侯爵でも王妃でもない。


 ――古傷を抱え、かつての冴えを失った、ただのとうの立った庭師の俺だ。


(……いいだろう。この右脚と引き換えに、俺は『牙』を捨てたはずだった)


 だが、もしレオン様の指一本にでも触れようとする者が現れるなら……。

 自分の中に眠る「一匹狼の死神」をいつでも呼び戻す覚悟ができている。


「……坊ちゃま、そちらへ行っては危ない。足元に石がありますよ」


 ゆっくりと立ち上がり、レオン様の影に重なるように歩いて行く。


(約束だ。エレーナ様(あなた)の忘れ形見は、俺が死んでも傷一つつけさせない)


 その瞳には、先ほどまでの穏やかさは微塵もありません。それは獲物を待つ獣よりも鋭く、深い闇を湛えた「守護者の眼」でした。






読んでくれて、ありがとうございます(*´ω`*)

たくさんのブクマやポイント

ありがとうございます( * ॑꒳ ॑*)

とても励みになり、がんばろうと思いです。

メールもとても嬉しいです。

ネタになることもあります♪

誤字脱字もありがとうございます。(о´∀`о)

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