父ヴィクトールの誓い─初夏─
久しぶりの投稿です。
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
父ヴィクトールの話です。
どうかよろしくお願いします。( ˊᵕˋ ).°⑅
「ちち、 いもさん、フトンでねんねよ」
泥だらけで笑うレオンを抱き上げ、ヴィクトールは静かに目を細めます。
エレーナの「栽培手記」は、今やレオンを世間から守る優しい盾となっていました。
もし他国の者が侯爵邸に入り込んでも、亡き母親のマネをする可愛い幼子と、彼を手伝う侯爵家の日常風景です。
「そうか……。お母様もよくそんな事をしていたぞ、レオン。……お前はお母様が言った通り、みんなの宝物だよ」
ヴィクトールは、レオンの柔らかな髪を撫でながら、心の中で亡き妻に語りかけます。
(君が遺してくれた手記と緑の手が、レオンを守っているよ)
レオンがホニャ~ンと笑うたびに、屋敷全体に穏やかで優しい風が吹き抜けます。
しかし……、ある朝の事です。
庭師のブルーノと一緒に菜園の土をいじるレオンが、様子を眺めるヴィクトールを呼びます。
「ちち、 いもさんの、ひみつよ!」
ヴィクトールが屈み込むと、レオンは小さな手で内緒話のポーズをしました。
「いもさん、おひさま、ちらい。ピカしゅると、イヤイヤちて、ニガニガよ。ポンポンいちゃいいちゃいね。つち、ナイナイちて、いっぱい、ねんねよ。……いもしゃん、ちあわせよ 」
ヴィクトールは、レオンが語る内容に背筋を凍らせました。
(息子レオンの言葉を理解できたのは嬉しいが……)
「……そうか。お母様も……ああ、……あったなぁ。暗いところが好きなぁ……」
ブルーノを見れば死にそうな顔で、必死に首を振っています。
(……程々なぁ。……エレーナ、……程々とはどれくらいの事を言うんだ?)
ヴィクトールは心の中で冷や汗を流しながら、即座に「偽の手記」への追記を心に誓いました。
しかし……、賢者の追撃は止まらないのです。
「まめしゃんの、ねーこ!ともらち、イッパーイね!しょとの、く、うきで、まほうね、フリフリよ。げんき、イッパーイね」
地面に指先をさし、腕を大きく広げてと、身体を使って言います。
「マメの根に、友達?がたくさんいて、外の空気を使って魔法?を、かけると元気いっぱいになるそうです……」
興奮して話すレオンの言葉を翻訳するブルーノは、顔に疑問をいっぱい貼りつけています。
しかしそれはヴィクトールとて同じ事……。
「……友達?」
「こん、りゅう、きん!」
「……なんだ、それは?」
一段とわからなくなっていると、思考に入っていたブルーノがハッとしたように顔を上げます。
「……も、しかして!」
ガサガサ……ガサッ!
ブルーノが豆を掘り起こして持ち上げると、フワフワの根にポツポツと白い粒がついています。
今まで根に粒があるのは当たり前と思ってました。
しかし小さな賢者は別の違う菌だと言うのです。
「こん、りゅう、きん!」
レオンは粒に指を差して、キャッキャッと笑っていますが、……が笑えません。
ヴィクトールとブルーノは顔を引き攣らせて、楽しそうに踊るレオンを眺めていました。
レオンが言いたかったのは……。
「あのね、お豆さんの根っこには、『お料理上手な小さいお友達』がいっぱい住んでるんだよ。
お友達にお部屋を貸してあげると、お外の空気から、お豆さんが元気になる『魔法のふりかけ』を作ってくれるの。だからこの土はとっても元気の素になるんだよ。匂いがなんだか『頑張るぞー!』って感じがするでしょ?」
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〖─賢者の日常─〗
トコトコポテポテ……♪
初夏の風が吹き抜ける菜園は、生命の輝きで溢れかえっています。
菜園の北側には、レオンの背丈を優に追い越したトウモロコシが、まるで緑の番兵のように整列しています。ピンと伸びた葉の影は、レオンにとって最高の隠れ家です。
「トウモ、ロコシさん、おおきい。……ボク、みえない?」
葉の間からひょっこりと顔を出すレオンの頭に、なぜかローズマリーの小枝が一本刺さっています(ブルーノ曰く、虫除けのまじない)。
その足元には瑞々しく輝くトマトが実り、まだ青と完熟した朱色が混じり合い、レオンの食欲をそそります。
さらにその縁を囲うように、野いちごが地面を這っています。
「ひとつ、ボクの。……ひとつ、ねーたま」
そう言いながらレオンはカゴより先に、初夏の甘酸っぱい実を口に放り込んでいました。
菜園の半分を占めるのは、力強く地面を覆うさつまいもの蔓です。
「おいもさん、ねんね中。……秋になったら、ホクホク、なの」
そして、今一番レオンが気にしているのが、ふっくらと膨らみ始めた枝豆の鞘です。
「これ、ぷっくり。……まだ?」
収穫まであと数日、小さな鞘を指先で「つんつん」して、中の豆の成長を確認しています。
菜園の隅には、サボンソウが淡いピンクの花を咲かせています。
その横で風に揺れるミントとローズマリーの清涼な香りが、泥だらけのレオンを包み込みます。
ラベンダーも可愛らしく色を添えています。
ブルーノは麦わら帽子の下で目を細め、トマトの支柱を直しながらレオンを見守ります。
「坊ちゃま、枝豆の収穫はいつにしましょう?」
「あい。……3回、ねんねしたらね」
ホニャ~ンと顔をほころばせ、レオンは「エヘへ」と笑います。
バラの香りと野いちごの甘い香りがふわりと漂い、穏やかに満ちた午後のことでした。
〖─3日後─〗
菜園で枝豆のさやが、ぷっくりと膨らみました。
遂におまめさんからの収穫の合図です!
「あ!マメさん、たべてーよ、言ってる! いちばん取りよ!」
レオンが突然大きな声を上げ、まだ実が青いトマトやトウモロコシを眺めていたヴィクトールたちは一斉に振り返ります。
「とーたん、取るの! マメさん、おいちー、今よ!ぱあーと、おいちー、ナイナイね。にげりゅ、のよー!」
レオンが一生懸命に指示を出し、使用人ブルーノらは必死に収穫をする中で、ヴィクトールとアルベルトも訳もわからず手伝います。
一段落すると、ニコが汗をかいたレオンに飲み物を渡していました。
「レオン、トマトやトウモロコシはまだなのか?」
アルベルトが物欲しそうに、トウモロコシを見ています。
「?……トマトさん、まっかっか。今、ねんねする。トウモ、ロコシさんは、ひげ茶いろ、ジィジなるの、待ってる。今は、お、マメさん」
夕暮れ時……、ヴァリエール侯爵邸の広い厨房には、ふわりと青々しい香りが漂っていました。
「ニコ、お湯、わいた?」
「レオン坊ちゃま。準備万端ですよ」
テーブルの上に置かれた摘み取った枝豆を見ようと、レオンは一生懸命に背伸びをします。
産毛の生えた鮮やかな緑色の鞘が、お日様の光を浴びてキラキラと輝いています。
大きな鍋でさっと茹で上げられ、パッと塩を振られた枝豆が、大皿に盛られました。
そこには、ヴィクトール、カトリーヌ、アルベルト、そしてブルーノやニコ、マルコ使用人らも、枝豆を囲んでいます。
「さあ、レオン。一生懸命育てた『えだまめ』だ。まずは先に食べなさい」
ヴィクトールが促すと、レオンの小さな手が鞘を一つ持ち、プニッと指で押しました。
中から飛び出した翡翠色の豆を、レオンが「ぱくっ」と口に入れます。
「……おいしー! 甘い、の!」
レオンの瞳がぱあっと輝き、それを見た全員の顔が、とろけるように緩みました。
「はんぶんこ、なの!」
レオンの号令で、全員が一斉に手を伸ばします。
「まあ……! なんて濃厚な甘みかしら。今まで食べてきたお豆料理が、霞んで見えますわ!」
カトリーヌが頬を染めて感動します。
「これは!……食べ方が楽しいな♪」
プチッとした豆に、アルベルトは笑いました
。
ヴィクトールは、一粒一粒を噛みしめ食べると、少し離れた場所に立っていたニコやマルコたちに言いました。
「お前たちもだ。これはレオンの収穫祭だからな。遠慮はするな」
「……では!失礼します、坊ちゃま。 ……うわぁ、甘い! 」
「こんなに美味しくできて……!」
一人数房ずつと決して多くはありませんが、自分たちが守り育ててきた坊ちゃまの「成果」を分かち合う喜びは、どんな豪華な晩餐会よりも彼らの心を満たしました。
「とーさま、ぷっくり、おいしー?」
「ああ、最高だ、レオン」
「ねーたま、お顔、ぴかぴか、なった?」
「ええ、このお豆の魔法で、わたくしもっと美しくなれそうですわ!」
「……にーたま、おいしー?」
「美味しかったぞ。レオン!」
アルベルトはワシャワシャとレオンの頭を撫でました。
レオンは嬉しそうにみんなの顔を眺めて「えへへ」と笑いました。
「あした、ぷっくり、どーかな?……エドにぃにも、あげるの♪」
レオンは満足げに、お豆の香りが残る指をチュパッと吸うのでした。
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その夜、執務室ではアルフレッドとヴィクトールが、小さな皿を挟んで向かい合いました。
皿の上にはレオンが味見にくれたぷっくりと太った「枝豆」が3房……。
「ヴィクトール、これが例の物か?……少なくないか?」
ジト目で見る陛下アルフレッドに、ヴィクトールの視線がわずかに泳ぎます。
しかし鉄の精神で無表情に保ち(内心は冷や汗をかきながら)佇んでいます。
アルフレッドは目を細め疑いながら、一粒口に放り込みました。
その瞬間、口の中に広がる甘みと鼻に抜ける香ばしい豆の匂い。
「…………っ!? なんだ?この味の濃さと旨みは!今まで食べた豆より断然に美味い!」
「……レオンが言うには、土さんに元気のお薬をあげたのだと言っておりました。陛下……、美味しいでしょう?」
「薬……?いや、それより美味いな!本当にコレだけなのか?」
「……明日また収穫すると言っておりました」
それを聞いたアルフレッドはニヤリと笑い、もう一摘み口に入れました。
口いっぱいに爽やかな豆の香りが広がります。
「ヴィクトール……。この豆一粒に、どれほどの知恵が詰まっている?……バレたら他所の国は血眼になって、あの子を奪いに来るぞ」
「ええ……。だからこそ『エレーナの手記』なのです。……陛下、レオンあの子はまだただの『やんちゃな3歳児』でなくてはなりません。私は穏やかでのんびりと過ごすレオンを守りたいのです」
ヴィクトールは目尻を下げ、クシャリと顔を崩して笑いました。
父親として我が子を守ろうとする不器用なヴィクトールの思いを応援しつつ、アルフレッドは枝豆の殻を眺めます。
「……明日さらに王宮の庭師を何人か貸し出そう。もちろん腕利きの庭師だ。枝豆をまた食べたいからな!」
「……まさか侯爵邸へ来るつもりですか?!」
アルフレッドは楽しげに声を上げて笑い、ヴィクトールの詰問を躱しました。
その頃レオンは夢の中で、モフモフ襟足の大きなハチさんとお尻フリフリダンスをしていました。




