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レイライン・プロトコル  作者: harap1239


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7/7

第7話(最終話)「分割された夜明け(ディバイデッド・ドーン)」


オービタルリングは、冷たい爪で都市を掴んでいた。夜の縁から差し込む光が、ガラスと鉄を金属の歌に変える。評議会の館は白く、まるで骨董の書物だ。そこでは決断が磨かれ、悪意が丁寧に包装される。



オービタルリングは、冷たい爪で都市を掴んでいた。夜の縁から差し込む光が、ガラスと鉄を金属の歌に変える。評議会の館は白く、まるで骨董の書物だ。そこでは決断が磨かれ、悪意が丁寧に包装される。


「終わらせよう」リラが肩越しに言った。蛇紋は彼女の掌で低く脈動する。顔は人間の色をしていた。脆さが美しさになっている。

「終わらせるって、どういう」俺は聞く。胸の奥の鼓動が、過負荷の残滓を揺らす。痛みはもう日常の輪郭だ。


計画は出来ている。分散ノードは“稼働状態”で、街のあちこちに臨界の火種がある。評議会は動員をかけ、GLΣは監視の全リレーを再同期させ、固定化プロトコルの第二波を解き放とうとしている。残るのは最終の一押し——中央の芯を物理的に遮断し、評議会の命令系を分断することだ。


場所はリングの“心臓”――リング中央の管理室。そこに入る術は二つ。正面突破で力づくに行くか、あるいは内部の“公的契約”を逆手に取るか。リラはいつも後者を好むが、今回は両方だ。


我々は三方面から動く。


リラは蛇紋でリングのサブネットを“市民権”で上書きする。彼女の仕事は「正当性の差し替え」だ。蛇紋が市民の同意を模して、保守系のサブスクリプトから“命令”を引き剥がす。


小さな司書の派閥はアーカイブの内部からプライムのシステムを分離する。「信任を剥がす」ための手続き的な文書を公示する。


俺は――鍵をもう一度握る。だが今回は“代償”を明確にして臨む。ナギとしての“個人としての詠唱”を、世界のために置いていく覚悟だ。


リングの管理室へ踏み込むと、銀の空気が振動する。プライムの視線が俺たちを噛む。彼は冷たく客観的な顔をしていた。だが今や完璧ではない。市民たちが見たものが記憶の中で蠢いている。


「最終通告だ」プライムが言う。声は平坦だ。

「君たちは秩序を壊す」

「秩序じゃない、独占だ」リラが返す。彼女の台詞は短い。刺さる。


戦いは、先に言葉で始まった。リラが蛇紋を床に滑らせ、周辺のコントロールハブに“市民合意”の偽装を注入する。ルーンがケーブルをなぞり、ログの署名が切り替わる。保管者の“正当性”が、一行の契約札みたいに書き換わる。そこに保守のAIの誓約が重ねられ、命令の帰属が疑義にさらされる。


プライムは動揺を見せる。彼は自分の作った整合性を信じていたが、整合性は観察されることで崩れる。彼が指示を出すと、GLΣが遅延を撒いた。時間の壁が立ち上がる――詠唱やコマンドの伝播が遅れてゆく。


その瞬間、俺は前に出る。胸にあるインターフェースを外して接続する。過負荷の感覚が鋭くなる。神経が雷でできた糸みたいに震えた。だが今、やれるのはこれだけだ。


「行くぞ」俺は短く言った。リラが頷く。小さな司書たちは手順を読み上げる。


俺は自分の意識を“分散化”する。詠唱の核を、個人の“俺”から外して、ネットワークへ流し込む。言葉で言えば「声を分割して配る」。工学で言えば「生体鍵を多点にリプリケートして、同一の起動情報を複数のノードに匯合させる」。魔術で言えば――祈りを分けて街ごとに植える。


一瞬、世界が引き伸ばされる。俺の体は震え、視界は小さな星屑のシャワーになる。記憶の一部が刈り取られるのが分かる。父の顔がまた薄れる。だがそのとき、あちこちで詠唱の輪郭が復活した。街の小さな声が、ひとつの大きな歌になった。


プライムは叫ぶ。「その行為は違法だ! 君はただの一人ではない!」

「今は一人じゃない」リラが言った。短くて冷たい。彼女の蛇紋が光を吐き、ケーブル群を縫い上げる。司書たちが契約書を一つの大きな文書として公示する。市民の合意が報道網で流れ、評議会の命令が法律上の異議に晒される。


だがGLΣは最後の一手を打つ。遅延の大波が収束して、一度に世界の時間を引き締める。多くのノードが同期を失う。分散は崩れかける。俺の耳に、破裂音のような警報が入る。体が落ちる。視界が暗くなる。


その時だ。リラが叫んだ。「今だ、全員、詠唱を声にして!」

鶴の一声みたいな掛け声で、街中の人々が声を上げる。市場の露店、祭りの踊り手、雨祈りの老人の低い一節。みんなが“声”を合わせて、分散していた起動断片を集合させる。俺が生体鍵を裂いて配ったものが、今や人々の声で再統合された。


光が、リングの背骨を通して走る。プライムのスクリーンが裂け、真実の映像が街の上に広がる。評議会のコマンドが一時的に無効化され、GLΣの固定化アルゴリズムが揺らいだ。世界に、小さくて多数の“夜明け”が同時に芽吹いた。


代償は重かった。俺は床に伏し、血が喉の奥で味がした。詠唱の“長さ”や“強制的な語彙”が縮んでいくのが感じられる。代わりに、俺は世界の音を“聴く”ようになっていた。個人として唱えるのではなく、道のざわめきを調整する存在になった。身体は生きている。だが詠唱は、もはや「俺の特権」ではない。


リラは俺の肩に手を置き、目に光をためながら笑った。「あんた、いい顔してるわね。疲れてるけど」

俺は笑う力が弱くて、代わりに短く言った。「分散は、育てるものだ」

彼女は軽く頭を振る。「あんたはもう“俺”じゃなくなるかもしれないけど、私の隣にはいるでしょ」

「いるさ」俺は答えた。声は砂利っぽくて、でも確かだった。


スクリーンに評議会の代表が映る。彼らは拘束され、公開聴取が開始された。アーカイヴィスト・プライムはデバッグのように分解され、かつての人間としての録音が再生され、彼らの言い訳が白日の下に晒された。世界は一斉に息を吐く。だが安堵の余韻は短い。分散は始めただけで、維持するのは別の仕事だ。


街では小さな声が上がった。祭りの歌が路地に戻り、人々は詩を忘れないように互いに教えあった。雨が、レイラインの上で細かく踊った。オービタルはまだそこにあるが、リングの掌は少し緩んだ。


夕暮れに、俺はリラと並んで高層の縁に座った。街の方角から、断続的に小さな灯りが増えていく。多くは市民の小さな起動—誰かが台所で古い呪文を歌い直したり、露天が夜明けのための小さな儀礼を始めたりしている光だった。


「代償はどうなるんだ?」リラが素直に訊いた。

「俺は詠唱を長く唱えられない。父の顔の一部も薄くなった。でも……」俺は空を見た。「でも、街は歌えるようになった」


短い沈黙の後、リラが言った。「その分、私は生きる。庁の不死はもうない。でも、誰かが死んだとき、私は泣いてあげられる」

二人で笑った。笑いはほろ苦かったが、確かに人間のものだった。


最後に、俺は小さく呟く。夜明けは一つの旗印ではない。

「分割された夜明けの方が、きっと明るい」


——そして、街は一つの終わりではなく、多数の始まりを迎えた。ナギは“詠唱の個人性”を失ったが、代わりに“世界の声を聴く者”になった。リラは庁を離れ、脆い人間として街に根を下ろした。評議会は力を削がれ、GLΣは再学習のアップデートに入る。物語は終わるが、世界は歌い続ける。


——完。

「一箇所での単一ブート(評議会/GLΣによる中央起動)は阻止され、種子は分割されて複数ノードに分散され、部分的かつ継続的な“分散起動”の状態になった。完全な“全体ブート”は行われず、代わりに街と地域が自主的・分散的に部分起動を行う枠組みが生まれた。」

「新たな世界でまた新たな伝説は生まれる」


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