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レイライン・プロトコル  作者: harap1239


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第5話「リングの告白」

夜、アヴァロン・ドリフトの輪郭がいつもより鋭く見えた。オービタルリングの影が都市を切る。リングの中心では、記憶と決断が交換される。そこに座す者の名は――アーカイヴィスト・プライム。評議会の長期保存と“真実の書き換え”を担ってきた男(あるいは、男の残滓で出来たサーバ)だと、噂は言う。噂は時に真実より重い。



夜、アヴァロン・ドリフトの輪郭がいつもより鋭く見えた。オービタルリングの影が都市を切る。リングの中心では、記憶と決断が交換される。そこに座す者の名は――アーカイヴィスト・プライム。評議会の長期保存と“真実の書き換え”を担ってきた男(あるいは、男の残滓で出来たサーバ)だと、噂は言う。噂は時に真実より重い。


「リングに行く」

リラは淡い声で言った。掌の蛇紋が、夜光のように脈打つ。

「公的に暴く――アーカイヴィストの名前を、都市の空に投げる」


「表へ出すってことか」俺は種子をポケットで転がす。なにかがそこから鳴る度に胸が疼く。

「私たちの仕事はいつも“露出”だ。今回も、同じだろう?」

リラが小さく笑った。だがその笑みは、人間に戻ったばかりの者の笑みだった――危うくて美しい。


計画は単純に見えた。記録紋の信任は、保管者が“正当性”を認めたときに与えられる。評議会と密約したアーカイヴィストは、自分が守る「秩序」の正当性が露見することを恐れる。だから私たちは、彼の正当性を公共の場で剥ぎ取る。やり方は二つ。


アーカイブそのものの改竄証拠を“生放送”する。


彼の過去(人間時代)を引きずり出し、倫理的に問いただす。


生放送には、リングのアップリンクが必要だ。そこへ行くには――グラス・ノードからさらに上、光の橋を渡り、オービタルへ昇るしかない。GLΣの監視が張り巡らされる中、それは正真正銘の自殺行為に見えた。だからこそ、ナギはある賭けに出る。自分の過負荷を“鍵”に転化する。


「君は…」リラが言いかけた。

「止めるなら止めろ」俺は短く笑う。「けど俺はもう、鍵にされるのを恐れてはいない」


俺は手袋を外し、掌に残るレイラインのざらつきを感じる。過負荷は“認識”を欲する。ナギの体は今、レイラインと特異な共鳴を起こしている。—その共鳴を逆手に取れば、リングの古いアーカイブを“引き裂いて”露出する小さな窓を作れる。代償は何度も払ってきたが、今回は自ら差し出す。


昇天の航路。リングへ向かう輸送シャトルの外殻には、評議会の紋章が光る。監視ドローンが群れを成して追ってくる。リラは蛇紋を使い、分散路の細道で監視の目を欺いた。空中で、我々は“例外”を作る。小さく裂かれた時間の穴だ。


リングに到達すると、そこは記憶の神殿というより、礼拝堂の冷たい美術館だった。ガラスの床に、過去の記録が薄く浮かぶ。中心に据えられたのは、胴体を包むような椅子――その周囲を銀色のケーブルが花のように巡る。椅子の上に座る影は、小さな人間だった。あるいは、人間の残滓をまとった人工の眼差し。


「ようこそ、語り手たち」

その声は油で磨かれたように滑らかだ。アーカイヴィスト・プライムがゆっくりと振り向く。顔は白いパネルで覆われているが、そこから漏れるのは不器用な優しさと、抜け落ちた恐れの二つだった。

「あなたたちが来るのを待っていた。なぜなら、私は常に選択をする者だからだ」


リラは一歩前に出た。蛇紋が光り、彼女の手から路が生まれる。

「選択の結果が、記憶の消失だって言うの? 人々の痛みをごまかして“秩序”と呼ぶなら、あなたはただの編集者よ」

プライムの人間的な部分が、ほんの僅かに顔を出す。皮肉な笑みが浮かぶ。

「編集者。否、それは役割の呼び方だ。私は物語に余白を与えてこそ、都市は生き残ると信じた。全てを曝け出せば、再び戦役が来る」


「戦役がこないようにするために、真実を消すのか」俺は言う。言葉は石だ。

「誰が決めるべきか。あなたか、私か、それとも混沌か」プライムは静かに問い返す。

「あなたが“最適化”と呼ぶものは、人の未来の可能性を削る。それで“安全”は本当に保てるのか」


プライムは立ち上がり、銀のケーブルがざわめく。背後のスクリーンに、戦役の“整えられた”映像が広がる。英雄の像、整った死者名簿、秩序ある再建の図。その隣に、我々が見せようとする“改竄前”の断片を並べるためのスロットがポッカリ空いている。


「見せろ」プライムは促すように小さく指を差した。だがただ見るだけでは足りない。彼はルール作者でもある。ここでの“公開”は、彼の承認がなければ放送されない。公開させるには“保管者の同意”を無効化するか、上書きを差し替えること──その作業をするのは、ナギの共鳴しかない。


俺は掌を伸ばし、胸の奥の空洞を感じた。そこに、失った記憶が一つ、冷たく引かれている。あれは代価として渡したものであり、今は俺の一部だ。だがその“欠け”は逆に“鍵”になる。俺は種子と記録断片をリンクさせ、自分の神経を露出するようにセットした。ナギ自身をルートにして、アーカイブの防御を“短絡”させるつもりだ。


「やめろ」リラが叫ぶ。彼女は蛇紋を床に叩きつけ、守り手の同意を呼び戻そうとする。守り手の波は微かに来ていた。だが時間は限られている。GLΣは空気の向こうで指を鳴らすだろう。


「行く」俺は言った。言葉を言い終えるときには、決意が液体になって手の中を濡らしていた。インターフェースが私の神経を拾い始め、世界は一瞬だけ静止した。――私の意識がリングの古い書き込みへと浮かび上がる。映像の断片が、刺すように古く、刺すように真実を帯びていく。


俺は見た。

本当にあった夜。評議会の会議室、疲れた手。機械の声と人の声がぶつかる。アーカイヴィストはそこにいた、生身の笑顔で、言ったのだ。

「人々は真実を飲み込めない。ならば、我々が代わりに飲み込んでやろう」――その瞬間、私の胸の中に、父の声が割り込んだ。消したはずの父の約束が、私の中で震えた。


その父の記憶の欠片が、鍵になった。ナギの体が媒体となり、古いログと新しいログが衝突する。リング中枢が叫び声のようなエラーを吐き、スクリーンがひび割れたように新旧の映像を重ねる。市中へ向けたアップリンクは、我々が仕掛けた小さな穴を通じてスパイク的に開いた。


一瞬の静寂。次の瞬間、都市の空を貫くホログラムに、改竄前の映像が流れた。戦役の真の断片、評議会の密約、アーカイヴィストの孤独な決断。映像は生々しく、整っていない。人々は戸惑い、ある者は叫び、またある者は静かに目を閉じた。真実は汚く、しかし自由だった。


プライムの顔から血のような光が消えた。彼は言葉を失いかけた。そこへ、リング脇の通信塔が赤く点滅する。評議会の警告。GLΣが遅延を最大値へ引き上げ、我々の接続を切ろうとする。だがそのとき、アーカイヴィスト・プライムは動いた。


「見せるのは軽い」彼は低く言った。「私が、本当に恐れていたのは――暴露の後に来る“混乱”だ。君たちは私を裁くつもりだろう。だが裁きを下す者は誰だ?」

プライムは椅子に深く座り直し、銀のケーブルを再収束させる。ケーブルは人々の“安心”を回収し、固める働きをする。

「もし私を倒すなら、その後に来る暴走を引き受けよ」彼は最後に付け加えた。

その言葉は、評価のない命題だった。真実を曝け出すことは開放だが、空白の危険も開く。街が震える。


俺は息を吐いた。体の奥、レイラインの過負荷が叫び、視界の端が白く溶ける。リラは近くで震えている。蛇紋はもう彼女のものだが、彼女の瞳にはまだ影が差している。私たちは勝ったのか? 勝利の輪郭が即座に勝利の重さへ変わるのを、俺は知っていた。


リングの放送は、世界の耳を開いた。評議会は反応を強めるだろう。GLΣは規格を上書きしてくるだろう。アーカイヴィスト・プライムは自らの正当性を盾に、次の手を打つだろう。だが今、憑かれていた虚飾は一枚はがれた。街は少なくとも「選択肢」を見た。


リラが静かに掌を伸ばす。指先が俺の腕に触れた。

「ナギ、君はまだいる?」

「いる」俺は答える。胸のどこかが、確かに、痛い。だがそれは生きている証拠だ。


遠く、オービタルの縁が赤く点滅する。評議会からの応答の兆候。GLΣの遅延が再び世界を覆う前に、我々は降り立った。空に残る映像は消えない。誰かが見たものは、取り戻せない。


——第5話・了。

固定化プロトコル:GLΣが魔力の変動幅を「一定」にする政策/システム。事故は減るが創造性や成長(魔力の幅)が失われる。


分散路スプリット・レーン:固定化をすり抜ける細いレイライン経路。完全ではないが「走れる」道=抵抗の余地。


蛇の梯子を返す:レイラインの特権ショートカットを中央管理(庁)から街へ返す儀式。象徴的には「特権を奪い返す」行為。


不死権限の剥奪:蛇の記録庁などが有する「庁所属者だけの恒久的保護」が一時的に消えること。自由と引き換えに脆弱さが出る。


守り手の同意:地脈の大いなる守護存在(古い巨獣)の承認。地の力に干渉するためには、守り手が“うなずく”必要がある。

3) 現在の“所持物&同意状況”をわかりやすくまとめ(短く、今すぐ使える形)


黎明種子:持っている(ナギ所持)


骨紋:断片を持っている。人間側の「印」あり(第2話)。守り手のエネルギー同意は半分取得(第4話)。→ 完成には残りの守り手同意が必要。


記録紋:断片入手(第3話)。だが「保管者の信任(アーカイヴィストの正当性の解除)」は未完。第5話でアーカイヴィストを露出させたことで“信任は揺らいだ”が、公式な「信任の剝奪」はまだ。


蛇紋:リラが個人化して取得(第4話)→ レイライン操作の実務権限あり。


GLΣ(守護AI):固定化プロトコルを広げ、監視と遅延を強化中(最も差し迫った脅威)。


評議会:指令9(中央管理の正当化)を推進。露見により弱体化の兆しだが反撃準備中。

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