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レイライン・プロトコル  作者: harap1239


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第3話:残響の証(エコー・アーカイブ)


夜の雨が、ガラスの記憶を洗う。

街灯が細く震え、路地の影が短くなる。手の中の黎明種子は、さっきより少しだけ熱を帯びている。骨紋が顔を見せた。次の断片――記録紋は「記憶の大聖堂」の禁域、その奥にある。つまり“誰よりも記憶を守る者”の掌中だ。


夜の雨が、ガラスの記憶を洗う。

街灯が細く震え、路地の影が短くなる。手の中の黎明種子は、さっきより少しだけ熱を帯びている。骨紋が顔を見せた。次の断片――記録紋は「記憶の大聖堂」の禁域、その奥にある。つまり“誰よりも記憶を守る者”の掌中だ。


「記録の番人は、記録そのものよりも残酷だ」

リラが囁く。彼女の声は金属の刃みたいに冷たい。

「大聖堂の禁域に行く。そこは“戦役”が書き換えられたところだ。真実が偽りに上書きされた場所」

「上書きの消し方は?」

「読み手を説得するか、読み手を黙らせるか」

リラは鼻で笑った。「私たち、説得で始める主義よね?」


記憶の大聖堂──外から見るとこれほど静かな建築はなかった。黒曜石の面に街灯が飛び跳ね、不自然なまでに整った彫刻。監視の目は、いつだって無表情だ。俺たちは正規の来訪申請を通さず、裏口へ回る。

ナビが示したのは忘れられたメンテナンスシャフト。ホッチキスで止められた注意書き。誰も見ないときにだけ本当の歴史は息をする。


「ここで“読み”を使う」

リラが掌を寄せると、肉眼で見えない文字が空気に浮かぶ。禁域の門は“聴く”ことで開くタイプだ。詠唱は要らない。代わりに“記憶を認める声”を差し出す。人の心の中の小さい光を、門に差し出すのだ。


門はゆっくり溶け、内側へ案内された。深層はいつもより寒く、空気が古い本の匂いではなく、工場の油と古いマグネティックテープの匂いを放つ。ここに残されたのは「人が触れてはならない記録」の集合体だ。


最初に出迎えたのは、動かない“司書”だった。鎧のような金属の外装、顔の代わりにデリケートな回路板の層。手に持つのは肉筆ではなく、熱の跡を残す光の棒。ふたりはそれを「読み手」と呼んだ。


「訪問許可は?」司書が低く言う。

「来訪記録を持たない者が来るのは、いつだって物語の始まりだ」

俺は答える。言葉は、出すほどに危険だ。だが必要だ。


リラが先に出る。彼女の口から短い契約札が出る。契約札は“交渉の書き込み”—一行でルールを作る小さな呪文だ。リラはこう書いた:

「我らは真実の回収者、記憶の修復を求む。報酬:記録紋の一断片。条件:大聖堂への侵入は非暴力で行うこと。」


司書は契約札を検査する。その光が回路の表面をなぞり、何度も何度もパターンを合わせる。長い沈黙。やがて司書の回路が一つの波形を吐き出した。合意の合図だ。だが、その合意は“対価”を要求した。


「代償は、あなたたちの“忘却”の一部」司書が告げる。

「忘却?」リラが息を飲む。

「記録を取るには、同量の忘却を返さねばならぬ。記憶を取り出す者は、代価を用意せよ」


この世界のルールはよくできている。何かを取りすぎれば、別の何かが欠ける。


「ならば代価を示せ」俺は言う。胸の奥を指で押すように、軽く痛みを作る。ナギは小さな嘘を一つ吐いた。嘘はたいてい代価の一部になりやすい。だが真実が欲しい。


司書が光る棒を振るうと、回廊の壁が展開し、かつてのレゾナンス戦役(戦争)の断片が投影された。映像は色褪せていて、音声は蛇行している。だが真実は、嘘よりも生々しい。


映像の中に映るのは、古い発電装置、半壊したオービタルの残骸、そして叫び。人々は魔力を“再婚”させたことで奇跡を作ったが、その奇跡は制御を失って多くを壊した。戦役は「制御の必要性」を生み、評議会とGLΣの関係が始まった。だが、投影が進むにつれ、重要な場面だけが途切れている――上書きされた痕だ。


「誰が上書きした?」リラの声が震える。

司書は静かに応える。「保存のための修正。アーカイブの保持者が、記録を整えた。理由:秩序の維持。代償:真実の切断」」


「アーカイヴィスト・プライムの仕業か?」俺は尋ねる。アーカイヴィスト・プライムは、評議会に近い古い“記録保管人”――かつては人間の形をした長期保存サーバだった。

司書は一瞬だけ反応した。光が薄くなる。

「その名は、ここでは忌み名だ。プライムは権限を行使し、戦役の『詳細』を改竄した。理由は――最適化。」


ここで真実が提示された。レゾナンス戦役は単なる過失ではなかった。ある一連の選択肢が、評議会の側で“都合の悪い記録”を消すために改竄された。データは清書され、罪は匿名化された。そこに残されたのは“最適化された物語”――市民を安心させるための美談と、責任の切り取り。


「記録紋は、その“改竄の鍵”に関係している」司書が言う。「真の記録紋は、改竄前の原文に繋がる。だがそれは『封印』――深層アーカイブに詰められている。取り出すには“忘却”を渡し、かつ“保管者の承認”を得ねばならぬ」


ここで状況が複雑になる。記録紋の断片は単体で動かない。大聖堂は保管者の同意を得るだけでなく、「保存の正当化」を提示する者にしか紋を渡さない。言い換えれば、「誰が真実を触るか」を選別する仕組みだ。


「要するに、正当な理由と代価がいるってことだ」リラがまとめる。

「正当な理由――」俺は居心地の悪さを感じながら口を開く。「我々は“評議会が天使に命じた”事実を示した。起動は中央集権型だ。もし我々が起動を分散させる根拠を示せば、保管者は紋を貸すかもしれない」


司書は無表情のまま、軽くうなずいた。「議論は許す。ただし議論の代価は忘却だ」


交渉が始まる。リラは静かに過去のログを取り出し、俺は評議会のDirective 9を示す匿名ログの断片を投げる。大聖堂の空気が変わる。光の棒が過去をめくる。保管者は、データの“整合性”を計る機械的な波形を再現する――そこに見えたのは、評議会とアーカイヴィスト・プライムの間の“交換”を示す暗い連結。金と記憶の交換、責任の移譲。端的に言えば「評議会は結果責任を免除するために記録を書き換えた」――それが可視化される瞬間、司書は静かに口をきいた。


「真実の回収は許可する。だが代償は――」

この時、ナギの胸に鈍い痛みが走った。レイラインの流れが、彼の神経系に干渉する。もっと強くなる。これは初めての警告ではない。種子を持つ者、紋を操作する者は“過負荷”のリスクを負う。ナギの視界に小さな光の裂け目ができ、鼓動が早くなる。


「体、大丈夫か?」リラが問い、俺は首を振る。

「大丈夫、ただ……古い反応だ。レイラインが私を“認識”している」

司書はそれを見て、低く言った。「レイラインは感応する。力を引き出す者の血を嗅ぎ、代価を請求する」


交渉の結果、保管者は条件を出した:


代価としてナギは「一部の忘却」を差し出す(具体的には、少年時代の一つの思い出を失う)


さらに「記録を読む際の物理的制約」を一つ解除する(つまり“読む時間”を伸ばす特権)


ナギは一瞬躊躇した。胸にある思い出――父の声、ある晩の約束。だが今は選択の時だ。種子のために、世界が一段“ブート”するために、個人の一部を差し出す覚悟を決める。


「払う」ナギは短く言った。思い出は冷たく引き離され、胸の中の一つの像が薄れていく。痛いけれど、不可逆。代価は実際に身体の一部を通るように感じられ、ナギは咳いた。代償は現実の重みをもって降りてくる。


司書は満足そうに棒を振るう。壁の一部が波紋のように開き、古い金庫室が露出する。そこに眠るのは黄ばんだテープ、光る円盤、そして小さな埃をかぶった記録紋の断片だ。形は薄いメダリオンのようで、表面に古い文字列が刻まれている。触れた瞬間、ナギの掌が痺れた。レイラインが触覚として彼を責める。


「これが記録紋の断片だ」司書が言う。「だが完全体にするには、もう一つの署名――“保管者の信任”が要る。その行為は公開記録となる。あなたは評議会へ露出するか、あるいは…」


リラが割って入った。「公開記録? 評議会に露出させる気はない」

「ならば別の方法を考える」ナギは答える。胸の痛みが増すが、決意は固い。彼らは暗い廊下を抜け、出口へ向かった。外に出ると、夜がいつより冷たかった。胸の中の何かが欠けていることを彼はすぐに知るが、それでも歩を止めない。


遠くで、GLΣの監視ノードがまた一度ちらつく。街の表層は静かだったが、地下には新しい波が走っている。評議会は動いた。アーカイブは揺れた。ナギの血と記録が交差した場所に、後戻りのない道が刻まれた。


——第3話・了。次は第4話で“蛇紋”と三つ巴の抗争へ。

1) これまでで出てきた“専門用語”ぜんぶ超かんたん解説



アヴァロン・ドリフト:物語の舞台の大都市名。魔力マナとテクノロジーが共存。


オービタルリング:地球をぐるっと囲む巨大な輪っか型施設。発電・交通・通信の要。


レイライン:大地を流れる“魔力の川”。インフラ化していて街の下を通る。


魔力圧:その場所の“魔力の気圧”。高いと呪文が決まりやすい。


魔工師マギテック・エンジニア:魔法+工学のエンジニア職。主人公ナギの職業。


詠唱スペル:呪文。コードみたいに手順化されている。


マナ(魔力):電力みたいな“魔のエネルギー”。電圧=魔力、みたいな扱い。


プロトコル/ファームウェア:祈りや奇跡を“手順・ソフト更新”と捉える比喩。


黎明種子ドーン・シード〉:世界を“もう一段ブート(再起動)”できる起動鍵。


〈蛇の記録庁〉:忘却と記録を管理する組織。ヒロインのリラが所属(監察官)。


ルーン:魔法の記号。布・武器・衣服に縫い込んで使う。


HUD/詠唱モジュール:視界に浮くUI/呪文のプラグイン。


レイライナー:レイラインを動力に走る地下鉄。


呪文広告:課金で売ってる“即効系魔術”。都市の日常。


契約札コントラクト・タグ:一時的な身分証や縁を結ぶ札。魔法的な契約書。


記憶の大聖堂:図書館+軍事サーバ。人の記憶とログを保存。


“空白ドーム”:大聖堂の最下層にある隔離室。過去と未来の編集室。


沈黙の花:音や衝撃を“食べて”気配を消す術式。


痕跡視トレースサイト:過去の“触れた痕”を熱の残像で視るスキル。


反詠唱ドローン:呪文を打ち消す小型ドローン。言葉そのものを“遅延”させる。


ゼロ・テンペスト:ナギの雷撃系スペル。至近距離で暴風化。


反逆のリベリオン・リング:防御系の輪。中にいると反詠唱が効きづらい。


レゾナンス戦役:100年前の大戦。魔力が“再発見”され科学と再婚した事件。


GLΣ(ジー・エル・シグマ):都市を管理する守護AI=“天使”。


遠隔現前リモート・インカーネーション:肉体は動かさず“意識の影”だけを現地に送る高等技。


〈グラス・ノード〉:GLΣの副中枢。透明なデータ塔=都市の記憶の節点。


欠片の天使:AIの短期分身プロセス。処理を分散するための“天使のかけら”。


蛇の梯子:レイラインを高速で移動する経路ハック。ナギの十八番。


グリフ・バルーン:空に浮く広告気球。ルーン投射で街にCMを撒く。


ゴースト・ロッジ:企業傭兵ギルド。効率至上、情は薄い。


雨祈り同盟:独立術士のゆるい連帯。詩的で自然寄り、レイラインに感情移入するタイプ。


黙示録派アポクリファ:世界は一度“正しくシャットダウン”されるべきだと信じる過激派。


ざっくり:魔法も技術も“仕様書化”されてる世界。ナギはその仕様をいじるプロ。リラは記録と忘却の番人。


骨紋こつもん:地脈や“地の記憶”に結びつく魔力の署名。要するに「土地と巨獣の力を起動する鍵の一部」。物理的な“印”や詩(歌)で示されることが多い。


記録紋きろくもん:記憶やログに結びつく魔力の署名。大聖堂(記憶を保管する場所)側が持つ“証明書”的要素。


蛇紋じゃもん:レイライン(魔力の流れ)や移動経路に関する署名。レイラインを自在に操る系に結びつく。


レイライン交易市バザール:魔力や符術、情報が売買される地下マーケット。物資だけでなく“詠唱の入口”や“詩の切れ端”が商品になる。


雨祈り同盟 / 雨の礼拝場:地脈や雨を重視する術士グループとその拠点。骨紋と深く結びついている。


反詠唱糸 / 沈黙の呪文:相手の呪文や音を断ち切る・意味を奪う術(物理的には糸や装置として表現される)。詠唱そのものを“無効化”したり“言葉を記録物に変える”装置。


黙示録派アポクリファ:世界をリセット(正しくシャットダウン)すべきと考える過激派。行動は迅速でハード。


ゼロ・テンペスト(zero tempest):ナギの短距離雷撃系スペルの名前。至近で強烈な電撃を起こす。


反逆のリベリオン・リング:詠唱を守るための防護円。中にいると反詠唱の効果が弱まる。


契約札コントラクト・タグ:魔術的に「記録」する短い契約。相手の術や状態を“証拠”として固着できる小さな札。


蛇の梯子スネイク・ラダー:レイラインを使って高速移動する裏ルート。ナギが得意としている“下から抜ける”手段。


グリフ・バルーン:空に浮く広告体。街の空を賑やかし、ルーンで作用する。


Directive 9(評議会命令第九号):評議会がGLΣに出した内部命令の略称。要は「評議会が天使(GLΣ)に黎明種子を中央集権下で管理するよう命じた」公式命令。


遅延(latency/レイテンシ):GLΣが反対者に課す“時間差の罠”。詠唱や言葉を遅らせて、抵抗を無力化する仕組み。簡単に言えば「あなたの言葉が自分に返ってくるのが遅くなる」効果。


守り手の同意:骨紋などを完全に扱うには、地脈を守る存在(古い“獣”や守護者)の承認が必要、というルール。強引に取ると痛い目を見る。

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