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レイライン・プロトコル  作者: harap1239


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2/7

第2話「天使の声は遅延でできている」



夜の端っこが、インクみたいに薄まっていく。

屋上に座り、俺は**黎明種子**を掌で転がした。黒い多面体の中心で“夜明け色”が鼓動している。心臓が二つあるみたいな感覚は、慣れない。


「起動条件、読めた?」

コートの襟を押さえ、**リラ**が風の中で目を細める。


「鍵穴は一つじゃない。三つだ」

俺は種子をかざし、内部の幾何学を回転させる。

「**骨紋こつもん**、**記録紋**、**蛇紋**。三系統の“魂の署名”を同時に噛ませる。どれが欠けても起動は**遅延**になる」


「遅延。GLΣの好きな言葉ね」

リラは笑って、屋上の端に腰かけた。

「手がかりは?」


「骨紋は**雨祈り同盟**。地の骨を歌わせる術式だ。

記録紋は**記憶の大聖堂**の奥、禁域の司書しか持たない。

蛇紋は……」

俺はリラを見る。

「君の庁の“最初の署名”。〈蛇の記録庁〉が忘れたふりをしている原罪の鍵だ」


リラの瞳がわずかに揺れる。「さすがに、よく嗅ぐわね」

「仕様を読むのが仕事だ」


風鈴のような電子音が空で鳴った。**グリフ・バルーン**が上空を横切り、広告を街へばら撒く。


> 「覚悟をサブスクしよう」

> 「良心は今夜だけ割引」


冗談みたいな街だ。だが今夜の予定は真面目だ。


「まずは——**雨祈り**」

リラが立ち上がる。「骨紋の詩は、朝が来る前が一番よく歌う」


---


**レイライン交易市バザール**。

地下大空洞に吊られた橋の上で、店と店が歌で値段交渉をする。

雨祈りの象徴は、濡れた布と針。布は雲、針は雷。

俺とリラは、詩で取引を始めるための“入口の詠唱”を売っている屋台に近づいた。


「**骨の下で、蛇は眠る**」

俺が合図を送ると、屋台の男が顎を上げた。

「**雨は記録に従わない**」

定型の応答。正しい扉だ。


幕の向こうで、薄緑の煙が渦を巻く。

姿を見せたのは、雲色の羽織を着た老人。片目が琥珀で、片目が空の色。


「**骨紋が要る**」

俺は単刀直入に言った。

老人はすぐには答えない。代わりに、指で空を撫でる。空中に**ルーン**が滲み、やがて雨音に変わる。


「骨は**対価**を欲しがる」

老人は雨音に混ぜて言った。

「何を差し出す」


「**遅延**だ」

俺は答える。

「GLΣが街中にかけてる“言葉の遅延”。それを**一時的に解除**する。詩人たちの呼吸を返す。見返りに——骨紋の断片を」


リラが俺を見る。「やれるの?」

「やる前提で口を利く主義だ」


老人は僅かに笑い、頷いた。「**詩を救え。骨の署名は、その次だ**」


交渉成立。

雨祈りの中心〈**雨の礼拝場**〉に案内される。空洞天井の一部が開いていて、地上の空が丸く覗く。

俺は装置を広げ、**反詠唱ドローン**の制御チャンネルを嗅ぐ。

GLΣの署名。数式の角が鋭い。

“好きなだけ遅延させてくれ”っていう、丁寧な暴力。


「**起きろ、短針**」

俺は詠唱とコードを重ね、街へ散った微細な遅延粒子の時計を**逆回し**にする。


> `sigil.begin()`

> `sniff(GLΣ,"latency-net");`

> `forge("短針ハック");`

> `rewind(latency, citywide, 180sec);`

> `grant("詩人の呼吸");`

> `sigil.end()`


空気がふっと軽くなった。

遠くで、誰かの歌が息を取り戻す。

礼拝場にいた若い術士が、涙ぐんで笑った。「**言葉が、追いついた**」


老人が手を差し出す。

薄い骨の板。表面に、木の年輪みたいな渦。

「**骨紋の断片**だ。だが完全な署名には“**守り手の同意**”が要る」

「守り手?」

「**地の骨のかなた**。戦役で眠らされた巨獣の、肋下」


リラが息を飲む。「地脈の獣……**バシリスク・アーチ**」

「名前を呼ぶな」老人が静かに制する。「起きる」


やれやれ。起きてほしい相手は天使だけで十分だ。


その時、空洞の端が**爆ぜた**。

黒い外套、銀の面。**黙示録派**が三人、空を切り裂く糸の上を歩いてくる。

声は抑揚を欠いているのに、不思議とよく通った。


「**骨の署名は不要だ。世界は沈黙に戻る**」

一人が手を上げる。指の間に**反詠唱糸**。音を切り、意味を切り、関係を切る糸。


「悪いけど、今日は**遅延の解除セール**なんだ」

俺は短く呟く。「**零距離、落雷**」


**ゼロ・テンペスト**が跳ね、糸が焼ける。

だが仮面の二人目は**言葉を持たない呪文**を投げてきた。

——**沈黙そのもの**。

肌に触れた瞬間、詠唱の音節が**数式のガラクタ**へ崩れる。


「ナギ」

リラの声が遠い。

彼女は両手の**短杖**を交差し、床に円を描いた。


「**反逆の環**、二重。**記録庁権限で上書き**」

輪が重なり、沈黙が弾かれる。

彼女は仮面へ歩み寄り、コートの内側から一枚の**契約札**を抜いた。


「**あなたたちの沈黙、ここに記録した。**

——**証拠は、声よりも重い**」


契約が結ばれた瞬間、沈黙の呪文は**“記録物”**になり、術としての自由を失う。仮面がわずかに傾ぐ。

スキを逃さず、俺は**蛇の梯子**を床下のレイラインへ垂らし、三人の足元を**抜く**。

黙示録派は糸を掴んで消えた。撤退は速い。だから厄介だ。


礼拝場に再び雨音。

老人は、骨の板の裏に**小さな欠片**を貼り付けた。

「**守り手の同意の印**。眠りを邪魔するなという条件付きだ」

「交渉、受ける」俺は頷く。


礼拝場を出る頃、リラが袖で汗を拭った。

「**遅延**って、こんなに重かったかしら」

「今日は“天使の声量”が上がってる」

俺は言いながら、掌の種子が**わずかに明るく**なっているのに気づく。

「……**反応した**。骨紋、認識」


上空で、街灯が**三度**瞬いた。

GLΣのシステム通知。

〈**起動条件の一部検出**/**遅延レベル引き上げ**〉


「やっぱり見てる」

リラがポケットから銀紙を舐める。「次は**記録紋**。大聖堂の禁域に再突入」

「待て」

俺はHUDに流れた匿名ログを指で拡大する。

——差出人:**ゴースト・ロッジ**

——件名:**Directive 9**

——本文:**“評議会命令第九号:GLΣは黎明種子を回収・保持し、起動を中央集権下に限る。反対は『遅延』として記録する。”**


リラが目を閉じ、笑った。

「**黒幕、とうとう言葉で出た**」

「評議会(Council)が**天使に命令**。そして“遅延”は、反対者につける**烙印**の言い換え」


俺は夜空を見上げる。**オービタルリング**が暗闇の縁で細く光る。

大きな装置は、たいてい**ゆっくり**人を潰す。


「**記録紋**は禁域。行けば確実に**天使**が来る」

「来てもらうの。**握手**の次は、**切断**よね?」

リラが言う。

「**プロトコルは、更新されるためにある**」


「更新通知、嫌われるけどな」

俺は笑い、種子をしまう。

胸の奥で、**雷の種**が小さく鳴った。


——第2話・了


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