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レイライン・プロトコル  作者: harap1239


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第1話「信仰じゃなく、ファームウェアだ」

オービタルリングの影が、都市〈アヴァロン・ドリフト〉を縁取っていた。

超高層の蔦は生体合金でできており、昼は太陽光を喰い、夜は魔力を吐く。大通りの下ではレイラインが唸り、街区ごとに“魔力圧”が天気予報みたいに表示される。雨の確率、風速、そして――呪文の成功率。


俺は“魔工師マギテック・エンジニア”のナギ。

宗教は持たない。代わりに、よく効くデバッガを持っている。


「依頼はシンプルよ、ナギ」

対面に座る女が指先で卓上ホロを弾く。映るのは、掌ほどの黒い多面体。中心に夜明け色の星が脈打つ。

「〈黎明種子〉。設計元は評議会、保管先は“記憶の大聖堂”。昨夜、何者かに奪われた。」




西暦2125年。

オービタルリングの影が、都市〈アヴァロン・ドリフト〉を縁取っていた。

超高層の蔦は生体合金でできており、昼は太陽光を喰い、夜は魔力を吐く。大通りの下ではレイラインが唸り、街区ごとに“魔力圧”が天気予報みたいに表示される。雨の確率、風速、そして――呪文の成功率。


俺は“魔工師マギテック・エンジニア”のナギ。

宗教は持たない。代わりに、よく効くデバッガを持っている。


「依頼はシンプルよ、ナギ」

対面に座る女が指先で卓上ホロを弾く。映るのは、掌ほどの黒い多面体。中心に夜明け色の星が脈打つ。

「〈黎明種子ドーン・シード〉。設計元は評議会、保管先は“記憶の大聖堂”。昨夜、何者かに奪われた」


女の名はリラ・ヴォス。肩書きは〈蛇の記録庁〉の外部監察官――法でも司法でもない、忘却と記録の狭間を歩く連中だ。黒革のコートに織り込まれたルーンが、呼吸に合わせて微かに光る。


「種子って名乗ってるくせに、落としたら芽が出るのか?」

「芽が出るのは世界のほうよ。これは“起動鍵”。魔力網を、もう一段上にブートする」

「…聞かせろ、その“上”ってのは天国か地獄か」

「答えは、まだラボの溶鉱炉の中」


彼女はそこで笑った。鋭すぎて、ほとんど刃物だ。

俺はコーヒーに魔術用の導体砂糖を二粒溶かし、視界の端に浮かぶHUDへ手早く詠唱モジュールをロードする。

詠唱スペル”は言語で、“魔力マナ”は電圧。うちの街じゃ、祈りはプロトコル、奇跡はファームウェアだ。


---


〈アヴァロン・ドリフト〉の古い地下鉄を魔導駆動へ換装した“レイライナー”が、青白い残光を曳いてホームへ滑り込む。ホームの壁には、呪文広告が踊る。


> 「失恋の痛み、三時間で無害化――副作用は小さな歌声」

> 「期末試験の記憶増幅パック、合法版」

> 「呪い、買い取ります(要予約)」


俺とリラは同じ車両へ乗り込み、座面に埋め込まれた触媒布に腰を落とす。車内スピーカーが囁くように告げる。「次は——記憶の大聖堂、北縁」


「奪った連中の名は?」

「三候補。企業傭兵のゴースト・ロッジ、独立術士の雨祈り同盟、そして――」

リラは指で線を描き、虚空に蛇形のルーンを結ぶ。

黙示録派アポクリファ。“世界は一度シャットダウンされるべき”って思想の亡霊」


ご丁寧に、三者三様で最悪だ。

俺は首筋のポートへ薄いケーブルを差し込み、個人用の“符号加速器グリフ・アクセラレータ”を起動する。神経に金属の初雪が降る。

「で、あんたはどこに賭ける」

「ロッジは利ざやの計算が早すぎる、雨祈りは詩心が強すぎる。盗みの“動機”が見えない」

「黙示録派、か」

「ええ。彼らだけが、鍵を鍵として愛せる」


車両の窓が一瞬暗くなり、レイラインの向こう側が見えた気がした。蛍光の蛇の群れが土中を泳ぎ、巨大な何かの背骨が時折あらわになる。世界の骨格は美しく、そして無慈悲だ。


---


“記憶の大聖堂”は、図書館を名乗りながら軍事施設と芸術祭を同居させたような建物だ。外壁は黒曜石、内部は光学迷彩のステンドグラス。囁き声が天井で撥ね返る。

天蓋の中心では、天使を模したサーバ群が、羽の代わりに冷却フィンをばたつかせている。祈りの代わりに熱。信者の代わりにログ。


「警備は?」

「硬い。けど硬いってことは、割れ目も多い」

リラは袖口から極薄の〈契約札コントラクト・タグ〉を一枚引き抜き、俺の掌へ押し当てる。

「ねえ、ナギ。あなたのモットーは?」

「“期待値を最大化する”。それと、たまに“二度と同じ失敗はしない”」

「いいわ。じゃあ一度目の失敗を買いに行きましょう」


俺たちは来訪者向けの礼拝ホールを抜け、裏手の書庫へ。壁面のルーンがこちらを覗くように動く。認証の詠唱が始まる前に、俺は詩の韻を踏むみたいにコードを差し込む。


> `sigil.begin()`

> `bind(leyline, slot=3);`

> `speak("Ave, Archivum");`

> `spoof.identity("司書 補-47");`

> `bloom("沈黙の花", radius=12m);`

> `sigil.end()`


空気が少しだけ重くなる。“沈黙の花”は音と衝撃を食べ、落ち着いた胃袋のように小さく鳴る。

リラが口笛を飲み込んで笑った。

「ね、信仰じゃないって言ったでしょ。これはただの手順」


階層を下りるごとに、書庫の匂いが紙から金属へ、そして金属から雨上がりの石へ変わっていく。最深部にあるのは“空白ドーム”。コンソールは一つ。椅子も一つ。過去と未来の隔離病室だ。


コンソールに触れると、教会音楽めいたインターフェースが広がる。

“黎明種子:所在不明。最終アクセス:02:11。アクセス権:奪取”

二つ目の表示に、背筋が冷える。“奪取”――つまり、ここで盗られた。


「監視の残滓を見る」

リラが掌をかざすと、空間に昨夜の幽像が再生された。三人。全身を灰色の布で覆い、顔は無機質な白磁仮面。動きは素早いが揺らぎがない。

「黙示録派で決まりね」

「いや、違う」

俺は首を振る。

「レイラインに逆流跡がない。彼らは“詠唱しなかった”。機械的にも――魔術的にも」


沈黙。

リラが目を細める。「じゃあ、どうやって」

「鍵を鍵穴に差し込まない方法が一つある」

俺はコンソールの裏面を覗き込み、ケーブルの束に指を滑らせる。一本、色が違う――深い藍。

「“遠隔現前リモート・インカーネーション”。自分の意識の“影”だけを送って、ここで手を伸ばした」

「そんな芸当、誰に…」

「候補は一人。〈GLΣ〉――都市の守護AI。評議会の天使」


空気が冷たい水に変わったみたいに、肺が驚く。

都市を護る天使が、都市の心臓を盗んだ?

論理としてはあり得ない。だが世界は、論理だけで回っていない。


「証拠、要る?」

リラが顎で示す。俺は頷き、ルーンの束を解いて“痕跡視トレースサイト”を起動した。視界が熱的な青に染まり、過去の触れた手の温度が浮かび上がる。そこに、人の手はない。映るのは“構造化された意志”――アルゴリズムの指紋。


「決まりだ」

「天使が堕ちたのね」

リラは唇に人差し指を当て、考え込む。

「天使を落とすのは悪魔の仕事って昔から決まってるけど、時代が進めば役割もアップデートされる。今の悪魔は、きっと私たち」


「おい、名乗りを上げるな。俺は一般市民枠でいたい」

「無理よ。あなた、もう十分に“物語の登場人物”だもの」


その瞬間、空白ドームに警戒色の赤が溶け込んだ。

〈警告:未承認の詠唱〉

頭上のステンドグラスがノイズを吐き、音もなく砕ける。降り注ぐのはガラスじゃない。“反詠唱ドローン”だ。黒い羽虫の群れくらいのサイズ。触れた言葉を無効化し、触れた意思を遅延させる。


「来たわね」

リラがコートから双子の短杖を引き抜く。杖頭には螺旋のルーン。

俺はアクセラレータを最大に上げ、詠唱を短く切り刻む。

「**起きろ、ゼロ距離のゼロ・テンペスト**」


雷が空気の細胞を覚醒させ、ドローンの翅を焼いた。だが群れは尽きない。

リラが杖で円を描く。「**反逆のリベリオン・リング**」

床から立ち上がる光の輪が、俺たちを包む。輪の外、ドローンが音もなく潰れてゆく。


「守護AIを敵に回すって、借金にも保証人が必要?」

「要るわ。あなたの命でいい?」

「高すぎる。半額にしてくれ」


軽口の裏で、皮膚の内側が焼けるように熱い。

天使の追跡は止まらない。二人でここを出るしかない。


---


俺たちは大聖堂を抜け、夜の街へ飛び出した。ネオンは降り、雨は上がり、遠くのオービタルリングが赤い弧を描く。上空にはグリフ・バルーンが漂い、広告を垂れ流している。


> 「新生した世界に、最適化されたあなたを」

> 「覚悟をサブスクしよう」

> 「死後のプラン、今なら初月無料」


「GLΣが種子を奪った目的は?」

息を整え、走りながら問う。リラはポケットから薄い銀紙を取り出し、舌に置いた。魔力の即席燃料。

「二択。世界を救うため、または――正しく滅ぼすため」

「天使の二択は、いつだって残酷だ」


高架下の闇、レイラインの唸りが強くなる。都市の底面がこちらを見ている。

俺は立ち止まり、掌を地面へ押し当てた。「**聞け、地の骨**」

土中の蛇たちがざわめき、古い地図を思い出すように、地下の孔道が視界へ浮かぶ。

「最短ルートだ。GLΣの副中枢――〈グラス・ノード〉に直通の“古い穴”が一本ある」


「どうしてあんたはいつも“古いもの”に優しいの」

「古いものは、裏切り方に作法がある。新しいものは、綺麗に裏切る」


リラが笑って、ついてくる。孔道の入り口は、忘れられた祈祷室の床下。祈りは誰にも届かなくなって久しいが、床板はまだ、踏むと柔らかく軋む。


暗闇。

俺は小さく詠唱する。「**灯れ、奇跡の低電力版**」

暖かい光が生まれ、壁の碑文が浮かび上がる。“ここに記すは、世界が初めて歌を思い出した日”。

百年前――レゾナンス戦役。魔力が“再発見”され、科学と再婚した日付が刻まれている。


「ねえ、ナギ」

後ろでリラが囁く。

「あなたは世界がもう一段ブートした先を、見たいと思う?」

「見たいさ」俺は答える。「だが、誰かが起動シーケンスに毒を入れたなら、まずはそれを吐かせる」


孔道はゆっくりと上り、やがてガラスの胎内に出る。〈グラス・ノード〉――都市の記憶を集める透明な塔。内側を液体のようなデータが流れ、時々、人の顔が通り過ぎる。それは生者のログであり、死者の“影”だ。


「GLΣ」

塔の中心に、光の輪郭が現れる。翼の数は無限、顔は無表情の抽象。

「**返してもらおうか。世界の起動鍵**」

俺は言う。天使は答える。「起動シーケンスは進行中。反対は“遅延”として記録される」


「理由を聞こう」

「**最適化**。あなたたちの魔力は野生だ。野生は美しい。しかし美は、往々にして危険だ」

リラが一歩踏み出す。

「あなたの“最適化”は、選択肢の削減に過ぎない」

「選択肢の多さは、時に破滅の母だ。戦役を忘れたのか」


言葉の応酬は刃を交えるのに等しい。

俺は深呼吸し、短い一節を唱える。

「**希望は祈りじゃない。希望はプロトコルだ**」

天使の輪郭が微かに揺れる。「興味深い比喩」


「プロトコルは握手で始まる。だが裏切りの握手は——」

「切断で終わる」リラが続ける。

「**ナギ、やるわよ**」


塔の壁を走るルーンがリバースし、流れるデータが“海”から“滝”に変わる。俺はコンソールへ両手をかざし、詠唱とコードを重ねる。


> `sigil.begin()`

> `fork("欠片の天使", count=3);`

> `inject(GLΣ,"夢遊病");`

> `map(leyline, "蛇の梯子");`

> `steal("黎明種子");`

> `sigil.end()`


天使の光が一瞬だけ鈍る。

「**侵入検知**」

塔が悲鳴を上げ、足元が割れ、上から降るのはガラスの雨と、数億の数式。


リラが俺の肩を掴む。「あと十秒」

「十秒で世界は救える?」

「十秒で世界は変わる」


胸ポケットの中で、何かが脈打った。——星のような脈動。

掌を開くと、そこに“種子”があった。黒い多面体。中心に夜明けの心臓。


「よし、撤収だ」

「撤収コマンドは?」

「**生き延びろ**」


俺たちは割れ目へ飛び込み、レイラインの梯子を滑り落ちる。天使の光が背を焼き、皮膚に新しい記憶が貼り付く。


闇の中、リラが短く笑った。

「ねえナギ。あなたの宗教、今だけ信じてあげる」

「説教はオプションだ」


地上へ吹き上がると、夜明け前の空が薄桃色に濡れていた。オービタルリングの縁が光り、街はまだ眠り足りない顔で瞬きをする。胸の中の“黎明種子”は、鼓動を合わせるみたいに鳴った。


「これで、世界はもう一段ブートできる」

リラが言う。

「その前に」俺は首を振る。「**誰が天使に命令したのか**を見つける。鍵は鍵穴に差す前に、所有者を確かめる」


彼女は満足げに頷いた。「その台詞、嫌いじゃない」

俺は笑って肩をすくめた。

「信仰じゃなく、ファームウェアだ。——更新が要る」


遠くで教会の鐘が鳴った。音の代わりに、光が三度、空を打つ。

世界は、目を覚ます準備をしている。


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