微笑むは仮面の裏で
「私も政略結婚で、貴方と同じような結婚式をしたの」
「そう、だったんですか」
義母はテーブルに置かれていたコップに水を注ぎ入れて、差し出した。私は一杯の水を飲み干して、膝の上でコップの縁を触った。
「結婚式の日、初めて、夫と顔を合わせて。貴方のように到着してすぐ結婚というわけではなかったけれど、顔を合わせた次の日には結婚して。悪い人ではないけれど、自分にも他人にも強すぎた。だから領地を豊かにして、敵国からの侵略からも守られたのかもしれないけれど。若いころは本当に大変だった」
右手で手招きしたため、私は義母の方へ寄った。彼女は手首のボタンを外し、袖をまくった。そして腕に付けられた傷を見せつけた。その傷はうっすらとしているけれど、その部分だけ肉が窪んで、どうにかくっついたような痕が残っている。
「物を投げられて咄嗟に左腕をあげたらこんな風に跡が残ってしまった。縫って、痛くて痛くて大変だったわ」
袖を元に戻しボタンを留めると、また力なく笑った。私のことを怪我をした子犬でも見るように憐れむ視線で見つめている。義母はその左手で私の頭を撫でた。
「私もあなたのように何も知らない少女だった」
「大変な苦労をなさったんですね」
「セラフィナにはそんな苦労させたくないわ」
持っていたコップを取り上げられた。
「子供たちは夫によって厳しくしつけられたの。ジェラールは特にね。他の兄弟に比べて頭が良くて、剣の才能もあったものだから。夫は男尊女卑に対して激しく賛成していた。子供達もその影響を受けているわ。ジェラールは私の前ではとても大人しいけれど、貴方の前でどうなるかなんてわからない」
一度深呼吸をしてから私の方を見た。
「一度家へ帰りなさい。私の方からもヴァロア子爵と上手く話をしてあげるから」
深刻そうな表情で義母はまっすぐと私の瞳を見つめている。
そこまで悪い人だなんて私には思えない。もちろん人間の本性なんてどこに隠れているか分からないし、突然現れることもある。家へ帰ったところで私のいるべき場所は無いだろうし、怒られることもあるかもしれない。それにもうこんな盛大な結婚式と披露宴をやってしまったのに、やっぱりやめますなんて私は言えない。義母はそれを許してくれるようだけれど、これではあまりにもジェラール様が可哀そうに思える。
「あの、妹はどうしてジェラール様と上手くいかなかったのですか?」
「ああ」
彼女は前髪を撫でつけながら、目線をそらした。
「幼かったのよ。それに頭もあまり良く無かったみたいだし。貴方もそうだなんて思ってないわよ。断じて。セラフィナはとても賢そうな顔をしているわ」
多分私もカタリナと同じようにバカだと思われているだろうし、それを私の前では決して、あらわにはしないだろう。この人はそういう人だ。はっきりと人に嫌いとは言わないけれど、そういう雰囲気は出す。嫌いだから離れてねって、遠回りに言っている。
「妹がすみませんでした。こんな唐突なことになってご迷惑をかけて」
「あなたが謝る事じゃないわ。人にはそれぞれ個性があるから。でもジェラールと結婚させるには少し歳が離れすぎていたのかもしれないわね」
ベッドから立ち上がって、ドレスの裾を払った。
「長居してしまったわね。一度帰宅することを考えてみて頂戴。貴方の経歴に傷はつかないでしょうし、もっと良い人と結婚出来るわ」
最後ににっこりと笑って義母は部屋から去っていった。
私は着替えをした後、侍女に連れられ食堂につき、軽い食事をした。食欲は無かったけれど、せっかく作ってもらったのだからと、出来るだけ食べた。まっすぐに長い、長方形のテーブルの横には、いくつもの椅子が置かれ、私一人で食事をするのは変な気分だった。何人もの人と会話しながら、食事を楽しむはずなのだ。
「遅いお食事ね」
ラム肉を食べようと口に運んでいた時、食堂に義姉が入ってきた。ツリ目に、まっすぐとした背筋、にこりともせず眉をひそめている。
私はナプキンで口元を拭いた。
「お義姉様、どうなさったんですか?」
「小腹が空いたから来ただけよ」
「ご一緒にいかがですか?」
黙って私の横を通り過ぎると、私の食べている料理を見つめていた。それから私を見た。
「母が貴方に何か話したと思うわ」
「はい、お気遣いいただいて」
「母もね、貴方みたいな子とジェラールを結婚させたくないのよ。だから実家へ帰らせようとしてるの」
もしかしてこの人、部屋の外で盗み聞きでもしていたのかしら。
「だってそうでしょう?権力も財力もない子爵家。後ろ盾もない。ジェラールと結婚させて何のメリットがあるって言うの?本当に、さっさと帰った方が良いと思うわ。教育もまともに受けていないでしょう?王宮で過ごしていたカタリナならまだ私だって許せたのに。田舎暮らしの、田舎娘に嫁がれたって、足手まといになるだけよ」
きつい視線で私のことを睨みつけた。
「早めに荷物をまとめて帰りなさい。自分に釣り合った相手と結婚するのね。あ、そう言えば、ジェラールは今、職務で二、三日帰ってこないわ」
確かに見かけないとは思ったけれど、誰もそんな話しなかった。
「その間に決めなさいよ。ちょうど私や母たちもその頃帰るところだから」




