危機
王宮の舞踏会というのはあまりにも私には似合わないものだった。知っている人もいない、友達もいない。王宮の貴族の女性とのかかわりがほとんどない私にとって、強い孤独に襲われた。こんなことなら、もっといろんな人と関わるべきだった。と思う反面、中々貴族の女性と関われる状況じゃなかった。
「こんにちは、モンフォール伯爵、夫人」
美しい金髪、青い瞳、玉のような肌、薔薇さえも嫉妬するような真っ赤な唇。優雅にドレスの裾を持ち上げて、お辞儀をしたのは公爵令嬢アデルハイド様だった。
「こんにちは、アデルハイド様。お久しぶりです」
私も丁寧にお辞儀をしたけれど、彼女の視線はジェラール様に注がれている。それは恋心や、愛情なんてものではなく、鷹が小動物を狙うような鋭いもの。可憐な笑顔に隠しているけれど、そういうものがなにやら私は分かるようになってきた。
「カタリナ様の御結婚おめでとうございます。彼女とは王宮で親しくしていましたから、とても嬉しく思っておりますわ。お立場やご人柄が、これほどまでに響き合う方を選ばれるとは、さすがでございますわ」
特にカタリナのことが好きなわけではないけれど、まるで釣り合いが取れた人と結婚できてよかったわね、と言っているようなもの。ちょっとした苛立ちが沸いた。
「きっと幸せになります」
「それはいかがでしょうか」
にっこりと笑ったままアデルハイド様はジェラール様の方を見た。
「父が伯爵とお話ししたいとおっしゃっておりました。二階で」
「わかった」
私もついて行こうと思ったところアデルハイド様が私の前に立ちはだかった。
「現在二階のフロアは男性しか入れませんの。王宮に慣れていらっしゃらないでしょうし、私がご案内いたしますわ」
ジェラール様は振り向いて私を見たけれど、前を向いた。私を置いて離れた。アデルハイド様がジェラール様の腕を掴んでる。きつく心臓が糸で縛られるような苦しさを感じた。左薬指に付けられた指輪をいじりながら、壁にもたれて、ため息を漏らした。
あんなにすがすがしい気持ちだったのに、昨日の夜から変な感じ。私が断ったから?一度断っただけでこんなに変わってしまうの?
晴れやかな大広間に居られる気にならず、人の間を縫って、大広間から出ようとした。でもまた私の胃を炒めるような人がやってきた。
「あらあら、もしかして、セラフィナ?」
目の前に現れたのは義母であった。美しい青色のドレスを着ている。私の結婚式の時より明らかにゴージャスでお金のかかっている。胸元には金糸の刺繍、胸も出ている。首には重そうな宝石のネックレス。髪の毛は髷にして、真っ赤な口紅。
義母に両手を握られ、肩を撫でられた。
「久しぶりね」
私のつま先から胸元までを見て、目を丸くした。
「どうしたの?そのドレスは?貴方、そんなドレスもっていらした?」
「ジェラール様に頂きました」
全く嬉しくなさそうな表情で笑いながら「そぉう」と首を傾げた。それから握っていた私の左手を見て、また目を丸くした。
「これも?」
「はい」
「そうだったのね。良いじゃないの。貴方に合ってるわ。うふふふ」
今すぐ離れてここから逃げてしまいたい。この人と話せる気力なんてない。たぶん今の私の笑顔は引きつっていて、見ていられないほどだと思う。
「そう言えば、子供はまだできないの?」
分厚い氷で頭を強く叩かれたような気がした。本当にこういうことを言われるのね。笑顔を崩さず、視線だけそらした。
「ええ、はい、まだ」
「下世話な話かもしれないけど」
彼女は扇子を口元にやって顔を近づけると、耳打ちした。
「ちゃんとできてる?夜の方は」
涙が溜まって、今にも零れ落ちそうだった。「ぼちぼち」とだけ言った。すると彼女は困ったような表情をして、ますます私の肩を撫でた。
「もしかして、貴方は赤ちゃんができにくい体なのかもしれないわね。貴方がただのジェントリや細々としている貴族の妻ならよかったのでしょうけれど、子供が出来ないとなると。もしできたとしても、男の子が生まれなかったら、ねえ」
黙りこくって、手を握りしめていた。体が熱くなって、音楽や人々のざわめきがガンガン頭の中に響いてくる。涙が零れ落ちない様に唇をきつく結んでいた。
「もしかしたら、貴方の望まない方へ事が進んでしまうかもしれないわね。もしもの話だけどね。アデルハイド嬢がジェラールと結婚したがっているようなのよ」
私は義母の手から離れ、俯いたままでいた。
「すみません。体調が悪いので、少し夜風に当たってきます」
「あらそう、お気をつけてね」
涙をぬぐいながら、大広間から出ると、真っ赤な絨毯の引かれた廊下に立った。ほとんど人はおらず、たまに使用人たちが出入りしていくのが見えるだけ。
どこに行くというわけもなく、ただぼんやりと廊下を歩いていた。
私はもしかしたらあの屋敷から出て行かないといけないかもしれない。当然よね、私はこんなところでうまく立ち回ることもできない。
俯きながら自分の足だけ歩いていた。だから背後に人がいることに全く気付かなかった。腕を掴まれたときやっと気づいた。振り返ると、見たこともない中年の貴族。お腹が出て、ボタンが閉まらずにいる。額がテカテカとして、フーフーと息を吐いている。
「は、離して?」
きつくつかまれ、叫ぼうとしたとき、口に布を無理やり入れられた。




