裏返し
結婚式は本当に盛大だった。さすが侯爵家の息子である。久しぶりに見た両親の羽振りの良さは変わらず、カタリナも周囲に人々がいるせいかとても明るかった。私も、ジェラール様も近づいて挨拶することはしなかった。きっとここへ呼んだのは形式上だろうし、昨日のことがあったから、カタリナの機嫌を損ねると思った。でもクック家の親族とは挨拶が出来た。
夫妻はどちらも穏やかな物腰で、高齢に見えた。クック侯爵の方は現役を引退されているようで髪の毛は真っ白、皴もくっきりと刻まれている。夫人はまるで孫の結婚を祝うような心持をしているように見えた。
「カタリナの姉のセラフィナ・モンフォールと申します」
「あらあら、これはどうもご丁寧に」
侯爵とジェラール様が話している間に、私は夫人に頭を下げた。夫人も丁寧に頭を下げた。
「モンフォール様の領地から王都までは長旅ではなかったのではありませんか?」
「長旅ではありましたが、いろいろ立ち寄りましたので、楽しい旅でございました。それ以上に妹がクック家に嫁ぐことができ、嬉しく思っております。本当にありがとうございます」
夫人は扇子をはためかせながら「オホホホ」と優雅に笑った。表情は平和と純粋さであふれ、嫌な様子なんて全くない。それでも貴族の女性は裏の顔がありそうで怖い。
「私共としてもヴァロア家には感謝しておりますのよ。オリバーは末息子で、他の兄弟に比べて成長も遅かった。結婚できるのかさえ分からず、ずっと心配の種でしたの。その不安がなくなって、心が軽くなりましたわ」
「そうでございましたか。妹をどうぞよろしくお願いいたします」
顔を見ると、意味ありげな表情をして、にっこりと笑っていた。視線をそらし、扇子を開いたり閉じたりしている。
「世間的に結婚という形式であればよろしいのです。カタリナが理想の女性なんて思ってはおりませんよ。ただオリバーが死ぬまで妻としていてくれればそれで」
彼女の視線は他の人々と会話をするオリバーの方へあった。母親たちは皆、どうしてこんな息子を可愛がるのかしら。ふと私と目が合った。見下すような、私を蔑むような視線。
「うふふ、貴方だって似たようなものでしょう?あのモンフォール伯爵が女性を愛すなんてなんだか信じられないもの」
「いいえ、そんなことありません」
一瞬目を丸くして驚いていたけれど、またにっこりと笑った。
「そう」
式が行われる前に、使用人らしき人に呼ばれ準備をしているというカタリナのところへ行った。使用人たちは皆、せわしなく動き回り、挨拶を終えた人々が通り過ぎて行った。部屋についたものの、ノックさえせず入ることをしなかった。壁に背をつけて、聞こえてくる音に耳を澄ませていた。
「どうして?ねえどうして?お父様、どうしてセラフィナが私より良い生活してるの?あの男、冷徹な暴力的な男だったんじゃないの?」
「いや、きっとセラフィナはあの家で苦労しているに違いない」
「いいえ、あいつ、すごく幸せそうな顔してたわ。あの男も、大層セラフィナを愛してるって顔で見つめてた。なんでよ」
部屋中を歩き回る足音。それから何かが床にたたきつけられ割れる音がした。
「それなのにオリバーは、私と合うたびに私の顔色をうかがうばっかり。いつもいつも私が何かしてあげないといけないのよ。あいつが私にしてくれることなんて何一つない。こんなことなら私がジェラールと結婚するんだった。それもこれも全部あの母親のせいよ。ジェラールは殴るとか、怒鳴るとか、無言で何を考えてるか分からないからとか、私を不安にさせる事ばっかり言って、そんなの結婚したくなくなるに決まってるでしょう」
声色はどんどんヒステリックになっていき、甲高く部屋の中に響いていた。両親の声は何一つ聞こえてこない。
「なんであいつばっかり幸せになるわけ?意味わかんない。私はあいつより努力して、必死に生きてきたのに報われないわけ?何もしてない努力もしてないセラフィナは何でも上手くいってるのに」
今度はしゃくりあげるような声色になり、泣きだしているようだった。
「もういやよ。私ばっかり不運だわ。誰も私のことを好きになってくれないし、誰も私に嫌な顔を向ける。意味わからない」
壁から離れ、その場から立ち去った。カタリナが今までどんな人間関係でどんな生活をしてきたなんてわからないけれど、彼女は不満ばかり。きっとあの子は人生において目に見える事だけじゃないということが分からないと、きっとあの子自身どんな富に恵まれても幸せになれないのでしょうね。
教会で見た父と母は私を見るなり、目をそらして挨拶さえしようとしなかった。もう私は絶縁されたも同然なのかもしれない。私にはもうジェラール様しかいらっしゃらないのかもしれないわね。
それにしても、隣に立つジェラール様は今までにないほど落ち込んでいる。表情は変わっていないけれど、結婚式だというのに陰鬱な雰囲気を纏っている。朝からまともに私と会話していないし、何かと理由をつけて、私のそばから離れていく。
腹の奥がモヤモヤとする。




