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雷のような衝撃

 両親は、まだ幼い妹を連れて、王都へと出て行ったきり帰ってこなかった。帰ってくるのは夏の一か月だけ。帰宅してきたときの私は三人にとって家族ではない。避暑の為にやってきた同居人のように扱われていた。両親さえも、私のことを他のどこかからもらって来た子供のように接するのだ。特に妹は私を使用人か何かのように思っていたのだと思う。彼女が話しかけるのはいつも何か持ってきてほしい時、お願いしたいときだけ。


 妹は生まれつき病弱で、わずかな幼少期の記憶では、熱を出し、鼻水をたらしていた。成長するにつれて、だんだんと両親には不安が募っていき、田舎の医者には治せないからと、両親は妹を連れて王都へ行った。王都になら良いお医者様がいて、良い設備があって、きっと健康になるはずだからと。


 すぐに帰ってくるはずだった。何年も帰ってこないようになったのは、子爵であった父が思いがけず、王宮にてとても良い仕事をもらうことができたからだ。


 公爵の元で秘書として働かないかと言われたのだ。秘書と言っても雑用係のようなものだったと思う。運のいいことに母も王宮にて王妃のお付きとして働かせてもらえることとなった。母は元々王都に住んでいたために、喜んでいたのだと思う。


 ヴァロア家は貴族ながら、とても裕福とは言えなかった。妹の健康を守るためにはお金も必要だ。だから父と母と妹は、三人で王都へ住むこととなった。


 今なら私は、考えることができる。おかしいのではないか?と


 普通なら、私も王都へ呼び寄せて、四人で王都で暮らすはずである。しかし両親は三人で暮らすことを望んだ。言い訳としてはこうだ。四人で暮らすほどのお金がない。妹の薬代だけでバカにならない。だから私には田舎の屋敷に残っていてくれと。それに誰か人がいた方が良いからと。誰もいない屋敷は廃れてしまうし、近くに住む祖父母も悲しむからと。


 私は不幸ではなかったし、これが悪い仕打ちだとは思わない。なにせちいさかったからそれに憎しみを持つほどに悪い気を持っていなかった。


 年々夏にやってくる三人の姿は羽振りが良くなっていた。妹は高価な指輪を持っていたし、ネックレスも、ドレスはオーダーメイドだった。だから彼女が私を見た時、彼女はまるで使用人でも見るかのような目で私を見た。私にもそれなりのお金が振り込まれているはずだった。でもそのお金は親の代わりに私を育てていたマーサが使っていたようだ。


 マーサを責めていないし、妹に嫉妬するわけでもない。マーサの家は貧しく、子供の為に使っていたようだった。妹についてもここまで言えない。妹からしたら使えるお金を使って何が悪いという話だ。買い与えたのは父だろうし、母だって傍にいる娘がかわいいのは仕方がない。


 ただ、少し私の運が悪かったというだけなのだ。私よりひどい生活をしている人はいるし、孤独な人だっている。マーサはお金をくすねていたけれど、私をとても大切にしてくれた。実の娘のように育ててくれた。だからそれはマーサへの給料のようなものだった。


 両親の妹びいきは歳を重ねるにつれて増していき、だんだんと私は本当に両親から生まれたわけじゃないのかもしれないと思い始めた。

 

 私はどこかからもらわれてきたのではないか。不安に駆られていたけれど、祖父母も叔父も母から私を取り上げたのを見ていた。みんなは私の出産は安産で、すごく平和だったことを話した。祖母はその時のへその緒を木箱に大切にしまっていた。まぎれもなく私は母と父の子であった。誰に聞いても、私が母から生まれたのだと証言した。取り上げ婆さんもそう言った。


 その現実は私を喜ばせることはなかった。それよりいっそ、もらってきた子ならこの状況を飲み込めたのにと。


 妹は成長し王宮の学習サロンで王族や貴族と一緒に勉強し教養を習った。王宮の大広間で近しい歳の男の子とワルツを踊り、紅茶を飲みながら詩集を音読する。私の場合は週に一度、教師が隣町からやってきて、私に様々な教養を叩きこんで、課題を渡されて一週間一人で勉強する。


 正しい紅茶の飲み方、食事の仕方、ワルツの踊り方。何かしら間違うと鞭で手のひらを叩かれた。例えば食事の仕方が違う。


「両手を出しなさい」


 そう言われて両手の平を出すと、馬用の鞭で叩かれる。だから教師がやってくる毎週土曜日が、一番嫌いだった。間違えない様に何度も思い出して、練習する。


 町には二代前の伯爵が趣味で建てた図書館があり、暇があればずっと図書館に居続けた。図書館が私の第二の家と言っても過言ではない。マーサは買い物で町へ降りる際、大人しい私を図書館へ預けた。私は字を読むのが早かったし、司書のお爺さんは優しかったし、いろんな人と仲良くなれた。人は優しかった。


 長年通い続ける中、図書館では一度だけ不思議な体験をした。あの時のことを私は一生忘れないだろうし、忘れることができないと思う。それほどに衝撃的で幼い自分に深い影を落とした。


 夏の日、三人が帰ってきていた。カタリナに家を追い出されて、図書館に一人でやってきた。いつもならマーサとやってくるから司書のお爺さんが驚いていた。すぐに家に帰そうとしたけれど、ぐずった私を見て夕方までならと置いてくれた。その日はいつもは見かけない少年がいた。後ろを刈り上げた黒髪で、その歳にしてはかなりガタイが良かったと思う。小麦色の肌をして、こちらを見た瞳は冬のうっすらとした空のような、青い瞳を初めて見た。


 当時の私はすぐに彼が貴族か、お金持ちということが分かった。服はシミ一つなかったし、耳に高そうな宝石のピアスをつけていたから。でも靴は長く履かれているような気がした。泥がついていたし、踵がすり減っていた。


「こんにちは」


 彼は目を細めると、読んでいた本へ視線をうつした。私はそれ以上は何も言わずに、彼の近くにあった本棚に置かれている本に手を伸ばした。いつもは下に置かれているのに、誰かが上へ置いたらしかった。するとその少年が黙って私が手を伸ばしていた本を取って私に渡した。


「ありがとう」


 なにも返事をせずまた読書に戻った。私もその本を持って、司書のお爺さんのところへ行った。分からないことは教えてもらっているのだ。とても静かに本を読んでいたのだが、その穏やかで優しい静けさを突き破るようにして、図書館の外へ馬車が止った。私が今まで見たことがないぐらいの騎士の大群。


「あれ、何かしら!」


 興奮気味に窓の外を見る私を、お爺さんは部屋の隅においやった。お爺さんは怯えているようだった。やってきたのは巨体の騎士団長のような人であった。通り過ぎる時立派な顎鬚があり、軍服の胸元にはたくさんの勲章がひしめき輝いている。


「こんなところで何をしている」


 男が向かったのはあの少年の元だった。少年は男の方を見ると本を閉じた。ジッと見つめ返した。


「本を読んでいました」

「こんな田舎の図書館に何があると思ってるんだ?教会や王宮から排除された禁書か、またはくだらない架空の話だ」

「何を読もうと貴方には関係無いことです」


 男の右手が挙げられたかと思ったら、勢いよく頭を殴られ床に倒れこんだ。私は目を丸くして、時間が止ったかのようだった。大きな男がまだ幼い子供に加減もせずに手を上げたのなんて初めて見た。恐怖で体がすくんで、お爺さんのしわだらけの手をひたすらに握っていた。心臓が口から出てきてしまいそうだった。


 少年の腕を掴んで引きずるように、図書館から出て行った。

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