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とある魔女のエピローグ


 カツカツとヒールを鳴らし、大理石の回廊を進む。

 腕に抱える書物の数はその忙しさを物語った。


「エーデルシュタイン卿、午後からの会議ですが陛下も出席されるとの連絡です」


「分かりました。では、サンプルの薬草を追加で。陛下にも実物見て貰った方が早いわ」


「承知しました」


 部下の魔法使いとやり取りしながら、分刻みのスケジュールを熟して行く。

 予期せぬラプンツェルと王子の出会いから三年―――、悪役の魔女であったテルーは宮廷魔法使いとして多忙な日々を送っていた。

 物語通りならラプンツェルが王子の傷を治した時点で表舞台からフェードアウトする筈だが、彼女の退場をヴォルフレンが断じて許さなかった。

 表向き王子の非礼の詫びと称して王宮に呼び立てた彼は、半ば強引に宮廷魔法使いへと彼女を推薦。

 万年人手不足な部署の為あれよあれよと就職が決まり、気付けばそれなりの役職も与えられ、宝石を意味するエーデルシュタインと言う姓まで与えられた次第である。

 そして現在、十八歳となったラプンツェルは大公であるヴォルフレンが後見人となってくれたことで王子との婚約を無事に果たし、未来の王妃として妃教育に明け暮れている。

 あちらも忙しそうではあるが元より好奇心旺盛で勉強が好きだった事が幸いし、順調に過ごしている。

 近頃は貴族の友達も出来て、ピアノのレッスンや王子とのダンスの練習に熱を上げている。


「流石に四十路には連勤はきついわ…」


 御前会議を済ませて特性栄養剤の小瓶を呷りつつ、書斎で残る仕事を休憩返上で捌いていく。

 自分では人並だと思っていた治癒魔法だが、宮廷からすればかなり質が高かったらしく、近頃は各地から魔法薬供給の催促が激しい。

 お陰で魔力回復や魔力量の増幅に役立つ希少な薬草が手に入りやすくなったが、その分、研究成果を出さねばならず責任重大に―――。

 加えて、ヴォルフレンに仕事の愚痴がてらに提案した公共教育機関――、義務教育学校の設立の話がトントン拍子で進んで、その仕事も並行している状態である。


「…大公のお気に入りも楽じゃないわ……」


 思わず愚痴を零し、息抜きがてらにガラス戸を開き、見事な庭園を一望するテラスへ。

 責任者に任命されたり学校設立の言い出しっぺな手前、中途半端な仕事は出来ないが、抱える案件が多過ぎると溜息を零した。


「…お疲れかな?」


 その声と同時に包まれるように抱き締められる。

 振り返れば、王弟たる様相のヴォルフレンの姿があった。

 王宮内では騎士の制服を脱ぐ為、近頃はこれが彼の姿である。


「愛しの魔女に構う暇がおありなら、学校建設の件だけでも代わってくださらない?」


 嫌味たっぷりに言葉を返しつつ、その頬へと挨拶代わりに口付ける。

 元より彼の推薦で王宮入りした為、貴族達からのやっかみは相当だった。

 持ち前のオバハン根性と甲斐性で乗り切っているが、仕事関係で少なからず顔を出す羽目になっている夜会では、当然の如くヴォルフレンとパートナーを組む羽目となり、大公妃の座を狙う女達からは目の敵にされている。

 全くのストレス社会だ。


「君には苦労を掛けるね…」


「今更…。元より覚悟の上よ」


 そうは返すも、これまでの素朴で平穏な日々を打ち壊された事は根に持っている。

 彼の口利きで元居た村には自身の代わりとなる医者や薬師が定期的に派遣され、村人の生活は保たれているがテルーが王宮勤めとなった事を寂しがる声も多い。


「ところで、近衛騎士団長たる大公様がこんな所で油を売ってて良いのかしら?ララ達の結婚式の事で忙しいんじゃないの?警備のあれこれとか王室の仕来りとか」


 室内へと戻り、テーブルに置いてあったお菓子を小腹満たしに口へと放り込む。


「部下達が優秀なものでね。まだそこまで…」


 不敵に微笑み、彼はソファへと腰掛けながら返答。

 余裕たっぷりなその表情にテルーは呆れたように肩を竦めた。

 大方、部下に仕事をぶん投げて来たのだろう。

 近頃、副官達が多忙さに明らかに窶れていて、密かに栄養剤を貰いに来ているのは知っている。

 これではどちらが物語の悪役か分かったものではない。


「流石は大公様。こき使えるだけの部下の方が居て羨ましいわ」


 皮肉を込め、焼き菓子をその口へと押し込む。

 刹那、唇に触れた指先を掴み取った彼は、ぐいっとテルーを隣へと引き寄せた。


「ちょっと?私も忙しいのですが?」


 何やら甘い視線を送る彼に、照れ隠しで忠告。

 すると彼は小さく溜息を吐いて、改まったように真剣な目をして胸ポケットへと手を差し入れた。


「テルー…、君に渡したいものがあるんだ」


 その言葉と共に差し出された物に彼女は目を剥いた。

 それはかつて自分が肌見放さず身に着けていた結婚指輪にそっくりな銀の指輪だった。


「この世界はまだ発展途上だから、同じものを作らせるのに苦労してしまった…。すっかり遅くなったね」


 そんな詫びの言葉に彼女は息を呑み、そして熱い涙が溢れ出した。


「まさかっ…、貴方、怜なの?」


「やっと気付いてくれたね」


 溜息混じりに微笑みながら、ヴォルフレンはその手を取り、薬指へと指輪を差し入れる。


「一体いつから…!」


「月夜の時…、前から断片的には思い出していたんだが、君が前世の名前を呟いてくれた事で確信した」


 そう告げ、指輪の輝く手の甲へとヴォルフレンは口付けを落とした。


「茉莉、また出会えて嬉しいよ…。今までララを育ててくれて、本当にありがとう…」


 感謝の言葉に我慢できずに嗚咽が溢れた。

 もう会えないと―――、心の隅で諦めていた前世の夫と再会していた事に様々な想いが溢れた。


「結婚しよう。今度こそ君がお婆ちゃんになるまで護るから…」


 感激のあまり泣き崩れる彼女を抱き締め、ヴォルフレンはかつての自分が誓った言葉を告げた。

 忘れる筈が無かった。

 喜びに溢れた涙を懸命に拭い、テルーは精一杯の笑顔を浮かべた。


「貴方こそ…!お爺ちゃんになるまで一緒に居てくれなきゃ嫌よっ?」


 それもかつて交わした約束だった。


「勿論。ずっと一緒だ」


 そう頷き、彼は再びの誓いを立てるように涙に濡れる頬を撫でる。

 その温もりを噛み締め、契りを交わすようにテルーは寄せられた唇へと熱い口吻を交わした。


「全く…、やっと告白した」


 呆れたようなそんな声に、テルーとヴォルフレンは飛び上がるほどに驚いた。

 部屋の扉の前、小恥ずかしそうに剝れたラプンツェルがいつの間にか入って来ていた。


「本っ当にお母さんは鈍いんだから…!()()()()も、とっととはっきり言わないからよ?三年も経っちゃったじゃない!」


 腕組みで文句を垂れつつ、彼女は憤慨した様子で溜息。

 その口振りにテルーは俄に赤面し、ヴォルフレンも魂消た顔を見せた。


「ララ、貴女まさか…?」


「とっくに気付いてました…!王宮の皆さんから二人の馴れ初めは聞いてたし、王子(フリッツ)からもお父さんの昔の記憶の話を聞いてたし…!」


 怒り混じりに言いつつ、ツカツカと歩み寄る。

 そして飛び付くようにラプンツェルは二人に抱き着いた。


「やっと家族三人に戻れたわ…!結婚式では絶対に新婦両親の席に座ってよね!あとお父さんはバージンロードも一緒に歩くこと!」


 待たされ過ぎて不貞腐れる娘の要望に、二人は堪らず苦笑い。

 すぐさま勿論だと笑顔で答え、互いに目一杯抱き合いながら家族三人揃っての再会を噛み締めた。


 ***


 そうして、それから暫く後―――。

 沢山の人々からの祝福を受けながら、ラプンツェルは愛する王子とそれはそれは盛大な結婚式を挙げた。

 その場には約束通り、新婦の母としてテルーも出席し、父としてヴォルフレンも娘とのバージンロードを歩んだ。

 そんな幸せ一色の結婚式から一年後、テルーとヴォルフレンも小さいながらに自分達の式を挙げた。

 二人とも本当は挙げるつもりはなかったが、王子とラプンツェル、更には国王夫妻に近衛騎士団の皆からと周囲の強い願いに促された。

 ラプンツェルの時と同様、皆が救国の英雄と善き魔女の結婚を祝福し、テルーは晴れて大公妃となり、恐縮ながらに王室入りを果たした。

 そして、更にそれから半年後――、ラプンツェルはシナリオ通りに王子との間に双子を授かった。

 産まれてきたのは二人に良く似た金の髪の可愛らしい王子と王女だった。

 テルーは祖母として、二人の孫を大層可愛がった。

 時には宮廷魔法使いの偉大な先生となり、彼女の教えを聞いて育った孫達はその後、国の歴史に名を残す偉大な名君として王国を大きく発展させた。


 ――英雄に愛され、百年もの生涯に渡って家族を愛した心優しき善良なる魔法使い――


 そんな言葉が今、夫の棺と隣り合って永遠の眠りについた彼女の墓標には刻まれている。

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