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髪洗い


 結局、ヴォルフレンが持って来たお礼の品は全て有り難く頂戴した。

 そうと言うのも食べ盛りな娘がいる為、日持ちする燻製肉は大変有り難く、そろそろラプンツェルに新しい服を仕立てるに布地も必要になっていた。

 毛皮に至っては冬場、喉から手が出るほどに欲しかった品である。


「閣下ったら、律儀なんだから…」


 早速頂いた布地を裁断してラプンツェルの新しい服を繕いつつ、テルーは困ったように肩を竦める。

 貧しくはないが裕福でもない母子二人の暮らしには勿体無いほど良い布で、その量は二人合わせても二着は余裕で作れるほどだった。


「ねえ、お母さん。もしかしたら大公様、お母さんに恋をされてるんじゃない?」


 戸棚に入るよう燻製肉をナイフで切り分けつつ、ラプンツェルは意味深に笑みを浮かべる。

 そんな娘の予想にテルーは堪らず吹き出して声を上げての大笑い。

 救国の英雄が一介の魔女――、しかも悪役に恋など、それこそロマンス小説である。


「まさか!貴女、御伽噺の読み過ぎ!唯の親切よ…!女二人暮らしと知って情けを掛けてくださってるのよ」


「え〜?そうかなぁ?」


 笑い飛ばす母にラプンツェルは何だか剥れ顔。

 そんな事無いと言いたげな目は、全く以て夢見る乙女である。


「でもまあ、悪い気はしないけれどねぇ」


 素直な感想を述べつつ、テルーは仮縫いの終わった娘の衣装を広げる。

 品のあるラベンダー色の絹衣はラプンツェルの金の髪によく似合った。


「それにしてもお母さん…、まさかその服で大公様に会ってたの?」


 不意にこちらを見て、娘は呆れ顔。

 確かにあちこち当て布補強でツギハギだらけ。

 お世辞にも綺麗な服とは言えないが、持っている服の中で一番マシなのがこれである。

 文化的だったかつての世界とは違い、今生きているこの世界では衣類品はかなり貴重だ。

 持ち前の魔法で衛生的には出来ていたし、村ではこの程度の粗末な服装は当たり前だったので特に気に留めていなかった。


「お母さん、次に大公様に会う時は新しく繕った服着てなね…、私が恥ずかしい」


 冷めた目でそう言う娘に、テルーはニヤリと笑った。


「お?思春期発言かな?いっちょ前に来たようで」


「一般的な意見だっての!いちいち思春期、反抗期と言わないで!腹立つ!」


 くわっと怒る娘に彼女は更に誂うようにニヤニヤ。

 前世と違い、母と娘の質素な生活では我儘はあまり言えない状況である。

 少なからず気を使わせていると思ったが、それなりに伸び伸びと成長していると感じて嬉しくなった。


「よしよし、ちゃんと大人の階段登ってるねぇ!」


「うっさい!鬱陶しい!」


 縫い物を放り出し、おかん全開で娘に抱き付くもラプンツェルも思春期全開で全力拒否。

 やいのやいのと絡み付き、照れ隠しに嫌がられながらその晩は賑やかに更けて行った。


 ***



 翌々日、衣服の件から発展してラプンツェルの髪洗いを決行した。

 魔法で清潔さは保てるとは言え、偶にはちゃんと洗いたいし、この日は気持ちの良い晴天。

 気温も高いので、水浴びと洗濯を兼ねることにした。

 塔より程近い川の畔、お互い肌着一枚のみでシーツや着ていた服を豪快に洗い、それを乾かしている間に二人で入水。

 キャッキャッとはしゃぎながら、自家製の石鹸で異様に長い髪を洗い流した。


「ララの髪は本当に綺麗ね…」


 年季の入った櫛で梳きつつ、金糸のような髪を愛でる。

 手間ではあるが、これも親子のスキンシップだ。

 髪を梳かしながらあれこれお喋りをして、どんな喧嘩も悩みも解決してきた。


「私はお母さんみたいな黒が良かった!」


 垢擦りで腕を洗いながら、ラプンツェルは何処か不満げ。


「あら、嬉しいこと言うじゃない?」


 金の髪から水気を絞り、テルーは悪戯な笑顔を見せる。

 最後に折角洗った髪が汚れないよう、特性の長いタオルで巻き上げていた時だった。


「ねぇ、お母さん…」


「ん〜?」


「私、お母さんの本当の子供じゃないんでしょ?」


 あまりにも唐突だった。

 思わず彼女は手を止め、言葉を失った。


「前から髪の色とか顔立ちとか似てないから変だとは思ってたんだけど…、この前の大公様との話をちょっと聞いちゃって…。それからお母さんの日記も読んだ」


 自嘲気味に肩を竦め、ラプンツェルは困ったように哀しく笑みを零す。

 テルーは戦慄した。

 写真がまだ無いこの世界で娘との思い出を遺しておきたくて、長年綴っていた日記があった。

 時には下手なりに絵を描いたりしながら、いつか王子と結ばれて彼女が手元を離れた時、自身が淋しくならないようにと―――…。


「ど、何処から…」


「全部…。私を引き取った日の事から全部読んだ」


 その返事に、絶望さえ覚えた。

 日記の一部には覚書きとして前世の記憶のことも、この世界が童話の世界であることも書き記していた。

 なんてことだ―――。

 その全てを知られてしまった。


「あのね…、実は私にも昔の記憶があるの」


 震える手を握り、ラプンツェルは落ち着けるように告げた。

 呆気に取られるテルーに、彼女は小さく溜息を吐くように深呼吸。

 微かに握った手に力を込めた。


「この世界じゃない別の場所で生まれて、お父さんとお母さんに凄く愛されて…、けど旅行の帰りに事故に遭って…、傷だらけのお母さんに抱き締められて…それで死んだのを憶えてるの」


 淡々と、しかし恐怖を滲ませながら、ラプンツェルはそう告白した。

 間違いなく娘の前世の記憶だった。


「ララっ…」


 堪らず娘を抱き寄せた。

 あんな記憶を憶えていたことに―――、今世では自分が本当の娘ではないと知りながらも、一人そんな大きな秘密を二つも抱えて耐えていたことに胸が苦しくなった。


「お母さん…、お母さんは私の本当のお母さんだよ?血の繋がりなんか今は無くても、魂は…心はお母さんの娘だから…っ…」


 涙に震える肩を抱き返し、ラプンツェルも涙を滲ませる。

 小鳥の囀りと川のせせらぎが木霊する中、母と娘は魂の再会を果たした。

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