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治癒魔法


 ドタバタと役場の応接間を借り、折れていると思われる脚を見せてもらった。

 予想通り、酷く腫れ上がった脚は痛々しく赤黒くなっていた。


「…使っちゃった方が早いわね…っ…」


 そう呟きながら状態の悪さに眉を顰める。

 断りを入れた上で患部に触れ、微かに彼が顔を歪める中、掌に意識を集中。

 魔力を込めて俄に光り出したその手に、見守っていた騎士達はどよめいた。


「治癒魔法が使えるのかっ?」


 瞬く間に痛みも腫れも引いた脚とテルーの顔を交互に見ながら、大公は呆気に取られた。

 この世界において魔法は至ってありふれたものだが、治癒魔法の使い手に関しては現在、この国では極端に少ない。

 そうと言うのも大公が活躍した先の戦争にて国中から大量招集されたものの、その多くが戦死した為である。


「使えると言っても、一日の使用回数に限界があるので…っ…」


 そう答えようとした瞬間、フラリと体が傾いた。

 咄嗟に手を差し出した大公に抱き止められ、事無きを得たが己の力の不安定さにテルーは歯噛みした。


「すみませんっ…、この魔法を複数回使うと…、酷く草臥れてしまうんです…」


 頭を押さえ、疲労の色を見せる。

 大公のみならず騎士達が心配を寄せる中、コンコンと扉が鳴った。

 開いた扉に目を向ければ、差し入れの茶菓子を持ってきた村長だった。


「あれあれ、また魔力切れで潰れちゃっかい?テルーさんも歳だねぇ」


「ちょっとそれ言わないでよ。若くないのは認めるけど、まだギリギリ三十路!それに魔力量が少ないのは元からよ?」


 憎まれ口を叩かれつつ、自覚する己の魔力の少なさに苦笑い。

 治癒の魔法は得意だが、それに反して魔力量が極端に少ないのが魔女テルーの難点。

 これが戦地招集を免れた理由でもある。

 これでも長年の鍛錬でマシになった方なのだから困ったものだ。

 赤ん坊だったラプンツェルが食べてしまった薬草も、元は自分に使うために遠出してまで手に入れた物だった。


「テルーさんは薬師としての腕が良くてねぇ!儂のギックリ腰もあっという間じゃったわ…!」


「村長?だからって、また無理しちゃ駄目ですからね?次やったら苦ぁい薬しか出しませんから…!」


「ハッハッハ!怖や怖や!」


 世話焼き小母ちゃん全開な会話を繰り広げつつ、落ち着いてきた体調に不安定ながら腰を上げた。

 そろそろ買い物を始めないと帰りが遅くなる。


「あの、無理をされては…」


 支えるようにテルーの背へと手を充てがい、大公は酷く心配の色を見せる。

 数ある武功に加えて王弟で国家の英雄と聞いていたものだから、てっきり冷徹でご貴族らしく傲慢な人かと思っていたが、何とも物腰柔らかで気さくな方である。


「この程度は日常茶飯事ですから。それに買い物がこれからで…」


 窓の外を一瞥し、彼女は先を急いでいることを示唆。

 そんな彼女に大公は困ったように笑って、紳士的な手付きでテルーの手を取った。


「では後日、改めてお礼をさせては頂けませんか?これほどの恩を返さぬ訳には参りません」


「そんな…、通りすがりのお節介ですから…!」


 そう断ったが、直後ハッとした。

 これは破滅回避のチャンスだと思った。


「あの…、もし一つお願い出来るのでしたら、王子様の狩りの時、森の小川の畔にある古い塔には近付かないで頂けますか?薬草園を辺り一帯に作っていて、塔には娘もいるものですから…、その、流れ矢が心配で…」


 そっと繋がれた手を解き、両手を合わせて懇願。

 彼女の事情に大公は快く願いを承諾し、王子や護衛にも強く言っておく事を約束してくれた。


 ***



 何だかんだで結局その後、大公や騎士団には買い物に付き合って貰ってしまった。

 お陰で早々に必要なものを買い求める事が出来たし、前の家から必要な物も回収出来たが―――。


「あの、本当にここまでで大丈夫ですから…」


 白馬の背に揺られつつ、テルーは恐縮した。

 中々の荷物となった事を受け、大公は森の塔まで送ると言って聞かなかった。

 渋々王都への分かれ道までの同行をお願いしたが、結局言い包められて塔の目前まで送ってもらった次第である。


「おお、これは見事な…」


 整然と作られた薬草園と見上げるほどに高い塔に大公は目を見張った。

 よく管理が行き届いていて、季節柄もあり、まるで楽園の花園である。


「これだけの管理を貴女と娘さんだけで?」


「ええ。いくつか魔法の心得があるので女手だけでも事足りているんです。まあ、しょっちゅう鹿に薬草を食べられるので、それが難点ではありますが…」


「ハハッ、では次の狩りでは沢山鹿を退治をせねばなりませんな」


「フフッ、懲らしめて頂けると幸いです」


 他愛も無く談笑しつつ馬の背から降りた彼女は、付き添いの騎士から荷物を受け取った。


「狩りの日程が決まりましたら、手紙で連絡します」


「分かりました。大公様、騎士団の皆様、ここまで送って頂きまして本当にありがとうございます」


 頷いて改めて深く頭を下げる彼女に大公は刹那、名残惜しそうな顔をするや不意に愛馬の背から飛び降りた。

 そして別れの挨拶とばかりにその手を取り、紳士的に手の甲へと口付けを落とした。


「私のことはどうかヴォルフレンと呼んでください。友好の証です…」


 何処か照れくさそうに微笑みながら大公は告げ、お茶目なその願いにテルーはクスリと笑った。

 どうやらお節介が過ぎて、恐ろしい筈の狼に懐かれてしまったらしい。


「大公様とお友達になれるなんて光栄だわ…!私のことも気軽にテルーとお呼びくださいな。ヴォルフレン様…!」


 無邪気にそう返した彼女に、大公――改めてヴォルフレンは更に照れ笑い。

 まるで初心な少年のような何とも愛らしい御仁である。


「ありがとうございました〜!」


 暮れ行く空の下、彼等の背が森の木陰に見えなくなるまで彼女は手を振り続けた。

 情けは人の為ならず。

 今日は中々の徳を積んだと満足しつつ、重い荷物を担いでテルーは機嫌良く塔の上の娘へと帰宅を告げた。


 ***



 それから三日ほどして村人から手紙を受け取った。

 差出人はやはりヴォルフレンで、明後日にも王子達が狩りに来ることが書かれていた。


「お母さん誰から?」


 昼餉のサンドイッチを食べながらひょっこり顔を出して、ラプンツェルは小首を傾げる。


「この前話した大公様から。近く王子様達が狩りに来るから流れ矢に気を付けてくださいねって。明後日は家の中で内職決定ね」


「王子様かぁ…!会ってみたいなぁ…!」


 途端に目を輝かせ、恋に恋する乙女なラプンツェルはくるくるとその場で回転。

 ロマンス小説の読み過ぎで王子との夢を見る娘に、テルーは溜息を零した。


「狩りのお邪魔になるからダァメ!矢が飛んできたら怪我するわよ?」


「この髪があるから平気だもん!」


 そう言って彼女は気取りながらサラリと髪を揺らす。

 つい昨日、ふとした拍子にラプンツェルの髪に治癒の力がある事が発覚した。

 物語にもそう言う描写があるものがあったので驚きはしなかったが、自分にも治癒魔法が使えると分かった途端、持ち前の好奇心が爆発。

 無茶が過ぎるので、諌めるのが大変である。


「はいはい!取り敢えず、午後は木苺と薬草の収穫よ!手伝って!」


 気を取り直し、テルーは次の仕事の支度を急ぐ。

 ラプンツェルは不貞腐れながらも畑仕事に向けて着替えを急いだ。

 来訪は明後日と言うが、雲行きからして明日は雨だ。

 明後日の巣籠りに向けて、今日中にやる事をやってしまわないといけなかった。

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