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迷い馬


 いよいよラプンツェルとの生活も十五年目となった。

 伸びに伸びた金の髪は二十五メートルを優に超え、塔からの上り下りは物語通り彼女の髪が役に立った。


「あら、また髪飾り作ったの?」


 綺麗な三つ編みに新たに増えた髪飾りにテルーはにっこり。

 近頃のラプンツェルは手芸にハマっていて、布の切れ端やリボンを上手に使って花や蝶の飾りを作っている。


「どう?」


 小首を傾げてお茶目に感想を伺う娘に思わずキュンとした。


「素敵、お洒落、可愛い…!」


 褒めちぎって目一杯にハグ。

 全く可愛くて堪らない。

 否定はしないが親バカである。


「それじゃ、留守番宜しくね〜!」


 長い髪をロープ代わりに、いつものように塔の下へと下ろして貰い、テルーは満面の笑顔で見送る娘へと手を振る。

 季節は初夏に差し掛かっているが、ここ二、三日の夜間の冷え込みが酷く、ラプンツェルが鼻を垂らすようになった。

 今のところ軽症だが、これ以上悪化させない為、精の付く物を買って来ようとの思い立ちである。

 ちなみに幸いと言ってはだが、五年前にラプンツェルの本当の両親が村を去った。

 どうやら懇意にしていた村人達が、テルーを森の塔に追い遣ったとして夫婦を除け者にしたらしく、居心地が悪くなって夜逃げも同然で出て行ったらしい。

 噂では、出ていくまで旦那は相変わらず彼女が住んでいた家に空き巣に入っていたらしく、それも村人の顰蹙を買った模様である。

 今でも薬の受け取り序でに村の人達が訪ねてきてくれるが、夫婦が居なくなったお陰でテルーも気兼ねなく村に足を運べるようになった。


(取り敢えず、お肉と香辛料を買わなきゃね…)


 メモ書きを確認しつつ、元気に年季の入った鞄を背負う。

 村までは徒歩で片道三十分の道程で、運動には持って来いだ。

 魔女とは言え、老化現象は普通の人間と変わらず、今世でも三十路を迎えた体はあちこちガタが来始めている。

 中世ヨーロッパに似ているこの世界では寿命は六十歳程度。

 今が人生の折り返し地点と言える。


(そう言えば、そろそろラプンツェルが王子と出会う頃ね…、ちゃんと教えたけれど念押ししておかないと…)


 はたとこれからのシナリオを思い出し、注意せねばと腕を組んだ。

 いくつかあるラプンツェルの物語だが、原作に近いものではラプンツェルは出会ったばかりの王子にされるがまま貞操を奪われ、その挙げ句に双子を妊娠してしまうという衝撃的な内容があった。

 物語通りなら無事に出産するが、ここは現実である。

 前世でお産は命懸けだと身に沁みているテルーは、娘には無駄な苦労や怖い思いはさせたくないと前世からの知識をフル活用して性教育には力を入れた。

 ――まあ、その反動で近頃はロマンス小説にご執心で、異性への興味が尋常ではないのだが…。

 思春期特有のものとして温かく見守っている次第である。


「…ふぅ、ちょっと休憩!」


 坂道を登り切り、一休みにと木陰に腰を下ろす。

 暑さが厳しくなってきた所為か少し草臥れた。

 持ってきた水筒で喉を潤し、ビスケットで小腹を満たした。


「さて…」


 五分程度の一休みの後、よっこいせと腰を上げた時だった。

 パカパカと蹄の音がして振り返り、目を丸くした。

 輝くような白さを纏った白馬が真っ直ぐに歩み寄って来る。

 駆体が大きくて少し身を引きながらも、助けを求めるように擦り寄ってきた馬を優しく撫でた。

 優しくも困ったような瞳にどうしたのかと思っていたが、後ろ脚に酷く血が滲んでいるのに気付いて事情を察した。


「茨に引っ掛けたのね…。今、治してあげるわ」


 そう囁き、そっと傷へと手を翳した。

 途端に光を帯びた掌に力を集中。

 暫しの後、綺麗に塞がった傷を確かめて安堵の溜息を零した。


「お馬さん、御主人様は?」


 着けたままの装具を確認しつつ悪戯に訊ねた。

 刻まれた紋章から王侯貴族を守護する近衛騎士団の馬だと分かった。

 王都はここからそう遠くはないし、村に居た頃は時たま騎士団や貴族が道中の休憩に来たりもしてたので驚きはしなかった。

 すると馬は指し示すように先の村を見つめ、付いて来てとばかりに手綱を揺らした。


「あら、お利口さん。じゃあ、一緒に行きましょうか」


 お伽噺らしい展開と思いつつもそう言って笑顔を零し、テルーはゆっくりと手綱を引いた。


 ***



 村に着くと案の定、ざわざわと村の人達が騒いでいた。

 人々の声に耳を傾けた所、どうやらお忍びで来た近衛騎士団の団長が道中で怪我をしたらしく役場で休んでいるらしい。


「あの、すみません。森の中でお馬さん見つけたんですが…?」


 役場前にて屯していた手近な騎士をそう呼び止めた途端だった。


「ヴァイス…!ヴァイス!」


 轟いた声に振り返り、軽く会釈。

 これぞ正しく騎士団長と言った様相の偉丈夫が、杖を突きながら血相を変えて飛び出してきた。


「良かった!無事か!」


 連れてきた白馬を抱き締め、安堵したように偉丈夫は笑顔を零す。

 やはりご主人のようだ。


「じゃあ、私はこれで…」


 あっさりとそう言って会釈し、その場を立ち去らんと踵を返す。

 これからあれこれと買い物をしなくてはいけないし、序でに前住んでいた家に残していた荷物の処分や回収もしたかったので先を急ぎたかった―――が。


「お待ちを!」


 その声と共にパシリと腕を掴まれた。

 そして、クルンとダンスのターンを決めるように振り向かされた。

 ――まあ、なんて童話チック!

 思わず笑いたくなってしまったが、間髪入れずに包まれるように無骨な手に両手を握られ、呆気に取られた。

 目の前にあった男前な顔立ちは、まるで王子様だ。

 ただし、少々薹が立っている。

 見た目から三、四十代と行ったところだろうか。

 前世ではイケオジが好きだった身としては、どストライクである。


「ありがとう!功労として陛下から賜った大切な馬だったんだ。私はヴォルフレン。ヴォルフレン・イーデンベルクだ」


 その名を聞いて、マリアは固まった。

 否、凍りついたと言った方が正しい。


「い、イーデンベルク…?まさか、イーデンベルク大公閣下…?」


 眼の前が眩みそうになりつつ、確認を取った。

 イーデンベルク大公は現国王の弟君で、十年程前に勃発した隣国との戦争で恐ろしい程の武功を挙げた救国の英雄である。

 付いた渾名も、血塗れ狼(ブラッディヴォルフ)―――。

 戦場では何千もの兵隊をその腕で屠ったとの噂である。


「ご存知でしたかな?」


「え、ええ…、まあ…」


 そう言葉をはぐらかしたのには訳がある。

 新聞記事で常にチェックを入れていたので、彼のことは良く知っていた。

 と言うより警戒していた。

 現在イーデンベルク大公はラプンツェルが出会うことになる王子の筆頭護衛を勤めており、教育係も兼任している方なのだ。


(王子の側近来たぁああぁ‼)


 急激に接近してきたシナリオ重要人物の影に、たらりたらりと冷や汗が噴き出す。

 ――こ、ここはどうにか穏便に!

 そう心を落ち着け、どうにか愛想の良い笑顔を繕った。


「いやはや、本当にありがとう。実は来週を目処にフリードリヒ王子が狩猟の為、西の森に来られるもので…、その下見で参ったのですが、ヴァイスが飛び出した鹿に驚いてしまって…」


 尚も手を繋ぎながら大公は困ったように笑い、事情を述べる。

 内心ドキマギしていた彼女だったが、それを聞いて一転、ある不安が過った。


「あの、まさか馬から振り落とされたんじゃ…」


「嗚呼、軽い捻挫ですからお気になさらず…」


 そうは言うが、目を向けてみれば右の脚が明らかに腫れているし、痛いのか庇ってもいる。

 これは捻挫ではない。

 絶対に折れている。

 それを目にしたら自前のお節介心が騒ぎ出し、居ても立ってもいられなかった。


「あの…!」

「団長!」


 声を掛けようとした途端に、若い声が被ってきた。

 駆け付けたのは、これまた如何にもご貴族様な騎士である。

 恐らく副長だろう。


「閣下!動かないでください!安静にと言ったでしょう!」


「ハハハッ、すまんすまん、ヴァイスの元気な姿を見たらつい…」


 あっけらかんと笑う彼に若手騎士は呆れ顔。

 直ちに近場の別の騎士を呼び出し、馬の世話を頼んだ。


「ちなみに、そちらは?」


 キロリとやや鋭い視線がこちらを刺す。

 困って作り笑いと会釈をした。


「ヴァイスを見つけてくれた方だ。何かお礼をしたいと思うのだが…」


 そう言う彼だが、テルーは腫れ上がる脚に気が気ではなかった。

 この村には医者が居らず、薬屋の自分がその役目を果たしていた。


「あ、あの…!その前に、その脚の手当をさせてはもらえませんかっ?私、薬屋なので!」


 堪らず、声を大きく上げた。

 騎士達は案の定、キョトンと小首を傾げた。

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