第2話『オッサン、荒野をゆく』
魔王城の跡地を出発した俺とマチルダは、まずは近場の街へ向かうことにした。
「ふんふんふーん」
袖の広い僧服と三つ編みの金髪を揺らしながら、マチルダは俺の前を歩いていく。
街道とは名ばかりのボロボロな道だが、歩き慣れているのか彼女は鼻歌まじりだ。
「なあ、マチルダ……これから行くホルトだが、俺の記憶では寂れた村のイメージしかないぞ?」
「安心せい。200年の時を経て立派な街になっておる。ま、周辺の治安は相変わらず悪いがな」
からからと笑いながら、荒野の先を指差す。はるか遠くに城壁のようなシルエットが見えた。
「お主も蘇ったばかりじゃし、少し休む必要があるじゃろう。それに、わしもあの街には用がある」
彼女は俺の隣に並び、懐から金色の羅針盤を取り出した。
「死者の羅針盤……まだ持ってたのか」
「当然じゃ。僧侶の務めでもあるからの」
手のひらサイズのそれを弄びながら、彼女はどこか誇らしげに言う。
死者の羅針盤はマチルダが亡き母親から譲り受けた品で、救いを求める魂……すなわち幽霊の居場所がわかる道具だと聞いている。
「魔王との戦いは終わったんだし、この世に未練を残す奴も減ったんじゃないのか?」
「そう単純なものではない。いつの世も、未練を残して死ぬ者はおる」
どっか淋しげに言って、マチルダは再び俺の前を歩き出す。
その手にある羅針盤からは、この先にあるというホルトの街へ、光の筋がまっすぐに伸びていた。
◇
その後は自然と会話がなくなり、俺たちは黙々と荒野を進む。
「お前ら、ちょっと待ちな」
あと少しでホルトの街へたどり着くという時、どこからともなく三人の男が現れ、俺たちは足を止めた。
「なんだお前ら」
「聞かずともわかるじゃろう。薄汚れた服に貧相な装備、そしてこの臭い。どう見ても野盗じゃ」
前方のマチルダはため息まじりに言ったあと、わざとらしく鼻をつまみながら俺の背後へと隠れた。
「おいガキ、聞こえてるぞ。臭いは余計だ」
「そうっすよ。こう見えて、アニキは香りには気を使っているんすから」
「ふぉうはいっても、くふぁいものはくふぁいのじゃ」
声を荒らげる男に対し、マチルダは鼻をつまんだまま言葉を発する。俺には何を言っているのかよくわからなかったが、相手は怒りに震えていた。
「礼儀のなってねぇガキだな……まぁいい。オッサン、親子揃って痛い目に遭いたくなけりゃ、金目のものを置いていきな」
やがてリーダーらしき男はお決まりの脅し文句を口にし、半分錆びついたナイフをこれ見よがしに見せてきた。
やはり野盗か。この辺りは治安が悪いとマチルダが言っていたが、その通りらしい。
「パパ、コワーイ」
その直後、俺のローブの端をつかみながらマチルダが何か言っていた。明らかに棒読みだ。
「ローブ離せ。つーか、誰がパパだ」
背後に視線を送りながら言葉を返すも、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべている。
……こいつ、楽しんでいやがるな。
「大人しく言うことを聞けば、命だけは助けてやる。お前らの着てる服や杖、高く売れそうだな」
数で勝るということもあって、野盗たちは余裕顔だ。
……さて、どうしたものか。
「アルよ。せっかくの機会じゃし、こいつらで実戦感覚を取り戻せ」
「なんだと?」
その時、マチルダが小声でそう口にした。
「物質化の魔法を解けば、お主に物理的な攻撃は一切通用せんしの。練習にもってこいじゃ」
「それはそうかもしれないが……できたら穏便に済ませたいぞ」
「史上最強の魔術師が何を言っておる。先に絡んできたのはあいつらじゃ。正当防衛じゃろうて」
どこか楽しそうに言いながら、マチルダは落ちていた小石を拾い上げる。
……そして俺の背に隠れたまま、手にした小石を野盗の一人に投げつけた。
「いてっ! てめぇ、何しやがる!」
石が直撃した男は激昂し、ナイフを手に飛びかかってきた。
ちょっ、この幼女エルフ、なにしてくれてるんだ。