表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/26

第15話『オッサン、森で暮らす』


 その日から、俺たち三人の共同生活が始まった。


「エリッタは、まず男性と同じ空間にいることに慣れるべきじゃ」


 そんなマチルダの提案を受け、日がな一日、同じ部屋で過ごす。


 幸いなことに大量の本があるので暇つぶしはできたが、どうにも空気が悪い。


 自分の家だというのに、エリッタは部屋の隅に身を寄せ、猫のように縮こまっていた。


「なんか、めっちゃ悪いことしてる気分になるぞ。おいマチルダ、なんとかしろ」


「そーじゃのー、ま、そのうちな」


 そんな中、言い出しっぺのマチルダは特に何かするでもなく、ベッド代わりのソファでゴロゴロしたり、庭で飼い犬のヘギルと遊んだりしていた。


「……うおお! もう限界だ!」


 そんな日々が一週間も続いたある日の夜、俺は早くも音を上げる。


 思わず叫ぶと、就寝準備に取りかかっていたエリッタがびくりと肩を震わせた。


「マチルダ、俺は朝一番に街に戻るぞ」


「まだ一週間ほどしか経っておらんじゃろうが。それに、今一人で街に戻れば、魔術師団の連中に見つかってフルボッコにされるぞ」


 ソファに横になったマチルダが、顔だけを俺に向けて言う。


「くそ……お前がいないと、俺は自分の身も守れないんだったな」


 勢いよく立ち上がったものの、直後にやりきれない気持ちになって座り込む。


 おもむろに近くの本を手にとってみたものの、錬金術の専門書だった。さっぱり内容が理解できない。


「お主も本ばかり読んでおらんで、もっとエリッタと交流せんか。こちらから話しかけていかねば、100年経っても状況は変わらぬぞ」


「交流しろと言われてもなぁ……」


 その例えがやけにリアルだと思いつつ、俺はエリッタを見る。あからさまに顔をそらされた。


「そうじゃ、この手があったわい」


 その時、マチルダが跳ねるように身を起こした。


「アルよ。今から幽霊モードになれ」


「は? 唐突にどうしたんだ?」


「いいから、早く言う通りにせんか」


 そう言いながら枕代わりのクッションを投げつけてきたので、俺はとっさに物質化の魔法を解除し、その攻撃を回避した。


「いいかエリッタよ、あそこにおる者は男ではない。ただのオッサン幽霊じゃ」


 そして幽霊化した俺を指差しながら、マチルダはエリッタを諭す。


 すると、それまでガチガチだったエリッタの緊張がわずかに緩んだような気がした。本当に、わずかだが。


「どういうことだ?」


「エリッタはかつて僧侶もしておったし、その頃は男性の幽霊からの相談も受けていたからの。よもやと思ったのじゃが、男性恐怖症も幽霊相手なら多少軽いようじゃ」


 マチルダもエリッタの変化を感じ取ったのか、朗らかな笑みを浮かべる。


「マチルダはああ言ってるが、あんたは本当に平気なのか?」


「は、はい……その、ほんの少しだけですが。不思議ですね」


 俺が問いかけると、エリッタは遠慮がちにそう口にした。視線は泳いだままだが、受け答えしてくれる分、これまでとは雲泥の差だった。


 言われてみれば、これまでの俺はずっと人間モードで、エリッタの前で幽霊状態になったのは今日が初めてな気がする。


「それならいいが……まぁ、俺が来てからというもの、あんたも寝不足のようだし、少しでも眠れるといいな」


 どこか安心感を覚えた俺はエリッタにそう伝えると、床に身を横たえた。


 基本、ソファは女性二人が使うので、俺は床で雑魚寝だ。最初は体のあちこちが痛くなったが、一週間も経てば、自然と慣れてくる。


「あ、あの、アルさん」


「んあ?」


 そんなことを考えながら目をつぶった直後、なんとエリッタから声をかけてきた。


 予想外の行動に、俺は素っ頓狂な声を出してしまう。


「幽霊でも、風邪をひいてしまうかもしれません。これを、使ってください」


 彼女はそう言いながら錬金釜に向かい、その場でブランケットを調合してくれた。


「ありがたく使わせてもらうが……動物の毛皮と薬品だけで、こんな立派なものができるんだな」


「そ、そうです。びっくりしましたか?」


「確かに驚いた。すごい腕前だな」


「そ、そんなことはありません……」


「謙遜するでない。エリッタの調合速度は達人レベルじゃ。伊達に100年間錬金術をやっておらんぞ」


 俺たちの会話にマチルダが入ってきて、からからと笑う。褒められたせいか、エリッタは顔を赤くしてうつむいてしまった。


 俺としても、彼女からこんな気配りをされたのは初めてだ。これは一歩前進と思ってよさそうだ。


 ◇


 この方法ならエリッタの男性恐怖症を克服させられると思ったのか、その翌日からマチルダは急にやる気を見せた。


「今日は三人で一緒に料理じゃ。材料を用意せい」


 早朝からそんなことを言い出すも、料理するのはもっぱら俺とエリッタだった。マチルダは一歩引いた位置から、ひたすら指示を出すだけだった。


「次は洗濯じゃ。ほれ、アルはさっさと魔法で水を出さんか」


 午後からは一緒に洗濯をする羽目になり、エリッタと並んで衣服を洗う。


 真っ白い泡が立ちまくっているが、これはエリッタが調合した石鹸という道具らしい。


「汚れが見事に落ちているな……本当に錬金術は万能だな」


「あ、ありがとうございます。この道具も簡単に作れるんですよ」


「よしよし。なかなか良い感じじゃ。明日は思い切って、二人で水浴びでもしてみるか」


 明らかに口数が増えているエリッタを横目に、マチルダが小声で何か言っていた。


 いくらなんでも飛躍しすぎだ。そういうのはきちんと順序を守って……って、俺は何を考えているんだ。


 ◇


 ……そしてその次の日。朝起きるとエリッタの姿がなかった。


「……これは、逃げられたかの」


 家の周りを一通り探してから、マチルダはしまったという顔をした。


 さすがにやりすぎたらしい。どうするんだおい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ