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第12話『オッサン、幽霊と語らう』


「うむ、ここでいいぞ。降ろしてくれ」


 やがて森の入口にたどり着き、俺とマチルダは荷馬車を降りる。


「お、お二人とも、十分気をつけてください。それでは!」


 俺たちを降ろすと、荷馬車はすぐさま走り去っていった。


 銀狼(ぎんろう)の森……なんて呼ばれるくらいだし、彼も長居したくなかったのだろう。


「さて、まずは幽霊を探すとしよう」


 そんな彼の様子を気に留めることなく、相棒の金髪幼女エルフは羅針盤を手に森の中へと入っていく。


 俺は半ば呆れながら、そのあとに続いた。


 ……それからは羅針盤の光に導かれるように、森の中を進んでいく。


「だいぶ奥まで進んできたが、まだ幽霊の居場所にはたどり着かないのか?」


「もうそろそろのはずじゃが……わぎゃ!?」


 俺がそう尋ねた時、前を歩いていたマチルダが木の根に足を取られて盛大にすっ転ぶ。


「うぐぐ、おのれ、木の根め」


 右手に杖、左手に羅針盤を持っていた彼女は受け身が取れず、顔から地面に突っ込んでいた。


「おいおい、大丈夫かよ……どっちか持ってやろうか」


「き、気遣いは無用じゃ。いくぞ」


 僧服についた土や落ち葉を払い落とし、マチルダは再び歩き出す。


 次に転びそうになった時はせめて首根っこを掴んでやろうと、俺はわずかに距離を詰めたのだった。


 ……その後も黙々と歩みを進めていると、突然開けた場所に出た。


「ついたぞ。ここじゃ」


 安堵の声を漏らすマチルダの背中越しに、大きな木が生えているのが見えた。その根元に、半透明の存在がある。


 透けているので元の髪色はわからないが、髪の長い整った顔立ちの女性だった。耳の形からして、エルフ族の幽霊のようだ。


「……なんじゃ。誰かと思えば、グロリエではないか」


 その神秘的な様子に俺が目を奪われていると、マチルダはどこか親しげに幽霊に話しかけていく。


「ありゃ、マチルダちゃん。おひさー」


 グロリエと呼ばれた幽霊も彼女に気づいたのか、思いのほか軽い挨拶を返す。その声は俺にも聞こえていた。


「救いを求める幽霊とは、お主のことじゃったのか。いつの間に死んだのじゃ?」


「んー、10年……ううん、20年前かな? 幽霊になると、生きてた時以上に時間の感覚なくなっちゃって」


 後ろ頭を掻きながら、彼女は笑う。全く幽霊らしくない。


「それで、その男の人は誰? まさか、マチルダちゃんの彼氏?」


「伴侶じゃ」


「おお、結婚したんだ。おめでとう」


「違う。誤解を招く言い方はやめろ」


 妙な勘違いをされそうだったので、俺はたまらず割って入る。


 そしてその場の流れで、自己紹介を済ませてしまう。


「アルバートさん……魔術師なんだ。珍しいねぇ。150年ぶりくらいに見たよ」


 素性を話すと、グロリエは胸の前で両手を合わせながら、物珍しそうに俺を見てくる。


「ただの魔術師じゃなく、幽霊だけどな……ところで、あんたとマチルダは知り合いなのか?」


「うむ。同じ里の出身じゃ。ちなみに、彼女はエリッタの師匠でもある」


 その視線に耐えかねてそんな話題を振ると、どこか懐かしそうにマチルダが教えてくれた。


「それにしても、お主が死んでおるとはのう……エリッタはお主に懐いておったし、さぞ悲しんだじゃろう」


「そりゃあもう。2年くらい泣きっぱなしでさ。なんとか慰めてあげようとしたんだけど、あたしの声、全然聞こえてないみたいで」


「マチルダに聞いたんだが、そのエリッタって奴は僧侶だったんだよな? それなら、幽霊の声も聞こえそうなもんだが。特にあんたの声は、俺にだって聞こえているぞ」


「あやつは僧侶としてはポンコツなのじゃ」


「うっわー、マチルダちゃん、それ言わない約束。エリッタ、絶対に落ち込むよー」


 マチルダが腕組みをしながら吐き捨てると、それを見たグロリエがからからと笑う。


 友人同士の楽しい会話といった感じだが、微妙に話の軸がずれてきているような気がする。


 このままだと俺まで二人のペースに飲み込まれそうなので、ここは強引に話を進めることにしよう。


「そうだグロリエ、幽霊になったあんたは、この世に何か思い残したことがあるんじゃないのか」


「……なんかったっけ?」


「わしを見るでない。知らんわ」


「んー、心残りといえば、可愛いエリッタの男性恐怖症を治してあげられなかったことかなぁ。こんな場所だし、出会いもないじゃん」


 森の中を見渡しながら、グロリエは言う。


 確かにこんな場所じゃ、野生動物以外との出会いはないと思う。


「わかった。その願い、聞き届けてやろう」


 やがて、その言葉を聞いたマチルダは力強く頷いた。


「……マチルダ、本気か」


「もちろんじゃ。アルもおるし、なんとかなるじゃろ」


 その根拠のない自信はどこから湧いてくるんだ。俺は不安しかないぞ。


「というわけでグロリエよ。エリッタのことはわしらに任せておけ」


「うんうん。マチルダちゃんに任せておけば安心だよー。それじゃ、あたしはもう行くから。アルバートさん、うちのマチルダをよろしくお願いします」


 そう言った直後、目の前にいた彼女の姿がだんだんと薄くなっていく。


「グロリエよ、達者でな」


「ばいばーい。いつかまたねー」


 そして最後は笑顔で手を振りながら消えていった。


 マチルダに願いを託して成仏した……そう考えていいんだろうか。


「なんというか……最後まで軽い奴だったな」


「あいつらしいわい。それではエリッタのところへ行くとしよう」


 静けさが戻ってきた森の中でマチルダは言って、その身を翻す。


「ところで、エリッタの住んでる場所はわかるのか」


「……言われてみれば、知らぬな」


「おい」


 足を踏み出しかけた格好で止まるマチルダに、俺は思わずツッコミを入れる。


「グロリエに聞いておけばよかったのー。おーい、もう一度出てきてくれー!」


 マチルダは虚空に向かって叫ぶが、彼女が出てくる様子はなかった。


 仕方ない。こうなったら幽霊モードになって空から探すか。それとも、探索の魔法でも試してみるかな。


 そんなことを考えていた矢先、近くの茂みが激しく動いた。


「……なんだ?」


 俺とマチルダがほぼ同時に視線を向けた時、巨大な狼が飛び出してきた。


 ……まさか、こいつが森に住むという銀狼なのか!?



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