第9話 傀儡襲来2
聖暦1795年3月 八幡皇國 筑羽 赤姫の関
赤姫の関より少し離れた林にて状況を確認していた阿寒とニシア・マシューバルとマキシム・ザウバーは、しばらくして誰かが歩いてくる足音に気づいた。
「伏せて」
阿寒の声に従う二人は目の前にある低木から、歩いてきている者達を観察する。
彼らは、枯れ木のような老人を囲むように立ち並ぶと、老人の体から怪しげな気配が立ち昇ってくる。
「あの老人。相当な魔術師のようです。彼から溢れ出ている魔力量がこれほど少ないんですから。集中力もかなりのものです」
ニシアは、老人の魔術を見て感嘆と恐怖を合わせたような声で呟く。
「あの者は、いったい何をしているのでしょうか?」
「分かりませんが、何か良くない気がします」
三人は、彼らの行動を注視していたが、見張りの一人が低木の違和感に気づいてしまった。
見張りは、隣にいる人物に手で合図を送ってそのまま低木へと視線を移す。
一瞬何が輝くとニシアの前に阿寒の腕が伸びており、そこから赤く滴る液体が落ちていた。
「覗きはいけませんね。何者ですか!」
首領らしき人物が刀を抜きながら近づいてくる。
手練れであろう数人も彼を囲うように広がると各々の"相棒"を取り出して阿寒らの逃げ場を塞いでいく。
(逃げ場無しか!そうなれば)
阿寒が覚悟決めて立ち上がろうとした瞬間、マキシムが腰を低くして出ていく。
「やめてください!私は、まだ迷い込んだだけです」
マキシムがそう言って難民を装いながら黒装束達に許しを請うような形を取っていくと。首領は、しばらく彼と周りを眺めた後に質問した。
「お前さん怪我などしてないか?」
「い、いいえ」
「そうか」
首領は、小刀を投げつけると阿寒が鉄棍を振ってはたき落とす。
その際に阿寒の横にいたニシアも姿を現してしまった。
「やはり他のものがいたか。しかも異国人とはな」
首領は、刀を持ち直すとニシアの方をみてほくそ笑む。
「この方には指一本触れさせない!」
阿寒がそう言って前に出るも、どうも足元がおぼつかない。
「"針"を食らったのは貴様だったか。あの針にはわしが作った痺れ毒がついていてな。かすっても体がふらつくくらい強力なのだよ」
首領がそう言って彼女たちの方に近づいていく。
(体のゆうことが効かない!このままじゃ)
フラフラな阿寒に対して首領は、他の者たちに目配せする。
「潔くその命を差し出せば、楽に殺してやろう」
その言葉に合わせて両脇にいた黒装束が勢いよく、阿寒に向かって攻撃しようとする。
だが、彼らの刃が阿寒に届くことはなかった。
彼らと阿寒達の間に現れた岩石が、彼らの足を止めて、持っている刃を突き飛ばしたのである。
「ニシア様方には、指一本触れさせません」
さっきまで座っていたマキシムが、腰に下げたサーベルを抜いて二人の前に出て来る。
「マキシム!」
阿寒の横に立っていたニシアがそう叫ぶと、彼女たちの間に城壁のような壁を作る。
「ニシア様。ここは、このマキシムにお任せください」
壁越しにマキシムがそう言うと首領は、笑みを浮かべて彼に拍手を贈った。
「マキシムとやら、素晴らしい自己犠牲精神だ!ただの蛮勇にならないことを祈るよ」
そう言って首領が指振ると同時に2人の黒装束が斬りかかる。
「ストーンボール!」
彼の声に応えるように後ろの城壁から2つの丸石が黒装束に飛んでいき、衝撃をもって体勢を崩すと、そのまま彼のサーベルで切り払う。
「ほー。いい腕をシているではないか」
首領が感心しながら後ろの者達を確認する。
「後ろが気になるのか?」
「ぬかせ。貴様にどうこうされるものでは無いわ」
首領が嘯くと後方にいた黒装束も前に出てくる。
(ニシア様。ここは、私が何とかしますので阿寒殿を直してお下がりください)
「しかし、マキシム!あなただけでは」
「何とかしますよ!」
マキシムは、気合を入れるように応えると、黒装束に向かって切り込む。
最初に切りかかった黒装束と違い、彼らの攻撃方法は、マキシムを圧倒し始める。
互いに連携を取れた斬撃に格闘攻撃は、マキシムのサーベルの隙間を抜いて、斬り掛かってくる。
マキシムの果敢な応戦も連携を取られては、不利になっていく一方であった。
「さっきまでの威勢はどうした?押されておるぞ」
「へっ!こう見えても、植民地防衛隊の体調もしていたんだ。この程度でくたばりはしないよ」
マキシムは、そう言ってサーベルを地面に刺す。
黒装束の二人は、一気に方を付けようと、互いにマキシムへと斬り掛かる。
突然雷鳴の様な炸裂音と共に彼らの体は、その場にて倒れ伏した。
「魔砲銃か!」
「魔砲銃なんて長ものではありませんよ」
マキシムは、そう言って懐から2丁銃を取り出した。
「こいつは、回転銃っていう品物さ。我が国でも実戦配備したばかりでね」
「変わっ物を取り出してくるな。異国人らしいか」
(さーて、どうする。さっきのはうまく当たってくれたからいいものの。オレの魔力じゃあと4発程度しか撃てないぞ。壁も張っちまってるし、どうするんだよ)
何とか次の手を考えていたマキシムだったが、事態は突然動き出した。
「・・・・そうか。わかった」
首領は、刀を下げるとマキシム方を向く。
「今日の所は、ここまでとしようじゃありませんか。お互い明日がある身となる幸運を」
首領は、そう言ってから老人を口の中に押し込むと取り巻きたちと共に姿を消した。
「?助かったのか」
一人置き去りにされたマキシムは、疲れが出たのか、その場でへたり込む。
「大丈夫でしたか?マキシム!」
崩れていった石壁のほうからニシアと阿寒が近づいて来る。
「ええ。何とか」
力なく笑うマキシムに阿寒は、申し訳なさそうな顔をする。
「すまないマキシム殿。完全に任せてしまって」
「いえいえ。それよりも、彼らは一体何処へ?」
三人は、黒装束の向かった先を眺めることしか出来なかった。
・
サディアと代官に突き刺さりかけていた傀儡の鋭い腕は、彼女たちに届く前に鎖鎌にて止められた。
「奇抜さん!?」
サディアが鎖鎌の先を目で追っていくと、奇抜と彼が連れてきた木下定勝と周山、道中で合流した坂田兵部がいた。
「これは一体どういうことか!」
木下の勢い任せて振るわれる刀にて傀儡の一体を破壊して見せると、へたり込む役人に向かって問う様に声を張る。
普通の人間とは思えない剛腕と声量に山梨善一郎と美山藤次郎ですら驚いて、そちらに視線を向ける。
「木下様って、あんな人だったのか?」
「拙者も、一度しか会っていなかったので、印象がありませなんだ」
圧倒される善一郎と美山であったが、木下の視線の先にいたのは、彼らでなく代官であった。
木下は、奇抜が足止めしている傀儡に向かうと、刀を頭から串刺しにてから力いっぱい払う。
木製の身体は、バラバラに崩されてしまい、サディアと代官の前に砕け落ちる。
「大丈夫かな?」
さっきの怒声とは別人の様な優しい声で木下は、サディアに聞く。
「木下様!なんとありがたい援軍なのでしょうや」
「・・・・」
泣きつく代官を呆れたように見下ろす、木下の横に坂田がゆっくり近寄って来る。
「お主、何をしている?仮にもわしが居ない間の大将であったはず。それを、自身が閉じ込めた山梨家の皆様に助けられる始末。呆れてものも言えませんな」
「坂田!そのような事を言うが、関所を破ろうとしたのは、小奴らだ。わしは、しっかり仕事をしただけに過ぎん」
「どうせ、彼らが持つ畠野様から出ていた免除手形を無視して法外な金銭を要求したのであろう。お主の考えそうなことだ」
木下の横で坂田が真相を暴露したことで、代官の口が鯉のようにパクパクと開閉していた。
「坂田よ。後でその話詳しくしかせよ。まずは、残りの傀儡を片付ける」
木下が詰所を刀で指すと、奥から残っていた傀儡が、ワラワラと出てきた。
傀儡は、対象である代官ではなく、近くに居た善一郎達に襲いかかった。
「今度は、こっちかよ!」
「見境ない状態みたいですね!」
二人は、突っ込んできた傀儡を二体ずつ相手にしていたが、さすがに全てを抑える事は出来なかった。
後ろに突っ込んでいった傀儡の前には、周山が一人で槍を抜いて立っていた。
「傀儡なんぞで、この粟屋を止めれると思ってるとは」
周山は、頭の上て槍を振り回すと、突っ込んできた傀儡が全て叩き壊された。
「そうじゃ。わしは出家しとったんじゃったな」
ヘラヘラとした顔で、ボロボロになった傀儡を踏み壊すと、槍を下ろした。
「噂通りの武闘派だな。あんなのと戦ったら、いくら鬼でも敵わんぞ」
周山の活躍に木下が笑顔でつぶやく。
彼らの応援により、ほぼ全滅しかけていた役人達は、3分の1が死傷しながらも関所を守り切ることが出来た。