第7話 関所破り
聖暦1795年3月 八幡皇國 筑羽 赤姫の関
朋来寺にて"怪しげな友人"を得た山梨善一郎貞久一行は、千田に向かう道中にあって、一番の関所でる「赤姫」にて立ち往生していた。
この関所は、千田を含めて筑羽西部から入る往来者が、必ず通る場所に位置しており、戦乱期には、巨大な砦や見張り台が設けられていた。
「関銭は、一人あたり銅貨2、一組なら銀貨1となる。事前に用立てよ」
関所の役人が後ろの者達にも聞こえるように声を張り上げる。
「交通の場で税を取るなんて、前時代的ね」
サディアが関所の列に並びながら、ぼやくと後ろにいたマキシム・ザウバーが「わが国でもやっている事です」と訂正し、彼女を困らせていた。
「どうしても、この関所というものは、時間を取られてしまうのですよ。少し辛抱してください」
善一郎がエリザ帝国の面々に詫びると、マキシムとニシア・マシューバルが手を前に出して心配ないことを示す。
「おい!そこの一行」
不意に役人が、善一郎達の前にいる一行に声を掛ける。
「その札のついた箱をどこで手に入れた!」
「三原近郊の荒れ寺でございます。たまたま見つけたので千田の代官に届ける予定でございます」
そこの者達は、荷車に乗せた箱を役人の前に置くと役人が箱を開ける。
中身は、何かの木像らしく。取り出していた役人も何が何か分からない感じであった。
「お役人様。これは、一体?」
「わしにも分からん。だが、"萬里持ち込み"の札が張ってある品だからな、警戒のためにウチで預かる事になるぞ」
役人は、そう言って箱を持ってきた者達とともに関所に運び入れる。
彼らは、そのまま三原へと戻っていき、関の列が若干スムーズに進みだした。
奇抜は、荷を運んでいた者達が気になったらしく、その者達を注視していた。
「奇抜殿。何かありましたかな?」
「いえ。大丈夫だと思います」
関所の列は、次々とさばかれていき、あっという間に善一郎達の組になった。
「訳あって豊島まで向かうことになる一行でございます。畠野様より頂いた手形もこれに」
美山藤次郎が関所の代官に紙を見せて説明する。
「うむ。っで銀貨は?」
「?関賃免除の事なども書いてあるではありませんか。我らは、国守様の許可も得ているのですよ」
「だとしても関賃を徴収するのがワシの勤めだからな。さあ、払うもんを払ってくれ」
美山の説明にも関わらず、代官は関賃の要求を繰り返していた。
「何じゃ?貴様は、国守様の許可を無視するつもりか」
美山が喧嘩腰に変わりつつあったタイピングで善一郎が、前に出る。
「失礼しました。銀貨一枚でしたね」
善一郎は、懐から銀貨一枚を出して彼の机に置く。
「若様!」
「良いのだ」
美山の肩を押しながら善一郎が離れようとすると代官は、思いがけないことをいい始める。
「関賃が足りんな、そこの武家一行は金貨一枚だ。異人連れで腹が立つからな」
ケタケタと笑う代官に怒髪天となった美山は、善一郎の静止を聞かぬままに代官へと飛び掛かった。
「美山!」
「関所破りじゃ!捕らえろ」
代官の悲鳴に似た声に役人達が一斉に善一郎達を囲み始める。
「まずい!阿寒はニシア様達を守れ。私は、美山を抑えに行く」
奇抜は、目でその場から離れるように指示されて、人混みに消えていった。
「この悪代官が!」
「せい!」
美山が刀を抜きかけた所を善一郎の正拳が彼の動きを制止する。
「関所内での狼藉ぞ!こ奴らを牢屋に連れて行け」
「お待ちを!代官殿の対応は、明らかに問題のある行為だったものであります」
役人の一人が代官に物申すと他の役人が慌てて止めに入る。
「この愚か者め!誰か、こいつも一緒にぶち込んでおけ」
代官の言葉で制止した役人と善一郎らが捕らえられ、ニシア達のほうにも役人が近づく。
「ヤマナ様!」
「ごめん!」
阿寒がそう言って三人を抱き抱えようとするも、サディアの体を抱えられずに取り残されてしまった。
天狗の血統である阿寒は、自身の背中に生えている翼を大きく広げると下駄を鳴らして飛び上がると、関所の役人が届かない場合に逃げていった。
「この者らを牢に投げ込んでおけ。後で取り調べる」
代官は、舌なめずりをしながら4人を見送る。
「それと、先に逃げた天狗も捕まえてこい。いいな」
代官の命令で牢屋に連れて行かれた善一郎達は、周囲の捕まっている者達の視線を感じる。
「大変申し訳ない。関所の役人を代表して謝らせていただきます」
庇ってくれた役人が善一郎達に頭を下げる。
「構いませんよ。しかし、あの横暴代官は、一体?」
「はあ、なんでも元幕臣だったものらしく、木下様の推薦で仕官したのですが、関賃の上前をハネたり、郡代の免除品から税を取ったりしていて」
役人の説明を聞いていたサディアは、イライラしたらしく、役人に食ってかかる。
「そんな横柄なことする奴なら、さっさと突き出せば良いじゃない。あんた達も甘い蜜にあり付いていたでしょ」
「そんな事ございません。私たちは、もう一人の代官である坂田様の指導により、そのような事をしないようにしています」
役人がその人物を発したときふて寝していた美山が反応する。
「坂田って坂田兵部のことか?」
「ええ。坂田兵部様でございます。ご存じなのですか?」
美山は、体を起こして他二人に坂田のことを話す。
彼は、東江出身の流れ者であったが先の代官同様木下勝定に声を掛けられて仕官した。
少し前に亀寿郡の検地に訪れていた際に美山と同行していたが、不当な税など嫌う性格であったと説明される。
「今日は、彼が三原に行っていたので関所の代官が彼だけだったのですよ」
役人が申し訳なさそうに顔を下げると、サディアが彼の背を叩く。
「あなたのせいじゃないわよ。悪いのは、あのダイカンって人。そうのね」
彼女に話を振られた善一郎は、コクリと頷いた。
「ところで、姫様達は大丈夫かしら?」
サディアが檻の隙間から見える外を眺めながら不安を口にする。
「問題ないでしょう。阿寒がついているのですから。"彼女"の腕があれば、並の武人ごときでは、倒せないよ」
善一郎の発言に美山とサディアが彼を二度見していまう。
「ちょっと待って!あの人女性だったの」
「私も知りませんでした!本当ですか?」
2人に詰め寄られて驚く善一郎を見ながら役人クスとのほくそ笑む。
捕まった者達が牢屋にて時が経つのを待っている頃、阿寒に抱えられて逃げたニシア達は、少し離れた林に身を潜めていた。
「ここまで来れば、追手も撒けたでしょう」
「アカンさん。ありがとうございます」
「大事ありませんでしたか?逃げる為に無茶な動きをしたので」
阿寒は、ニシアやマキシムな体を労る様に聞いてきた。
「大丈夫ですわ。それにしても、これからどうしましょう?」
「そう言えば、キバ殿の行方も分かりませんが、彼は一体?」
阿寒は、マキシムの問いに首を横に振る。
「でも、ビックリしました。あなたは、てっきり殿方と思っていましたから」
「え?」
ニシアの言葉に顔を赤面する阿寒と理由がわかっていないマキシムがその場に沈黙をつくり出していた。
ニシア達が気にしている奇抜はと言うと、街道をひた走り、三原まで戻っていた。
三原についた奇抜は、家老たる木下を訪ねるべく屋敷に向かっていたのである。
「おい!その方」
後ろからの声に慌てて腰にてある小太刀に手を掛けて振り向いた奇抜に、その人物は、手を前に出して敵意が無いことを示す。
「やめよ、敵ではない。朋来寺の周山じゃ。お主は、山梨殿のところの同行者であったな?」
たまたま出仕から帰ってきた周山を見た奇抜は、小太刀から手を離す。
「失礼した。拙者奇抜と申す」
「奇抜殿か。なにか慌てる事態でもあったのか?」
「その件について、木下様にお取次ぎいただきたく!」
奇抜の剣幕に驚く周山であったが、良い状態では無いと思ったので、彼も同行して木下のいる屋敷に向かった。
木下邸では、出仕を終えて戻っていた木下が屋敷入るところであった。
「木下殿!ちょうどよかった」
「これは、周山家僧。こんなに慌てて、どうなされたのです?」
ゼェゼェと息を切らせて来た周山に面食らいながらも、木下が冷静に後ろにいるものを見る。
「お主は、山梨殿の所にいる」
「奇抜と申します。至急伝えたいことがあり参上しました」
事態が飲み込めなかった木下は、取り敢えず奇抜を屋敷内に招き、着替えぬままに話を聞きに来た。
「いったい何があったのかね?周山殿まで巻き込んだんだから、相当のことなのだろう」
「はい。赤姫の関にて、山梨貞久一行が拘束されてしまいました」
奇抜が単刀直入に事態を話すと木下は、笑いながら、彼の証言を軽んじる。
「ハッハハハ。国守の免除手形を無視して、取り押さえるなどと戯れを申すな。あそこの代官はおろか役人までわしが選定した者達なのだぞ」
「ですが!現に若を含めた者共が捕まり、裁きを待つ有様なのです。どうぞお力をお貸し下さい」
食い下がる様に奇抜が訴えてくるのに、苛立ちを覚えた木下の顔は、徐々に険しくなっていく。
「しつこいぞ!赤姫の関は、我が国の要である関。仕えぬ役人なんぞ置いておらんわ!」
「木下殿!」
ヒートアップする2人の会話を止めるようにパンと手を叩いた周山に2人が目をやる。
「でしたら、馬を走らせて見に行けば良い。赤姫ならば、ここか2時ほどであろう。暮れ前には着けるはずです」
「宜しいでしょう。もし戯言であるならば、その場で切り捨てるからな」
木下が奇抜にそう言うと、庭先に出て使用人に馬を用意させる。
「では、参るとしましょうか」
「周山和尚も来てくれるのか?」
「当たり前でしょう。奇抜殿の味方もいなくてわね」
木下以下10騎ほどは、三原より赤姫を目指して駆けていった。
動くことのできなくなっていた四人は、朝になるまでここであることを覚悟し、各々で休める場所を確保していた。
しかし、この静寂な時間も牢屋に叩きつけられた寄棒の音で台無しになった。
「おい、そこの女」
役人に囲まれた代官がサディアを呼び付ける。
「少し聞きたいことがある。出ろ」
そう言って彼女の腕を掴むと、そのまま力いっぱい引っ張り出す。
「何するの!痛いじゃない」
「おい!女性をあんまり乱暴に扱うんじゃない」
起こされて不機嫌な美山が引っ張る役人の腕をつかみグッと力を入れる。
役人の腕は、次第に赤黒くなっていき、次の瞬間には、風船のように破裂してしまい、周囲に鮮血をまき散らした。
「ギャー!」
痛みに悲鳴を上げる役人と怯んでしまっている同僚たちに向かってに、腕を鳴らしながら睨みつける美山は、ある意味"鬼"と呼べるだろう。
「鬼の形損ないが小生意気に!叩きのめせ」
「やってやろうじゃねぇか」
一触即発となった美山と役人達を他の牢人達は、おびえた顔で見守っていた。
「やめんか愚か者!」
善一郎の怒声が牢屋全体にこだまし、役人や代官も縮み上がらせる気迫を美山に向けて放った。
「お沙汰をするのは代官の仕事。気になる事があるならどうぞお調べになってください」
真摯に受け入れる善一郎を見てホッとする代官であったが、彼の続く言葉に顔を引き攣らせた。
「ただ、この者はよその地より来る者ですので、こちらの無作法があっては示しが付きません。お調べになる際は、拙者も同伴させていただきます」
威圧感の増した善一郎の声に代官は、袴を汚してしまった。
「き、今日の所は見逃してやろう。ただし、沙汰を下ろすまで外には出さんからな」
代官は、袴をたぐり上げると、そのまま走り去っていった。
「ハハハ。見たかあの哀れな姿」
「見栄っ張りなアイツには、お似合いだよ」
不満たらたらだった牢人達が、代官の哀れな姿を見て嘲笑う。
「朝まで時間が出来たな。ゆっくり休むとしましょう」
善一郎がそう言って横になると、美山もその横で座って眠りだす。