第6話 蛇の目
聖暦1795年3月 八幡皇國 筑羽 三原
三原の宿にて一泊した山梨善一郎貞久ら一同は、奇抜達の報告を聞きながら明日以降の捜索と「豊島」に向かう道を考えていた。
「この、街道ならば人通りも多いので、襲撃を受けることも少なく済むでしょう。関もありますから、早々揉め事を起こす者も少ないでしょうし」
美山藤次郎が広い街道を指差しながら安全な道を示す。
「しかし、キューナー様救出を行うなら、敵を誘い出して捕らえなければ、居場所など分からないでしょう。あえてこちらが囮になるというのは?」
サディアが自身の考えを述べると共に、細い道を指差す。
「街道にて迎え討つのはいいとして、場所をどうするかが問題だ。地の利が無い場所で攻撃されたら、ニシア様達に危険が及ぶ事になるぞ」
美山がサディアの案に対する危険性を説明する。
「それは・・・・確かに」
「現地点での情報がない以上は、先に港町などにに着いて待ち構えるほうが良いでしょう。近いのは千田かと思います」
美山は、そう力強く言って千田を指さす。
「千田か」
善一郎が呟くと隣にいた奇抜が首を横に振る。
「何か不安な点があるのか?奇抜」
自信満々だった美山が奇抜に理由を聞く。
「あそこは、よそ者をあまり受け入れない地元勢力がいくつもあります。また、港奉行に目をつけられたら、身動きが取れなくなってしまいまいますから、無理な行動を相手もしてこないと思います。ですので千田までは、お互い手を出さないほうがいいかと」
奇抜の説明に美山も渋々自身の案を引き下げた。
「デジマまでで彼女が言う作戦をとれる場所は、どこかないの?」
ニシアが奇抜に問うと、奇抜が地図に何箇所かの目印を付ける。
「あくまで私がこのような作戦をするならば、ここに記した場所で行うのが良いと思います。ただし、あなた達が考える作戦をするためには、腕の立つ武芸者か術者などがそれなりの人数必要になる」
奇抜がその様に忠告すると襖の向こうから、宿の女中が声をかけてくる。
「すみまへん、お客さん。そちらさんにお会いしたい言う方がお越しになってます」
「わかった。私が出向こう」
善一郎と阿寒が立ち上がって下に向かっていく。
下には、一人の小坊主が手紙を持って立っていた。
「山梨様でいらしゃいますか?」
「そうだが?貴殿は」
善一郎が前に出ると小坊主は、手紙を前に突き出してくる。
「周山様から、ご招待の手紙であります。明日の出発される際にお立ち寄りいただければと思っております」
小坊主は、手紙と言伝を伝えると、一礼して帰って行った。
「周山和尚が私に・・・・?」
「何か?」
基本無口な阿寒が善一郎に問うてくる。
「あの者は、確か若狭家の出だったはず。父上ともソリの合わない感じであったから、どうもきな臭いのだ」
「なるほど。ならば私が」
「頼めるか、阿寒」
善一郎が阿寒にそう告げると、出ていった小坊主の後を追って、彼が勤めをしている「朋来寺」に向かった。
「若。誰が訪ねてこられたのですかな?」
部屋に帰っていった善一郎に美山が訪問者について問う。
「朋来寺の周山和尚からのお招きだよ。正直、乗り気では無いが」
善一郎の回答に、山梨側の一同が渋い顔をしたことにニシアが気づき尋ねる。
「そのシュウザンオショウってどのような人なのですか?」
「この近くにある寺の坊主ですよ。いけ好かない奴でしてね」
「テラ?ボウズ?」
美山の回答が分からなかったニシアは?首を傾げながら彼が言う言葉を反芻する。
「失礼しました。寺とは、我が国の信仰の教えを説く場所であり。坊主とは、その教えを万人に分かりやすく伝える人であります」
「なるほど。我らの『ウラウツ教』のようなものなのですね」
貞久の説明に納得したニシアは、自身の首にかけている「大樹輪」を握った。
ウラウツ教とは、文明圏もとい「オウスラウ地方」の統一宗教である。
聖暦120年頃に人間であるバルン・ウラウツが天使より授かった力により「奇跡の術」を扱い民を救っていき、信仰を集めていった。
彼亡き後も、彼の教えを纏めた「天書」を元にして、彼が行った奇跡の一部を扱える事が出来た天職者達により、治療術などを行うことが出来るようになった。
この「奇跡の断片」を使えるようになったものには、天使が宿った意味を込めて「大樹輪」が贈られることになる。
信者達は「サンガ」と呼ばれる天使を象った装飾品を手にしていることがある。
「あなた方も何かしら恩恵を受けることがあるの?」
サディアがそう言って、善一郎達に問う。
「いえ。われらにそのようなものはございません。自身を洗い清めることのみです」
善一郎の言葉にサディアが驚いた顔で美山達に目を向ける。
二人も首を縦に振り、貞久の言ったことを肯定する。
「でも、ニシア様の奇跡を見ても驚かなかったじゃないですか」
「そりゃ、光術者なら扱うことが出来るからな。生憎山梨にいる者は、少ないがね」
美山が当たり前みたいな顔でサディアに答える。
「ところで若。手紙の中身は、一体?」
「そうであった。どれどれ」
善一郎が手紙を広げると、他の者たちも覗き込んで見始めた。
【山梨善一郎貞久殿。
この度の郎蛇党襲撃の一件を聞き、元関係者として申し訳なく思っている。
聞くところによると、豊島にて異国人の捜索を行うとのこと。
拙僧には、同派の知己も豊島に多くおり、宜しければご助力させて頂きたく思っております。
一度、我が寺にお越し下さりませ。
周山】
この手紙を読んだ一同は、善一郎の方を見た。
「どうされるのですか?ヤマナ様」
「会いに行こう。下手に拒否したら怪しまれる」
善一郎が不安な顔をしながらも決断した事に特に意見のなかった一同は、そのまま眠りにつくことになる。
翌日、善一郎一行の矛先は、周山が待つ朋来寺へと向かっていた。
三原城より南に少し下った所に朋来寺が設けられていた。
善一郎達の到着を待っていた小坊主が、彼らを見つけると、深々と一礼して周山に伝えに行く。
小坊主が伝えに行くと同じタイピングで昨日から探っていた阿寒が合流する。
「若様。どうやら周山様は、郎蛇党の者に脅されている様子が伺えまする。郎蛇党の者共の出入りが確認でしました」
「そうか。ニシア様達は、阿寒と共に外でお待ちを。私と美山で向かいまする。奇抜は、何かあった時の抑えを頼む」
ニシア達がコクリと頷くと、善一郎と美山が寺内に入っていく。
小坊主が戻って来ると二人を案内すべく先頭を歩いていく。
本堂では、周山が彼らの出迎えるために、階段を降りで待っていた。
「ようこそ山梨の若君。急なお招きにも関わらず、お越しいただき、拙僧も嬉しく思っております」
「家僧たる周山様のお招きを断ることなど出来ませんからね。失礼させていただきます」
善一郎達がそう言って本堂に入っていくと、二人が驚く人物が目の前に座っていた。
「お初にお目にかかります。私、郎蛇党頭目を務めておりました、武田三郎太にございまする」
彼がそう言って、頭を下げて挨拶をすると共に、美山が勢いよく、前に飛び出して行った。
彼の刀は、武田の首を狙い振り抜かれるも、武田が黙って首を差し出していた。
「・・・・何故、止めようとしない」
「そちらの怒りは、ごもっともでございますからな。私の首で済むならば、差し上げようと思いまして」
首に刀が当たっているにも関わらず武田は、表情を崩さずに縦に割れた目を後ろにいる善一郎を見つめていた。
「いったい何のようなのですか?蛇の頭目」
「ははは。そう気構えなすな。わしは、貴殿と出来れば異国の者達とも話がしたかったのでありますよ」
武田が笑いながら答えると、美山も拍子抜けしたのか刀を片付けて善一郎の後ろに控える。
「お屋敷の件は、誠申し訳なかった。私も、この三原で聞いて驚いていた次第なのですよ」
武田が言うには、若狭勝信が3年前に還俗して郎蛇党の頭目をの座を譲り渡して、武田が後見役勤める事になった。
しかし、父の無念を晴らしたい若狭が、党内の強行派をまとめると、武田を含む穏健派をことごとく国外へと、追い出されていった。
若狭は、武田らを外に追い出して以降、頻繁に他国の商人などと交流を持っていたり、他の独立勢力と怪しげな話をしていた事を説明してくれます。
「・・・・それで、今回の事件です。私も驚きを隠せませんでした。聞けば他の荒くれ者などを集めて、規模を増しているとか」
ペラペラと話す武田に訝しげな顔で睨む美山に対して善一郎は、黙って聞いていた。
「ですので、この武田率いる郎蛇党は、山梨の若君にお味方しようと考え、本日無理を言いお会いさせてもらった次第です」
武田の話を聞き終えた善一郎は、膝をポンと叩くと顔を上げた。
「お話は、分かりました。我が方としても、お手をお貸しいただけるなら嬉しい限りです」
「何をおしっやいまするか、若様!奴は、殿や大殿の命を狙った不届き者らを率いる頭目ですぞ。信用なりません」
美山が大声で反対するのを手で制止しながら善一郎は、続けて話す。
「ただ、この様に我が配下の中にも疑いを持っているものが幾人もおりまする。信用させてもらうためにも、何かお教えいただけないでしょうか?」
「さようですな。では!鼎より来ている者共の所在をお教えしましょう」
武田の言葉に驚いた美山とは対象的に善一郎は、彼の顔を見つめていた。
「かの者達は、二手に分かれて行動しております。一隊は、まっすぐ千田の港に向かっており、もう一隊は、隣国である『伊川』へと向かったはずですぞ」
武田の示した道のりを自身の地図に書き記した善一郎は、顔を上げて武田に笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。今後は、如何様に連絡を取れば宜しいでしょうか?」
武田は、善一郎に赤い首飾りを渡す。
朱色がかったその石は、所々黒ずんだシミのような斑点があり、宝石のようには見えなかった。
「これを身に着けておいてくだされれば、こちらより声をかけまする。また、主要な港町には、我らの置文が『金寿堂』と言う店に置かれているので、出会えなければお寄りください」
「相互の連絡のためには、金寿堂という店を訪ねればいいのだな。心得た」
貞久がそう言って立ち上がると美山は、慌てて後を追って出ていく。
「若様!誠信じるおつもりですか?」
「信用はしないさ。だが、敵にしておくよりかは、いいと思っただけだ」
二人がそう言ってニシアたちと合流して、千田へと旅脚を急がせる。
その頃、本堂に残された武田は、彼らの後ろ姿を眺めながら周山が入れた茶を味わっていた。
「本当に若当主を裏切っていいのか?アヤツに異国の者を引き合わせたのは、貴殿だろう」
周山は、不安そうに武田に尋ねる。
「わしは、あの若造が好かんだけだ。それに、ただ異国人に使われるのも面白くない。だとしたら、互いに競わせてから、弱った方を食べて肥え太るのが、一番蛇らしいだろ」
ギョロっとした縦割れの眼光で周山の出した茶菓子を見る武田に得も言われぬ気味悪さが浮かび出ていた。
「あまり目立ちすぎるなよ。三郎太のとばっちりを食らうのは、ごめんだからな」
周山が片方の茶菓子を嫌がらせのように奪い取る。
「およ!何楽しみを奪っとるのだ」
「知れたこと。仲介料をもらったまでよ」
武田が考えているのは一体何なのか?武田が口にした異国人の正体とは?