第5話 三原城
聖暦1795年3月 八幡皇國 筑羽
一昨日の「郎蛇党襲撃」により、山梨の舘には、多くの家臣達と野次馬が集まっている中、山梨善一郎貞久らニシア・マシューバルの同行者は、ケガを負ってしまい床にはせる山梨貞観に対して出発の挨拶に赴いていた。
「父上。これよりニシア様方と共に豊島へと同行したく思います。皆様もお身体にお気おつけになってお過ごしください」
善一郎が頭を下げると母親である与那が彼の前に巾着袋を持ってくる。
「道中何かと入り用でしょう。持って行きなさい」
「母上。路銀は、自分で用意しております。このような心遣いは・・・・」
善一郎が断ろうとすると貞観が持っていた扇を叩く。
「儂らからの好意だ。受け取りなさい」
「そうですよ。さあ」
2人の温かい好意に貞久に基づいだようであり、受け取ると頭を下げて礼を言った。
「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」
「必要になったた時に使いなさい。いいですね」
2人に見送られた善一郎は、貞観の寝所から出るとそのまま、ニシアたちと合流すべく館外に向かった。
館外では、ニシア達と共に筑羽の本領たる「三原」に向かう畠野泰久の一行が留まっていた。
街道の要所であり、「千田」に向かう最短通路の一つでもあった。
その為、彼らと同行して三原までは安全に向おうと思っていたのである。
「ヤマナ様。も待ちしておりました」
八幡の服に身を包んだニシア一行は、髪の色などが目に付くものの、墜落したときの服よりもかなり溶け込んでいる。
「若様。殿の容態は如何に」
美山藤次郎が貞観の傷の具合を心配して善一郎に確認する。
「大事無い。ニシア様が治癒術を使ってくれたおかげで傷の治りも早いようです」
「それは、よかった」
美山が安堵していると横にいた奇抜が貞久に近づいてくる。
「昨日の襲撃は、郡境にある廃棄された寺院より駆けてきた者達だと分かりました。襲撃者は、そこに戻っていったとのこと」
「だとしたら、もう誰もいないだろう。襲撃を行った後に同じ拠点にとどまるような事をするやつはいないさ」
善一郎と奇抜が郎蛇党の所在を考えていると畠野が彼らの横に近づいてくる。
「若狭の邪魔を気にしていても仕方ないだろう。お主らが気を張って行けば良いということよ」
畠野は、笑顔で彼らの緊張を晴らすと、前に出る行く。
一抹の不安を抱えながら、三原の地に向かって出発した一行は、街道に沿って南下していき、夕暮れには三原の地に入った。
筑羽の本領で城下町でもある三原は、街道の要所であることから多くの人たちが宿場として選ぶ地である。
本城である「三原城」を中心に、扇状に広がった城下町には、この城から発展していったことを示していた。
城下には4万人ほどが住み着いており、往来の者たちも含めれば6万人が行き交う都市であった。
天守のない城である三原城において一番目立つ建物である「膝切櫓」は、戦乱期より残る数少ない、城の守りてである。
「今日は、ここで一泊しましょう。美山。宿の手配を」
「承知しました」
美山は、そう言って宿場街の方へと駆けていく。
「ニシア様もお疲れになったでしょう。そちらで一休みしましょう」
「えっ?ええ」
ニシア達にとって異国の地である三原は、かなり珍しいものが立ち並ぶ"不思議の国"であった。
善一郎一行が近くの料理茶屋に入っていくと、若い娘が注文を取りに来る。
「葉茶を人数分と甘物を貰えるかな」
「はい」
彼女は、笑顔で応対すると奥に駆けていく。
「ここは、休憩所なのですか?」
「ええ。軽い食事や水などを提供してくれます」
「そうなのですね」
ニシアが八幡の文化に興味津々に貞久から、どのような仕組みが聞いている横で奇抜と阿寒は、彼らから離れていく。
善一郎は、それを目で追いつつも注文の品が届いたので皆に振る舞う。
「長い道でお疲れになったでしょう。これでも食べて落ち着いてください」
善一郎が黒紫色の塊をエリザ帝国の一同に手渡す。
ニシアとマキシム・ザウバーは、訝しげながら皿を受け取り。サディアは、その得体のしれなさから皿を椅子に置いて、貞久の様子を伺った。
善一郎は、何の躊躇もなく黒紫の塊こと"おはぎ"を口にほうばると、彼の顔が満足そうに頬を緩める。
善一郎が美味そうにそれをほうばるのを見たニシア達は、人生初のおはぎを口にする。
「まぁ!」
「甘いですな!」
「あっさりしてる!」
3人が今まで食べたことのないおはぎの味に驚いていると茶屋の娘が黄色い粉のかかったおはぎを持ってくる。
「お客さん。もしよかったら、これも食べて行って」
娘に促されるように3人が受け取ると、さっきのおはぎと違う感触にトロッとした顔をし始める。
「お兄さんは、こちらをどうぞ」
善一郎の前に置かれたのは、黄色い野菜であった。
「お嬢さん、ありがとうね」
善一郎がそう言って、盆に多めの勘定を乗せると、彼女は嬉しそうに奥へと消えていく。
善一郎達がその様に足を休めている他所で奇抜と阿寒は、ある人物に会う為に乞食のいる雨避けへと向かった。
「わしに恵んでくれないか?ここ数日何も食べておらんのですわ」
白髪交じりで口の尖った男性が通行人にお茶碗を出して施しを求める。
通行人の多くは、いつもの光景のように無視を決め込むも、何人かの哀れみを感じた者達が鐚銭や残飯を置いていく。
奇抜は、その男の前に出ていくと、手に持っていた施し腕に水を注ぐ。
「亀寿に行った奇抜か。久しぶりだな」
「ご無沙汰しています老師。また、お伺いしたいことがございまして」
老師は、水の張った茶碗を地べたに置くと、奇抜達とともに裏路地へと消えていく。
3人が入っていったのは、年期の入った長屋の奥にある1軒であり、彼ら以外に年配の婆が座っていた。
「奇抜よ。わしに聞きたいこととは何じゃ?」
老師は、棚から出した湯呑に白湯を注ぐと奇抜達がかすわる居間に腰を下ろした。
「一昨日、若狭の残党に山梨屋敷が襲われわした。その際に、若狭の頭目に異国人が協力し、当家の主を殺そうとしたのであります」
「なるほど。それで、彼らの後で誰が糸を引いているか調べてほしいという事なのだな」
老人は、白湯を飲み干したあとに婆の方を向く。
婆は、数枚の紙を取り出すと老師に手渡して外へと出ていく。
「ここ最近、豊島にて怪しげな浮舟が目撃されていたり、許可をもらっている貿易船に見知らぬ者達が乗っていたりしていてな。これは、気になる人相書きじゃ」
老師の手渡した紙に奇抜と阿寒が目をやると、見覚えのある顔が何人かいた。
どいつも、裏の業界においてそれなりに名のしれた者達であった。
「この者らは、今どうしているのですか?」
奇抜が人相書きを指差しながら老師に問う。
老師は、白湯を再び入れると、わしを1枚取って彼らの前に置く。
「今まで形を維持していたものが、外からの影響で崩れていく事はよくある。問題は、いかに形を保つかだ」
意味深な事を言いながら老師は、ほぼ歯のない口でニカッと笑いながら白湯を和紙に掛けていく。
白湯のかかった和紙は、見る見るボロボロになっていき、持てば崩れるようになっていく。
「若君の身に気を配られなされ。崩れた組織は、どこから手を出すか分かりませんからな」
「承知した。失礼する」
二人は、そのままこの家を後にする。
奇抜達が戻ると同時に宿の手配を済ませた美山が貞久達と合流していた。
全員は、この日の宿に身を置いた頃、三原城内にある畠野屋敷に到着していた泰久は、家僧たる周山の出迎えを受けていた。
「お早いお帰りにもかかわらず無事な姿を見て、家臣一同安堵しております。山梨のお言えて起こった騒動を聞き、拙僧も恐ろしく思っておりましたぞ」
「うむ。大事ないとは言え、騒動となった事を山梨も詫びておった。ゆえに此度のことは問題にしないつもりじゃ」
上座に腰を下ろした畠野は、周山の物言いを抑えさせるように言った。
「でいくら親戚筋であるからと申しても、限度がございます。自領を治められない領主など、役立たず以外の何物でもありませんぞ」
「やめい周山!家僧たるそなたが言う話でないわ」
畠野は、周山を家臣たちに命じて追い出した。
「まったく。あの坊主にも困ったものだ」
周山が追い出されたのを横目で見ながら、家老である木下勝定がゆっくりと入ってきた。
「お帰りなさいませ、殿。山梨の話を伺い、身を案じておりました」
「おお勝定か。生憎だが、今は話をしたくないのだ」
「そうおしゃいますな。大事な話なのですから」
しつこい木下を鬱陶しがりながら、小姓の持ってきた茶を口に含みながら話すように促した。
「近頃、わが領内にある一部寺院において、普請金の徴収や人夫の強要、借金の取り立てなどが行われており、民の多くが苦しんでおりまする。家中の者が抗議に赴いていた際も、横柄な態度で対応されておりまする」
「周山のいる萬里派の者たちか」
萬里派とは、八幡において広く信仰されている「弗教」の一派閥である。
弗教分派の中でも新興である萬里派は、典座偉開祖小円という人物により鬼衆が中心となって広めた教えである。
生死のやり取りや食を行う際に、対する命への感謝と亡くなるものえの弔いを主といた教えを持っていた。
筑羽においての本山と呼べる場所が無く、萬里派としてもこの地での本山を設けるのは、悲願でもあった為、強引な資金調達を行なったりしていた。
「周山の威を借りているかは、私もわかりませんが、かなりの影響力がある筈です。何かしら対策を考えねばなりませんぞ」
木下の言葉をうざい顔をしながら聞いていた畠野は、硯などを取り出して筆を走らした。
「畠野様。くれぐれもご考慮ください」
畠野屋敷から追い出された周山は、不満を持ったまま自身の住まう寺院「朋来寺」に帰宅した。
「周山様。おかえりなさいませ」
小坊主が周山の帰りを出迎えるも、苛立ちを隠せなかった周山は、彼の手を払っててから寺内に入っていく。
「待ってください周山様。あなたにお会いしたいという方がお越しになっております」
「なに?」
服を着替えて本堂に向かうと周山を待っていた老人が頭を下げる。
「失礼しました。お客人を待たせるとは」
「いえいえ。こちらがぶしつけに押しかけてきたのですから」
老人が周山の方に顔を上げると、彼の正体を知り驚きを隠せなった。
「なんと!あなたがなぜ、ここに居るのですか。武田殿」
彼こそ郎蛇党の棟梁にして若狭勝信の後見役でもあった武田三郎太であった。
「お久しぶりですな、周山和尚。いや、粟屋満辰殿と呼べばよろしいかな」
周山は、この寺にて出家する前に武田と共に郎蛇党にて活動していた武闘派の武人であったが、勝信の父若狭隆信が蟄居を命じられた際に同行して寺に入ることを要請するも、同じ寺での出家を許さなかったのと、彼自身の武勇を惜しんだ泰久により、お膝元にあったこの寺にて出家させて、自身の相談役である家僧として手元に置くことにしたのである。
「隆信様亡き後は、拙僧との関わりを断っていたはずです。今になって、何の御用なのでしょうか?」
「若狭家の為にご協力をお願いしたと思いまして」
三原城下に、怪しげな動きをする幾人かの影気味が悪く蠢き始める。
筑羽の地に抱える闇は、深い。