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第2話 山梨の館

聖暦1795年3月 八幡皇國 筑羽 亀寿


亀寿郡内にある山に墜落したエリザ帝国の飛行船「ケンドル」の乗員たちは、応急手当を麓の集落にて済ませていた。

現場に駆け付けていた、山梨善一郎やまなぜんいちろう美山藤次郎みやまとうじろうは、他の山梨家臣が来たことで、動ける者達とともに館へと向かうことにした。

最初のときはあまり気にしなかったが、かなり変わった服装であり、姿も近隣の国のものとは毛色の違う者達てあった。

「なあ、異国人よ。お主らは、どこから来たと言っていったかな」

善一郎は、自身の馬に乗せている少女ニシアに問いかける。

「我らは、エリザ帝国という国から来た者達なのです。私は、ニシア・マシューバルと申します」

だいぶ落ち着いたのであろうニシアは、善一郎に頑張って作った笑みを浮かべる。

ついさっきまで、生死の境を這い回って、襲撃者の魔の手に掛かりかけていた所にいたのにである。

「わざわざ、丁寧な自己紹介痛み入ります。拙者の名は・・・・」

「ヤマナ様でしょ」

一度しかしっかり名乗っていないのにしっかりと名前を覚えてくれているニシアに善一郎は、感心していた。

見たところ、まだ十歳にもなっていないであろう少女が、こうもしっかりしていることに驚きを覚えてた。

「ヤマナとか申したかな。聞きたいことがいくつかあるのだが」

隣に駆け寄ってきた大柄な男が善一郎に声を掛ける。

「貴殿は、確か」

「マキシム・ザウバー。落ちた飛行船の船長をしていた者だ」

「そうでしたか、マキシム殿。ソレで聞きたいこととは?」

「何故にあなた達は、私達の言葉を理解できるのでありますか?」

善一郎は、マキシムの問にクスリと笑った。

「失礼。マキシム殿の疑問はごもっともでございます。この八幡には、多くの人種が住んでおりましてな、この飾り石を使った装飾品を身につけることで言語の統一を行うことが出来るのです」

「なんと!」

「まあ!便利な石ですこと」

マキシム達が驚くのと無理はない。

通常、言語を習得するというのは、とても長い時間をその言葉に触れるか、本によって徹底した読み上げを行う事になるだろう。

どちらにしても膨大な時間とかなりの労力を要することだろう。

それを彼が持っている飾り石を使えば、言語という壁を超えることが出来るという、まさしく世紀の一品と言えるだろう。

「ヤマナとやら。いや、ヤマナ様。その石を我らとの友好の証として、頂けないだろうか?」

「これ、マキシム。そのような事、ヤマナ様がお困りになられるではありませんか」

マキシムの申し出にニシアが毅然とした態度で叱責する。

「これを渡すことは出来ませんが、館に着けば同様の石をお渡ししましょう」

「本当ですか!」

善一郎の承諾に喜びを隠せないマキシムは、ニヤケ顔になっていた。

「ヤマナ様。そのような貴重品を、助けてもらった身で頂くわけにはまいりません。私達が無事に帰れるようになってから、しっかりと取引しましょう」

ニシアは、マキシムの申し出を辞退した。

「そんな、しかし公女殿下」

あまりに無欲なニシアにマキシムは、愕然とした顔で従っていた。

そんな三人の楽しそうな会話を後で聞いていたサディアは、不満そうな顔でついてきていた。

「サディア殿は、若がニシア殿達と話しているのが不服ご様子ですな」

馬に跨りながらサディアの横に並ぶ美山は、からかう様な口調で、彼女に問いかける。

「ニシア様は、亜人に親しく接しすぎるのです。亜人や古中海の人間は、我らとは価値観や感覚が違い過ぎるので、国では関わらないようにしているのです」

「なんともったいない。それでは、外から一切の刺激を受けないではありませんか」

サディアが持つ、保守的な価値観を聞いた美山は、哀れむような顔で彼女を見るようになった。

「刺激がないことはありませんわ。わがエリザ帝国は、世界最先端の技術、魔術大国なのです。古中海こちゅうかいの国々なんかとは、比べものにならない建物や文化を持っていますわ」

自信満々に自国の優位性をのべるサディアに、美山の表情は、より哀れみを含んだものへと変わっていった。

「なによ、その哀れんだ顔は」

「いや、悲しい国から来たのだな。っと思ってな」

「なんですって!」

美山の言葉にカチンときたサディアは、腰に下げたレイピアに手を伸ばす。

「サディア!あなたも、助けてもらった人への敬意を示しなさい。さっきから、わが国が優位だといような事しか話していませんわよ」

前で聞いていたのか、ニシアが後ろを向いてサディアに叱責する。

「ニシア様。しかし」

「この国は、我が国を含めて文明圏の国々とは、関わりを持っていない国なのです。そのような国に、我が国の悪印象を持たせるのは、良いことではありませんよ」

「・・・・」

ニシアの正論に言葉を失ったサディアは、しゅんと肩をすぼめた。

「これは、ニシア様の勝ちですな。見事な見識でいらしゃいまする」

美山がケラケラと笑いながらニシアを褒める。

「美山。お主も顔に思ったことを出し過ぎだ。自国に自信を持つことは、恥では無いんだぞ」

善一郎から不意の冷水を食らった美山も申し訳なさそうに、首を垂らす。

「ヤマナ様。お館とは、後どれくらいで着くのでしょうか?」

「まもなく見えてきます」

善一郎がそう言って少し先を指差す。

そこには、木製の建物が立ち並び、先の集落以上の人が往来を闊歩していた。

町中には、金物や食品、衣類といったものが売りに出されており、民衆が生き生きとした表情をしてあった。

「あそこに、お館があるのですか」

「ええ。大した家ではございませんが、この地域のまとめ役の様な者ですので」

善一郎は、苦笑しながらエリザ帝国の者たちに伝える。

大通りをまっすぐ歩いていく時に横切る者達が、善一郎へと一礼していき、彼がこの街でもかなり上位の存在であることを示していた。

「ここが、我が屋敷です」

善一郎がそう示した先には、雲塀のような白い壁に覆われた敷地内に木製の平屋敷がデンと構えられており、使用人であろう者たちがそそくさと手入れをしていた。

「これは、若様。おかえりなさいませ」

門前の作業をしていた、一人が気づいて善一郎に頭を垂れる。

「よう、叉中。父上様達は、ご帰宅なさっているかな?」

「ええ。少し前にお戻りになられました」

叉中がそう伝えると、善一郎顔が少し曇った。

「そうか。・・・・まぁ、仕方ないか」

善一郎は、頭を掻いた後にそのまま屋敷の中に入っていった。

「善一郎です。ただいま戻りました」

玄関より善一郎が声を掛けると、彼と同じ赤ら顔の男が歩いてくる。

彼こそ善一郎の父である山梨貞観やまなじょうがんその人である。

「この馬鹿息子が!どこで油を売っておった」

「すいません、父上。それよりもお話したいことがございまして」

貞観は、息子の言葉で後ろにいる異国人に目をやる。

「おや。あまり見ぬ異国人よの。善一郎、何があったか申してみよ」

貞観がそう尋ねると、善一郎は玄関を上がり、事のあらましを一通り説明する。

「・・・・っという訳でして、我らもお力貸ししたい思うのですが、如何かと」

「うむ。鼎の者らが攫ったとなれば、簡単には捕らえることができん。ましてや他所ものなぞ不可能だ」

貞観の言葉を聞いた善一郎も難しい顔をした。

「とりあえず、彼らの話を伺おう。控えの間へ案内してやりなさい」

父親の命令を聞いた善一郎は、取って返すと、そのまま皆を奥にある控えの間に案内した。

使用人たちが、彼らのために軽食と水を乗せた膳を運んできてくれた。

「まあ、お疲れになったでしょうから、軽く食事でもおとりください。大したものは出せませんが」

膳の上には、握り飯と香の物、すまし汁が置かれていた。

エリザ帝国組一同は、見たことない食べ物に困惑していた。

「さすがに、そちらさんとの食文化が違いすぎましたか?」

美山が彼女らに問うとサディアが真っ先に口を開く。

「当たり前じゃないですか。こんなのをポンと出されて『食え』などと無礼な。第一に、手を洗う水もなければ、ナイフやフォークなどの食器もない。こんなんで、どのように食べろと申すのです」

彼女が一気に問題点を吐き出す横で箸を持ちすまし汁を軽く回す善一郎の姿があった。

「おや?ナイフなどというものは、わが家には置いておらんので用意は出来かねまする。形などを教えてくれたら、職人に手配させまするが、日数を要しますので。今の所は、ご容赦を」

善一郎が膳を横に置き、手をついて謝罪を行うと、サディア以外の全員が頭を上げてもらうように促す。

「ヤマナ様が謝ることでは御座ません。私達があまりに自分の価値観を押し付けているだけに御座います」

「サディア殿。今のは、こちらに非がありまする。せっかくの善意を自身の感性そぐわぬと文句を言うものではない」

ニシアはともかくマキシムにまで言われてしまったサディアは、膨れっ面をしたまま廊下に出ていく。

善一郎は、美山に目配せをして彼女の後に付いていくように指示する。

「ところで、ヤマナ様が持っている2本の棒は、いったい何なのでしょうか?」

「これは、箸というものであります。こうして摘んだり、解したりすることが出来る食事道具ですよ」

善一郎が目の前で実演するのをまじまじと見つめるニシアとスケッチを取り始めるマキシムを見て、彼は少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「若君。殿がお呼びでございます」

「わかった」

善一郎は、使いの者より呼ばれたことで席を立つと、奥の間へと入っていった。

そこでは、両親と1人の老人が待っていた。

「善一郎参りました」

「来たか。客人たちは、満足しておられるか?」

「一部、文化の違いにより戸惑いはあったようですが、粗相ないもてなしをしております」

貞観の問いに対して、善一郎の答えは、彼の納得がいく回答だったのか、笑みを浮かべて頷くと、老人の方に視線を移す。

「若様。お久しぶりにございまするな」

老人は、善一郎の方に顔を向ける。

齢80を超すであろうシワが棚のようになっている顔でありながら、目はシッカリと開いており、滑舌も滑らかであった。

「お主、奇抜きばか!」

「ご明察にございます」

老人が顔をしばらく手でほぐすと見る見る元の人間へと戻っていく。

「奇抜。ただいま『豊島でじま』より、戻ってまいりました」

「そうか。お主、殿の名で豊島に行って折ったのだったな。どうであった?」

奇抜は、自身で描いた地図を広げると今の現状を説明する。

「幕衆の影響力が下がったことにより、各地の国守が異国との商いを計画していたらしく、見たことのない異国船が許可国旗を掲げて入港しておりました」

八幡皇國の実質的行政機構は「東江幕衆とうこばくしゅう」と呼ばれる者達が皇國の象徴たる「皇穂こうふ」により行うことをしていたが、八幡皇國の外で起こりつつある変革の波は、否応なく耳ざとい者たちの準備に繋がっていくことになっていた。

「特にどこの家が動いていた」

険しい顔で貞観が奇抜に尋ねると、もう一枚の紙取り出して見せる。

そこには、いくつかの家紋が記されており、奇抜が分かりやすいようにしてあった。

「今の所大きな家と呼べるのは以下の通りです」

「やはり、目敏い家の者共は動きを見せ始めていたか」

貞観は、奇抜の出した紙を見ながら呟く。

彼は、今後勢力を増してくる国守により、大きな戦争になることを恐れていた。

八幡皇國は、雲塀という外部からの侵入を防ぐ天然の壁により、一部地域でしか、異国との交流を持てないでいた。

そのために、外部からの侵攻も限られており、無理に攻めても、皇國の兵士たちが屈強な為にすぐ蹴散らされてしまっていた。

だが、その屈強な兵士が隣近所で戦い始めたらどうだろう。

今から380年前の八幡皇國において「六島八周ろとうやきしゅう」と呼ばれる戦国時代が起こり、100年間もの血みどろの争いが全土で繰り広げられていた。

江東幕衆事、豊得ほうとく家により戦乱が終結させることが出来たことで平穏を取り戻しているものの、いつ火が出るか分からない環境となっている。

そんな中で、外から新技術が入ってくれば、野心家に餌をやる結果になる。

そのようなことが起こっても素早く対応できるように貞観は、あちこちに忍びを配していたのである。

「ところで殿。何故、元服前の若君をこちらに招いたのでございまするか?」

「実はな、わが領内に異国の浮舟が墜落しての。そこに鉢合わせたのがこやつじゃったのよ」

貞観は、奇抜に善一郎があった浮舟などについて説明すると、善一郎が変わって詳細を話す。

「それで、鼎国ていこくの者が率いる襲撃者の一団と異国人が争っているところを目撃したから、間に入って異国人を助けたのよ。だが、その際に異国人の子供が一人攫われてしまってたのだ」

「なるほど。して、彼らの目的はどのような?」

善一郎の話を聞いた奇抜は、彼らの今後について尋ねる。

「彼らは、自国に帰ることその子供の奪還を願っている。私も、彼らに協力したいと思っている」

「左様ですか。しかし、そのものらは信用に置けまするか?異国の者どもは、下劣なものも多くおり、善意につけ込み領土や領民、希少品を掠め取っていく者達も多いのですよ」

奇抜は、自身が見てきた豊島での異国人による横行を思い出しながら善一郎に覚悟を問う。

善一郎は、一呼吸おいた後にすっと奇抜の顔を見る。

「困っている人を助けられずして、何が『ハチマン(八幡)神』の子か!八幡やはたの旗に生まれし男児が、そのような小さいことを気にする気はない」

「見事な覚悟です善一郎。さすがは私が腹を痛めて産んだ子」

今まで沈黙を守ってきた善一郎の母与那がポンと膝を打って褒めた。

「母上・・・・」

善一郎は、恥ずかしそうに顔を下げる。

「何を恥ずかしがっているのですか!我が子の成長を褒めぬ親は存在しません。いいですか・・・・」

与那の長い話を傍で聞き流しながらほか三人は、すごいまいった顔をした後に貞観が扇子を叩く。

「よし!ことは、決まった。異国人の者たちをここへ」

貞観は、エリザ帝国の一同を奥の間に招いた。

「今回は、私どもをお助けいただきありがとうごす」

ニシアが一番前に座り貞観にお礼を述べると、後ろにいる者達も立ったまま頭を下げる。

「今回は、災難に見舞われてご苦労なさたことでしょう。ここにいる間は、ごゆるりとなされませ」

「大変親切なお言葉、うれしく思います。ですが、私の同行者が連れ去られてしまっているのです。宜しければ、そのものを探すお手伝いをしていただけたら、とてもありがたいのでございます」

ニシアは、貞観に対してそのように頼み込むと彼は、外に控えている善一郎を手招きする。

「ならば、この者たちを搜索にお貸ししましょう。善一郎と美山は、先にしっておりましょうから、特に控えているものから」

「奇抜でございます」

阿寒あかんでございます」

奇抜と阿寒は、自身の名を名乗ると、美山と同じ位置にて頭を下げる。

「この者達は、腕の立つ陰の者でしてな。情報収集等に役立つでしょう」

「ありがとうございます!ご好意に感謝いたします」

「ただ、大人数の異国人が動き回るのはどうしても目立ってしまいます。なので、無事帰国できるようになるまで、この領内にて預かっておこう」

ニシアは、貞観の申し出にコクリと頷いて答える。

「では、ニシア殿。無事に同胞が見つかることを願います。善一郎らよ。しっかり尽くせよ」

「はっ!」

こうしてニシア達は、善一郎達とともに「豊島」に向かう事になった。

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