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第15話 相手を受け入れた時

聖暦1788年 (7年前)八幡皇國 筑羽 亀寿


「よろしいですか、若君。刀を振るうときはですね・・・・」

若き山梨善一郎やまなぜんいちろうは、新しい剣術師範の指導を何とか理解しようと真面目に聞いていたが、半分以上分からずにいた。

次第にウトウトして来た善一郎は、彼の熱心な指導を他所に、座りながら船を漕ぎ始めていた。

「若君!」

眠気眼の善一郎に気づいた師範は、喝を入れるべく竹刀で床を叩いた。

叩きつけられた竹刀の破裂音に、ふっと意識が戻ってきた善一郎は、師範の顔を見つめた後に自分の竹刀を手に取った。

「言っている基礎はわかりました。後は、打ち合いで教えてください」

いくら、郡代の子供とはいえども、この態度にて怒らない大人はそう多くないだろう。

師範は、不満たっぷりに竹刀を叩くと、外へと出ていった。

「また怒らせてしまったか。父上に怒やされてしまうな」

善一郎は、道場の板間にてごろりと横になると、天井を駆け巡るネズミを見ながら、ふたたびウトウトし始めていた。

「よく寝る若者ですな」

不意に声を掛けられて驚いた善一郎は、目を開けて声の主を確認すると、眼前にいる見たことの無い老人が見下ろしていた。

(何処の者だ?当家の家臣にこんな老人は、いなかったはずだが)

善一郎は、目の前にいる老人の事を認識する前に、彼はすぐ横に腰を下ろした。

「お前さんは、今の師範より自分が強いと思っているんだろう。違うかい?」

老人の言ったことは、今までの師範や父親である貞観に言われてきたことであった為に、「この人も同じようなことを言ってくるのか」と思い顔を背けた。

「鬼は、素の力が強いからな。どうしても、腕っぷしだけで戦ってしまうことが多くなるのよ」

いつも見たく、くどくどとした説教かとそっぽを向いた善一郎は、老人の言ったことに妙な苛立ちを覚え、近くにある竹刀をこっそり握った。

次の瞬間に善一郎は、持っていた竹刀を老人に振り抜いた。

しかし、老人がもってた扇を横に当てて竹刀を軽々と止めてしまったのである。

「そんな姿勢から刀を振ったとて、力を出せるもんじゃない。仮に出せたとしても、振り込まれる方向がわかり易いから、止めるのも容易になってしまう」

老人の冷静な分析口調により、尚の事苛々し始めた善一郎は、使っていない片手を軸に回し蹴りを老人向けて放った。

善一郎の足は、老人に扇を持っていた手で止められると、善一郎の顔を見て呆れ笑いを浮かべた。

「いくらやったとて同じ事よ。お主の自惚を取らん限りわな」

老人に一撃も入れられなかった善一郎は、噴火寸前の顔で老人を睨む。

しかし彼の睨み顔は、すぐさま怯えた表情に変わり始めた。

その老人の眼光は、善一郎を一瞬で怯ませる程に鋭く、座り方を見ても隙は無かった。

「爺さん。あんたは、一体?」

「若造。剣術なんてものは日々の鍛錬か刹那の一瞬かだ。だがな、本当に力が付くのは・・・・」

善一郎に老人が何かを言う前に、善一郎の意識が微睡みの中に飲み込まれていった。


聖暦1795年4月 八幡皇國 筑羽 千田


「待ってくれ!爺さん」

大声を出して飛び起きた善一郎は、目の前の襖や布団で、今見ていたのが夢だと気づいた。

それと同時に、横腹と背中に激痛を感じ、再び布団に倒れ込むことになった。

「イツツッ!」

大声に気づいたニシア・マシューバルが中には入ってくる。

恐らく付きっきりで診てくれていたのであろう、目にうっすらくまを乗せた彼女は、善一郎に寄り添って、安堵の表情を浮かべた。

「ヤマナ様!まだ起きてはなりません。傷を塞いだからといって、完治した訳では無いのですから」

ニシアが善一郎に安静にするよう伝えると、少し落ち着いたのであろう彼女が横に座った。

「ここは、泊まっていた宿にしてはきれいな部屋だが?」

「ここは、桝屋の客間でございます」

不意の声に善一郎が顔を上げると、そこには桝屋の主である羽美はみが座っていた。

「桝屋さん!なんで?」

「貴方方が刺客に襲われた事を聞き、私どもの若い衆とそちらが見張りに置いていた天狗殿に手伝ってもらい、こちらに運んできた次第です」

羽美が説明する横で、阿寒あかんが小さく座っていた。

「そうでしたか。しかし、わざわざ危険を招くような事をして大丈夫なのですか?」

善一郎は、羽美の心遣いを危惧して自分達を招いた事を心配した。

「その点もご心配なく」

羽美は、軽く手を叩いて一人の男を招き入れた。

「あんたは!」

そこに居たのは、先に襲撃して来た刺客のまとめ役である高であった。

「どうも。ご無沙汰しておりまする」

(こうの)は、善一郎達に軽く頭を下げて挨拶する。

「羽美殿!なぜにこの男が」

「私が、羽美様に事の次第を伝えたからであります」

善一郎の問いに高が、調子の良い口調で答える。

「何?貴様らが仕掛けたのに、何故そのような事をするのだ」

善一郎が鋭い目つきで高を睨みつけるも、羽美が真ん中に入ってなだめている。

「彼は、雇い主である長浜屋さんに不満を持ってたので、私に協力してくれたのです。あの時は、長浜屋の命令なので仕方なく行ったとの事です」

羽美の説明に納得のいかない善一郎は、高を睨みながら額の角周りの血管をうねらせる。

「貴様が、如何なる了見で羽美殿に近づけて来たか知らぬが、貴様の讒言などを聞く気は無いぞ」

「別に結構でございます。ただ、今後の安全を確保する為にも、長浜屋を押さえておくのは、必要かと思います」

高の一言に善一郎は、ムカつきながらも納得してしまった。

これからの道中において、相手方の組織が分からない以上は、常に最大限の警戒をしなければならないが、多少の組織内容や相手の持ち兵力、襲ってくる理由が分かれば、身動きが取りやすくなるだけでなく、今後のルート選びにも良いように働くからである。

「高と言ったな。お前を信用することは、出来ない。だが、羽美殿に我らの窮地を伝えてくれたのも事実でもある。だから、貴様が組みしていた場所について、儂らに教えてもらいたい」

善一郎の条件を聞いた高は、深々と頭を下げると、真面目な顔で善一郎に向き直った。

「ありがとうございます。その信頼を裏切らぬようにさせてもらいまする」

善一郎の答えに少し安堵したのか、横にいたニシアが笑顔を浮かべる。

「良かったですわ。人が強くなるのは、"相手を認めて受け入れた時"って言いますからね」

「・・・・」

ニシアの言葉に善一郎は、キョトンとした顔で彼女の顔を見つめていた。

「?私、何かおかしなことを言いました?」

「・・・・いえ。まったく、その通りでございまするな」

善一郎が笑みを浮かべると、ニシア安心したのか「はい!」とにこやかな顔をして見せた。

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