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第14話 夜襲

聖暦1795年4月 八幡皇國 筑羽 千田


夜闇に暮れた千田の町を駆ける怪しげな一団は、大通りにある一軒の宿に集結していた。

一団は、宿の前にて抜刀すると、扉を開けてなだれ込んでいくと、そのまま2階へと駆け上がった。

「切り込むぞ」

その言葉とともに、刺客の一人が襖を開けて、もう一人が切先を突き立てて中に飛び込む。

次の瞬間、彼の顔に種火が付いた縄が襲いかかると、彼の視界を奪って行った。

「熱つ!」

火縄を払った刺客を黒鉄の刃が襲いかかり男の肉を引き裂いていく。

「ようこそ、ご一同。この、山梨善一郎やまなぜんいちろうがお出迎えいたしましょう!」

そう言って、刺客の一団に剣を向けた善一郎は、返り血により真っ赤な鬼のような形相となっていた。

「お主らが、われらを探っていたのは知っている。狙いは、儂らが連れる異国人であろうが、渡すわけにはいきません。大人しく引くなら、見逃しましょう。さもなければ」

切先を光らせて、刺客達を威圧する善一郎に対して、一人の浪人が前に出る。

「拙者がお相手いたそう」

そいつは、千田に入った時に素手で用心棒の刀を止めた単眼の浪人であった。

「貴殿。名は?」

「元保田(ほだ)家浪人三盛叉朗太(みつもりまたろうた)。山梨殿と申したな。刹那の相手となるであろうが、覚えてもらお」

三盛がそう言って、両手を前に出す。

善一郎もそれを見て、相手の間合いを測るように刀を構え直す。

「せい!」

善一郎は、掛け声に合わせて鋭い一撃を三盛にお見舞いするも、彼の体を捕らえる前に善一郎の体は、宙を舞った。

「マズっ!」

善一郎の焦りの言葉の通り、後にいた刺客達は、好機とばかりに善一郎へと斬り掛かる。

しかし、彼らの刀が善一郎に届く前に堅い何かに阻まれた。

「美山!」

「若様。無事でありますか?」

美山藤次郎(みやまとうじろう)は、善一郎に覆いかぶさるように体で刺客達の刀を止めていたのである。

「ヤマナ様!大丈夫ですか」

反対側の部屋に隠れてもらっていたニシア・マシューバルらエリザ帝国組が様子が慌てた様子で声を掛ける。

「居たぞ!捕らえろ」

刺客達は、目的の者たちを見つけた事で、一斉にそちらへと向かって行った。

美山と善一郎は、咄嗟に目を合わせると彼女らが隠れている襖の方に目をやった。

「美山!」

「オウヨ!」

二人の掛け声で隣の襖を外して、前にいた刺客達に向かって投げつけると、そのまま刀を突き立てて押し込んだ。

階段近くにいた者たちは、押されるがままに階段から転げ落ち、2階に残っていたのは三盛以下数人であった。

「臆するな!鬼の相手は、拙者がいたす」

そう言うと三盛は、両脇にいた刺客達に指示すると、三盛が前に出て拳を構える。

(あやつの無刀術は厄介すぎるな。なにか対抗策を考えなくては)

刀を構えながら善一郎は、三盛をどうするか考えていた。

「若鬼殿!なかなか良い家臣をお持ちなようですな。ですが、いつまで耐えていられますかな」

三盛は、そう言って拳を突き立てていた。

善一郎は、慌てて体を翻して、その拳を受け流そうとする。

しかし、三盛の拳が善一郎を逃がす事は無く、そのまま彼の襟首を掴むと、外へと勢いよく投げ飛ばしていった。

「若!」

2階から投げ飛ばされた善一郎を心配する美山であったが、ほか2人の力押しに駆けつけることもできなかった。

「イツツ。なんて奴だ」

「今の言葉は、褒め言葉として受け取らせてもらうよ」

打ったところを擦りながら立ち上がる善一郎の前に、三盛が2階から飛び降りてくる。

「腕の立つ相手とは、あまり戦いたくないんですよね」

ヨロヨロと立ち上がりながら、善一郎が軽口を返すと、三盛の頬が軽く緩んだ。

「無刀術なんかを使う私が強いわけないじゃないですか。とどめを刺せないので、制圧しかしませんよ」

三盛が腰に下げている刀を叩きながら、空笑いをして答える。

「そんな事は、ないですよ。なにせ、こんな事をしても!」

善一郎は、咄嗟に握った石を投げつけるも、三盛が素早く受け止める。

「難なくいなせるんですからね!」

善一郎は、言葉と共に三盛へと切り込んでいった。

無刀術の使い手である三盛も、この刀を止めることが出来ず、腹の部分に切先が掠めて行った。

「これでも、捉えられませんか。凄いですね」

「いやはや。咄嗟の事とはいえ、ここまでの攻めを受けるとは、まさしく厄介者ですな」

三盛は、腰に掛けたる刀に手を伸ばした。

「やれやれ。まさか、抜かなきゃいけないとは。恨まないで下さいよ」

三盛がそう言って刀を抜くと、ゾクッとする寒気に善一郎は、後に退いて刀を構え直す。

(今まで感じたことのない殺気!この男、ヤバイ)

善一郎の顔が更に険しくなり、額に冷や汗が溢れ出ていた。

「来ないかなら、こっちから!」

三盛の声と同時に突っ込んできた彼の間合いは、瞬く間に善一郎の眼の前にまで近付いて来た。

「マズっ!」

素早く体を翻した善一郎であったが、そこから振られる2撃目を避けることはできなかった。

三盛は、片手で振るった刀の振りを殺して反対側の拳を善一郎の胴にぶつけた。

「ガハ!」

腹を突き上げるような重い一撃が善一郎の上半身に襲い掛かる。

「まだまだ!」

三盛がそう言うと、刀を片手で善一郎に刃を向けて持ち直すと、そのまま彼へと突き立てて行った。

「ッ!」

善一郎の脇腹に突き刺さった刀は、彼の意識を持っていこうとするくらいの激痛をもたらして来た。

「やっと間合いだな」

善一郎がそう言って怪しげな笑みを浮かべると、腰に腕を回して短刀取り出した。

「ただじゃ、くたばらねぇよ!」

善一郎の短刀は、三盛の胸に向かって突き出された。

「ぐぅ!・・・・いい覚悟ですね。でも、残念でした」

三盛は、体を振るって救助を回避していた。

「覚悟!」

(無念!)

善一郎は、自身の死を悟って覚悟決める。

「待った!三盛殿。そこまでにせよ」

その声を聞いた三盛は、刀を持つ手を止めて、そちらの方を向く。

そこには、ザンバラ頭が頭を掻きながら立っていたのである。

こうの殿。こんなところで止めんで下さいよ」

三盛は、高と呼ぶ男に顔を向けると刀を下ろして不満そうに告げた。

「こんな大事にするつもりじゃなかったんですよねー。店側は、結構苦戦していますからな」

三盛が高の指さした先を見ると、最初のもの意外も酷くやられていた。

「あらら。酷くやられてしまって」

「直ぐに市商会の者が駆けつけてくる。ここは、退きましょう」

そう言われると三盛は、善一郎に刺さった刀を抜いて、鞘に戻していく。

「また会いましょう。若鬼よ」

三盛と高が負傷した刺客達を連れて撤退していった。

「助かったのか。グゥ!」

安心したのか、善一郎の体に今までの痛みが身体中を走り回り、彼の意識を刈り取ることになった。

「若様!お気を確かに」

騒動が落ち着いたのを確認した野次馬を掻き分けて、美山が駆けつけてくると、後にいたニシア達も、善一郎の状態を見る。

脇腹は、三盛の刀により酷く抉られており、腰や足も落ちた時のダメージにより、動かすのも危ない状態であった。

「なんて酷い!」

ニシアは、ズタボロになった善一郎を見て動揺していたが、すぐさま彼の傷を癒そうと、袖をまくって隣に座る。

「ミヤマ様!直ぐにお湯ときれいな布を用意してください」

「し、承知した」

美山は、宿の主人に頼み1階の部屋にそれらを用意させた。

「いつだって助けられるばかりではありません。今回は、私の番なのですから」

ニシアは、そう言って善一郎の傷口に手を当てゆっくりと念じ始めた。


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