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第13話 怪しい影

聖暦1795年4月 八幡皇國 筑羽 千田


桝屋の羽美が襲撃される少し前。

「結局、今日も船を確保できなかったか」

「やはり、海の状態が収まらない限り、どうしようもないでしょうね。何処の船主も一概に『海が収まらないことには』の一点張りでしたからね」

山梨善一郎やまなぜんいちろう阿寒あかんが、飯処にて今日の成果に落胆していた。

「しかし、こうも船を出せないとなれば、どこの商人でも、荷が出せずに困っているのではないか?」

「それは、そうかと思います」

「ならば、商人に話してもらって、荷と一緒に乗せてもらうことにしてもらえないか?」

善一郎は、閃いたかのように阿寒へと箸も向けて解決案を提示する。

「どうでしょうか?船に対しては、商人でもどうしょうもないですからね」

「そうか。っていうか、おまえって意外におしゃべりだったんだな」

「普段話されないだけですので」

阿寒は、少し恥ずかしそうに飯茶碗をかっ込む。

「おい!酒が足りないぞ」

善一郎の後ろにて酒を飲んでいた者たちが、騒がしくしていた。

「やけに騒がしいな。酔っぱらいか?」

「どうやら、浪人のようですね。しかし、羽振りのいい」

彼らの机には、空の徳利が数本とつまみが何品

か並んでいた。

「あの浪人達、何か妙な気がするな」

「どうしょうか?若様」

善一郎は、会計を置くと、そのまま外に出ていく。

阿寒も慌ててついていくが、善一郎の姿があったのは、店の脇にある消火樽の影にいた。

「気になるものは、確認したくなる。そういう性分だからな」

「だろうと思いましたよ」

二人がそうやって彼らの行動を見ていると、一人の浪人が、店に駆け込んできた。

しばらくすると、二人の浪人が頭巾を被って出て行き、後の者たちも別方向に歩いていった。

「若様。どうしますか?」

「取りあえず、頭巾を被った方から片付けよう。あれは、荒事をしそうな感じがする」

こうして、二人が暗殺者の足を止めることができ、羽美を助けることができたのである。

「本当に助かりました。私共は、争いごとになれていないものでしたので」

羽美は、二人に深々と頭を下げる。

「私らは、たまたま食事処にて怪しげなものを見つけたまでのこと。相手に付いては、何も分からず」

善一郎がそう話すと、羽美に番頭が何か耳打ちした。

「個々で話すのも何でしょうから、奥でくつろいて下さい。この者が、茶の用意をしてくれはったみたいですさかい」

二人は、顔を見合わせた後に、中へと上がっていった。

綺麗に整備されていた庭は、この店がよく稼いている老舗である事を示していた。

「かなり綺麗なお庭ですね。念入りに整備されていらしゃるようだ」

善一郎が庭の綺麗さに感心していると、番頭が微笑みながら紹介し始める。

「こちらの庭は、三原で有名な庭師が差配なされましてな。これらの低木は、南部より取り寄せてみたものです」

番頭は、自慢げに庭について語り続けるも、後にいた若衆が軽く咳払いする。

「おっと、失礼しました。こちらです」

番頭は、先の方へと案内していき、隅にある茶室に招かれる。

中に入ると、きれいに並べられた茶器に季節の花をいけた花入が柱にかけられていた。

「どうぞ、おくつろぎください。作法にこだわる事はしませんので」

二人は、そう言われながらも頭に入っている作法の手順を思い出して座る。

「最近は、無粋な事件が多くなっておりますから、このように助けて下さる方は、珍しいのですよ。うちの主は、特に狙われやすいのに、お供を連れるのを嫌がりましてね」

番頭が困ったように頭を掻いてみせる。

番頭の言葉以上に、千田の治安が落ちていることを感じ取っていた。

町中には、多くの浪人や浮浪者が多く集まっており、乱暴騒ぎや切合などが大通りでも起こっていた。

「街の治安が悪いのは、何となく感じていました。しかし、下手に狼藉を働いた者は、しっかり処罰されているのでは?」

「ここは、不入権を持つ土地です。かつての商人達が、自警団を使って治安を守っていたので」

不入権とは、江東幕衆こうとうばくしゅうにより定められた国守や郡代などを置かない地域である。

主に寺社や国人の勢力が強い地域が対象となっており、幕衆に税や人夫などを提供する代わりに、一定の管理権や独立性を保証するするものである。

ここに、幕衆や国守といった勢力の威を借りて侵入した場合は、幕衆からの厳しい裁きがある。

「だったら、尚の事ではありませんか」

善一郎は、街の現状を見たためか、番頭に強く申し出た。

「お武家様の言う通りでございます。ですが、所詮は商人の集まりである我らが、考えているのは軒先のいざこざでなく、懐に入ってくる銭の多さにございまする。そのような者共が町内のことなどを気にするとお思いですか?」

番頭の呆れた言い分に、善一郎の顔が険しくなっていく。

「まぁ、街のいざこざについては雑談程度にいたしましょう。私どもと致しましては、今回のお礼に、何かお手伝いできることは無いかと思いましてな。うちの主も、是非協力させてもらいたいとのことでして」

番頭の申し出に、目を細めて疑う善一郎であったが、これ以上にいい話は無いと思い、打ち明けることにした。

「私どもは、豊島に行こうと思っている。だが、道中にて船の手配が出来なくて、足止めされている状態になっています。出来るなら、豊島へ向かう手段を提供して頂きたい」

善一郎の要望に番頭は、隣の若衆になにかを耳打ちした。

「お手伝いしたいのですが、生憎の海なので、私どもも困っているのですよ」

番頭は、困った顔をしながら善一郎達に釈明する。

善一郎は、肩を落とした後に「ご好意、ありがとうございまする」とだけ言って席を立った。

「お待ちを。差支えなければ、豊島への用向きをお伺いしてもよろしいかな?」

「些細なことにございますれば、失礼を」

善一郎は、そう言って茶室より出ていくと、折しもこちらに向かっていた羽美と出会った。

「おや。お武家さんは、もうお帰りですか?」

「はい。ご馳走頂きたき、ありがとうございます。私共も宿に戻ろうと思いまして」

善一郎がお礼を言うと、羽美の横に若衆が駆け寄り耳打ちをしてくる。

「左様でしたか。本日は、誠にありがとうございました」

こうして二人は桝屋より、出て行った。

たが、善一郎のあたまには、なにか腑に落ちないものがあったようで、出てからしばらく考えこんでいた。

「阿寒。すまないが、桝屋を調べてくれないか。出入りのものを特に」

「わかりました」

善一郎は、阿寒に桝屋を見張らせると、一人泊まっている宿に戻ってきた。

宿では、美山藤次郎みやまとうじろうと共に店で待機していたエリザ帝国組が、不安そうにしていた。

「ヤマナ様」

ニシア・マシューバルが善一郎に今日の成果を尋ねようとしたので、彼は首を横に振った。

「やはり、この時期の海では、船を出すものもいませんか」

美山が、外の雲を見ながら呟く。

「そのようだ。ところで、奇抜はどうした?まだ帰ってないのか」

善一郎は、居ない奇抜の所在を確認しようと、美山に問うた。

「奇抜も、自身のつてを頼って船を探してくれているようです」

「そうか」

美山の解答に善一郎は、短く答えた。

彼は、そのまま腰を下ろすと、近くにある湯呑を取ってきゅうすに入っていた茶を注いで、口に含んた。

「奇抜にまで苦労をかけるとわな」

善一郎が落胆した顔で美山を見ると、彼も気まずそうに目を逸らした。

「ミヤマ。また、あいつら来てるわよ」

一人窓際に座っていたいたサディアが手招きして美山に伝えると、彼も険しい顔で、それを確認しに行った。

この宿に泊まってから、目の前にある大通りを見回る者たちが、善一郎の宿を見張るように動いており、夜遅くにザンバラ頭の事を話しているのもしったので、警戒していた。

「宿も変えなきゃならんかな。このままでは、身動きが取れなくなる」

善一郎が外にいる連中を見て、警戒心を増していった。


外の浪人たちが、善一郎たちが泊まる宿を見張っていた頃。

彼らのまとめ役であるザンバラ頭は、先の腕利き浪人を含めた数人を一軒の店に呼び集めていた。

「皆様方。本日は、顔合わせとはいえ、このような席にご参加頂きまして、誠にありがとうございます」

ザンバラ頭が、定型文のような口上を述べると、集まった浪人たちは、盃を前に掲げて返礼した。

「此度は、皆様方のお力を借りまして、ある方からの依頼をこなして頂きたいのです」

ザンバラ頭により、皆が集められた仕事をに付いて話そうとすると、一人の浪人が飛び込んできた。

「申し訳無い!しくじっちまった」

間の悪い男は、周囲の景色を見て「しまった」と思ったのだろう。

ザンバラ頭は、話の腰を折られたこともあり、不機嫌そうな顔で当人を見る。

「・・・・状況を話してみろ」

男は、震えながらザンバラ頭に説明を始める。

「言われた通りに、標的を人気の少ない通りにて待ち構えて切り込むまでは良かったんだが。不意に駆け寄ってきた二人組によって、切り込んだ二人は、瞬く間に返り討ちにされてしまいました。その後、彼らに護衛されて離されてしまいました」

男の報告を聞いた一同は、腕利きの二人組に興味をそそられていたのか、彼の弁明を片耳に流していたが、ザンバラ頭にとっては、そうも言えなかった。

「返り討ちにあった挙げ句、逃げられてしまったと?お前、なんで顔出していられるんだ!」

激昂したザンバラ頭は、もっていた盃を投げつけると、苛立ちのままに立ち上がった。

「依頼人になんと詫びるつもりだ!相手が刀を持たないからと、甘く考えていたからだぞ」

「申し訳ございません!」

「バレた以上仕方ない。日を改めて行うとしよう」

ザンバラ頭がどすっと座ると、彼の顔が少し緩んだ。

「それはそうと、今回の仕事についてですが・・・・」

ザンバラ頭が数枚の人相書きを差し出した。

それは、ニシア達エリザ帝国から来た者たちの人相書きであり、下に他国通貨による懸賞金が記されていた。

「彼女らの身柄を押さえることが目的になる。仕事報酬は、金貨50だ」

「おー」

この金額があれば、数年間遊んで暮らせる金額を手に入れることになる。

食い詰めている浪人達は、やる気をみなぎらせた声を上げる。

「それでは、成功を願って盃を開けるとしよう」

「おう!」

浪人達の大声に、ザンバラ頭の小声を聞き取れる者は、いなかった。


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