第10話 追加依頼
聖暦1795年3月 八幡皇國 筑羽 赤姫
傀儡集団の関所襲撃により、半壊状態となった赤姫の関では、生き残った役人達により怪我人の手当てや三原への報告などの後始末に追われており、様子を見に降りてきた阿寒達に構う暇もないようであった。
「一体何があったのでしょうか?ヤマナ様達は、無事でいらっしゃるのでしょうか」
ニシア・マシューバルが不安な顔で壊れた関所を見ていた。
「若は、あれで腕の立つ男です。心配は要らないでしょう」
ニシアの治癒魔術よって動けるようになった阿寒が山梨善一郎の腕前について評価していた。
「おーい。阿寒じゃないか」
阿寒達に気づいた美山藤次郎が手を振って出迎えた。
「美山殿。若はどちらに?」
「奥で木下様達と話をしているよ」
美山が指さした先に簡易的に作られていた陣幕があり、手前には役人たちと混じってサディアと奇抜も立っていた。
「お二人共。良くご無事で」
「ニシア様」
サディアがホッとした表情でニシアに振り向く。
奇抜も無言で一礼して彼女に返す。
「ヤマナ様は?」
「彼なら今、今朝のダイカンがやった所業について話しているところです」
サディアの話をきいたニシアが陣幕を少し開けて中を覗くと、手前の地面に座らされている代官と善一郎ら数人が、それを取り囲んでいる姿があった。
陣幕の中において代官を詰めていたのは木下定勝と周山、坂田兵部であった。
彼らは、坂田があげた陳情書と善一郎らが関所で止められたこと等について代官から聞き出していた。
「それで、山梨殿達を通さなかったたのは、彼らが持っている通行手形が偽物と思ったから、関賃要求。しかも、それなりの資金を持っていると思い、相場より多額の金銭を要求したことで同行人が憤慨し、詰め寄られたから『関所破り』として牢に入れたっと」
木下が善一郎と代官の証言を確認するように、彼らへと問うてくる。
善一郎は、短く「はい」と答え、代官の方は不貞腐れた顔でコクリと頷く。
「まったく困った奴じゃ。仮にも関所の代官を任せられる者が、左様なことをするとは」
周山は、呆れたように代官を見下ろす
「この男が行った悪行は、これだけではございません。私の陳情書にも書かしてもらいましたが、抜け荷や罪人通し、金銭の着服などを行っております」
坂田が立ち上がって、代官の悪行を訴えると、縮こまるように彼が土下座をした。
「申し訳ございません。代官という職に浮かれ、自身の利益になればとやってしまいました」
代官の土下座にも関わらず、ここにいる一同の心を動かすことは出来なかったようで、全員が自業自得であるように睨みつけていた。
「ところで、抜け荷をする者達の中で一部頻繁に往来している者達が居るようだが、この者達は一体誰なのだ?」
「はい。湯畑と申す小売り商でして。抜け荷の際に多めに路銀を払ってくださる方でしたが、出入りの際は【透谷寺】や【朋来寺】といった寺の関係者として通していました」
寺院関係者は、色々な特権が付与されており、関所などで荷物確認や目的地の確認をされることなく通ることが出来るのである。
「と言う事は、最近よく上がっていた寺院への献金などは」
木下が周山を見てみると、彼は両手を上げ「何のことか」と答えた。
自身が、彼の抜け荷によるものと知り、少し残念そうな顔をした。
「しかし、わざわざ寺の関係者を使ってまで抜け荷をしたのは、金だけですか?」
「?」
不意に善一郎から飛んだ質問は、その場にいた者達に新たな疑問をもたらした。
確かに抜け荷は重罪であるが、寺の関係者と偽ってまで持っていく荷物は、そう多くない。
つまり、かなり高価なものか"禁制品"のどちらかということになる。
「お主。これまでの抜け荷について何も聞いていないのか?」
「え?ええ」
木下の問いに何もわからないのか、心此処にあらずのような回答をする。
「もし、荷物があのような品だとしたら、厄介なことになるな」
「現状の把握が必要になりますが、このような物を全て確認はできないからな」
木下は、少し困った顔をした後、改めて善一郎へと向き直る。
「まぁ、今回の事で山梨殿の足を引きてしまっては申し訳なかった。この木下より御詫びいたす」
「そうよの。これは、畠野の問題。山梨の若にこれ以上迷惑をかける理由には行きませんからな」
周山もそれにならい善一郎を外に出して、皆と合流させた。
一同は、善一郎の不満げな顔を気にしていた。
善一郎達は、詰所の一室をニシア達に借りると仮眠を取って、翌日に千田に向かう事となった。
翌日 千田
三原から10里ほど離れた港町である千田は、多くの商人達が店を連ねる商業都市出会った。
郡代は、一応在籍しているものの、権威などを持たしてもらえない状態になっており、代わりに行政的な事を行っているのが「市商会」という集まりとなっている。
市商会は、大小15の商人が集まる組合であり、千田港の船入れや市街地の整備、税の割り振りなどを執り行っており、郡代に上がってくる頃には、全てが処理済みとなっていた。
そんな町の一郭に建つ交易商に若狭勝信の姿があった。
「これは、若狭様。ようこそ、いらっしゃいませ」
店番をする小僧が会釈をすると若狭は、割符を持って見せる。
「旦那様ですね。少々お待ち下さい」
小僧は、奥の部屋へと走っていった。
しばらくすると、奥から恰幅のいい男性が一人出てきた。
「若狭様。お久しぶりにございます」
男は、若狭を出迎えると、若狭の視線を察して奥にある離へと歩いていった。
「しかし、若狭様も急に申されたので驚きました。しかも本人を連れてくるとは」
「すまんな。連れてきたはいいが、置き場がなかったのだよ」
二人は、離の襖を開けて中の人物と対面する。
「お加減は、如何ですかな」
若狭がそう言った先にいたのは、キューナー・ セリシンと先の山梨館襲撃時に合流した執事であった。
彼らには、しっかりした服装と食事が用意されており、数人の使用人が部屋の隅に控えていた。
「貴殿らは、我らをどうするおつもりですか!?」
だいぶ落ち着いてきたキューナーは、自身の処遇を問い質すくらいに太々しく質問してきた。
「人質のくせに、何とも図々しい事を聞きますな」
若狭がそう言うと、キューナーが少し憤りながら前に出ようとする。
「おやめになられよ」
若狭の声に立ち止まると、キューナーの首元にどこから来たかわからない黒装束の切っ先があった。
「申し訳無いが、もうしばらくの間は、ここにいていただきます。ご容赦を」
二人が頭を下げるとキューナーは、へなへなとその場にへたり込んだ。
「外に出しては行かんぞ」
恰幅の良い男は、黒装束に命令する。
「あ奴らは、彼らとの交渉に必要のようだ。丁重に扱ってくれ」
「承知しております。ところで、もう一人の方の行方ですが」
「何か進展があったか」
恰幅の良い男性の方を向かずに若狭は、彼からの報告を聞く。
「赤姫において、こちらの仕置をした際に、山梨の者たちと思われる一行に邪魔されたとのこと。どうやら、ここ千田の方に向かっているのかと」
「なるほどな」
報告を聞いた若狭は、不気味な笑みを浮かべると、男に金を手渡した。
「追加で仕事を依頼したい」
「どのような事を?」
若狭は、首で離れの方を示す。
「"あれ"を豊島へ持っていってほしいんです。出来れば明日以降にでも」
若狭の言葉を聞いた黒装束は、すぐさま影へと消えていき、恰幅の良い男もお辞儀して承知の意思を示した。
同日 赤姫の関
日が明けて木下達に見送られるように出て行くことになった善一郎一行は、千田に向かうべく赤姫の関を離ていった。
「ここから、千田まで10里ほどありますので、いくら頑張っても、着くのが暗くなってから。どこかで一つ休んでからになると思いますが」
美山がそう言いながら後ろにいるニシア達を見る。
「そうだな。ただでさえ、このあたりの集落はよそ者に慣れていない。下手に彼女達を連れて行ったら、かなり面倒になるな」
「やはり、多少の無茶をしてでも千田に着かなければ」
善一郎と美山は、その先について頭を掻いて考える。
「まだ歩き出したばかりなんだから、そんなに困り果てた顔をするな」
後ろからサディアが、二人に向かって物申すと、気にしていなかった当人たちは、驚いた顔をする。
「いやな。この先に宿場町といえる場所が遠くてな。少し無理をさせてしまうのではないかと思ったのだよ」
美山が説明すると、サディアが何か問題があるのかという顔で二人を見る。
「その宿までは、どれくらい離れているの?」
「10里ほど離れている。って距離感が分からないか」
「そうね。そのジュウリ?てどれほどなのか分からないけど、昨日の距離よりの倍くらいなんでしょ」
「まあ、それくらいだな」
彼女がそれを聞いて問題なさげに答える。
「まったく問題ないは。それくらいの距離ならニシア様も歩けるわよ」
不安がっていた美山は、半信半疑な顔でニシアの方を見る。
元々ニシアの居ない想定であった為に長めに歩く行程を組んでいたから、無理をさせるのではないかと心配していた美山にとって、彼女達への決めつけが過ぎたのではないかと思うことになった。
「わかりました。私は、少し気にし過ぎのようでしたようですね」
美山は、とりあえず千田に向かうことに集中することにして、足取りを急ぐことにした。
「それより、ミヤマ殿」
「ん?」
「昨日は、私の為に怒ってくれてありがとう」
サディアは、すこしもじもじしながら礼を言う。
「なにを。あの代官が気に食わなかっただけのことですよ。さあ、先を急ぐとしましょうか」
美山がそう答えると、横にいた善一郎がくすくすと笑い出した。
「なんですか?若君」
「いやな、美山にもそういう顔ができるんだと思ってな」
「なっ!わーかー」
「すまん、すまん。悪気は、なかったんだよ」
善一郎は、笑みを浮かべながらなだめた。
「あら、サディア。いつからミヤマ様とそんなに仲良くなったのですか?」
後ろから見ていたニシアが悪いことを考えた子供のような笑みを浮かべてサディアに問う。
「何をおっしゃるのです、ニシア様。こんな、田舎者なんぞに親しくなどしておりません」
「よろしいんじゃなくて。不仲より、仲良しのほうが接しやすいですから」
ニシアが微笑みながらサディアに言うと、彼女の顔が赤くなってしまった。
赤面する二人と、それを茶化すようにニヤつく主達には、暖かくなって来た風が春の装いを持って吹き抜けていった。




